2024年07月20日( 土 )

トランプが副大統領候補に選んだ男の野心(中)

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国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

 今回の狙撃事件では、狙われたトランプ氏は右耳を負傷し、同時に演説を聞きに来ていた聴衆にも死者や負傷者が出ました。さまざまな要因が絡んで発生した事件ですが、SS(シークレットサービス)に対する批判も膨らんでいます。

 SSの担当部長のキンバリー・チートル女史は、「現場のシークレットサービス職員は事件中、迅速に行動し、対狙撃チームが銃撃犯を無力化し、エージェントがドナルド・トランプ前大統領の安全を確保するための防護措置を講じた」と自己弁護に忙しいようです。

 一方、「裏で暗殺を仕掛けたに違いない」といった批判を受けているバイデン大統領は、発砲直後に警備員に射殺された犯人がどのようにしてトランプ前大統領を殺害しようとしたのか、真相究明に向けての独立した調査を命じたとのこと。しかし、どこまで真相が解明されるのかは定かではありません。そもそも、20歳の若者が大統領選挙に立候補している前大統領を自力で暗殺しようなどと企てることがあるでしょうか。

AR15 イメージ    犯人はその場で射殺されましたが、地元の老人ホームで助手として見習い中のトーマス・マシュー・クルックス氏とのこと。彼に対する捜査ですが、じつに大ざっぱなものでしかありません。

 彼は故郷のペンシルベニア州ベセルパークの近くで暮らす若者でした。高校生のころの評判は「明るいが物静かなクラスメート」というもの。2022年に高校を卒業。高校では射撃クラブに入部したようですが、あまりに腕が悪く、すぐに退部を命じられたそうです。彼の指導カウンセラーは、クルックス氏を「礼儀正しい」人物だと評し、「彼が政治的であるとはまったく思えなかった」と語っています。そんな若者が大胆不敵な行動に走った背景には何か隠されているように思えてなりません。

 これから選挙戦はますます過熱するはずです。「老老対決」と揶揄されがちなアメリカの大統領選挙ですが、狙撃されたトランプ氏は今回の事件を逆手に取り、テロや脅迫には屈しない強いリーダーであることを強調し、選挙戦を有利に展開しようとしています。危機に強い指導者として、これまで以上に支持を得るのではないかと期待が高まっています。

 とはいえ、今後も民主、共和両党の間で言葉のミサイルの応酬は続き、国民の間でも分断や分裂が加速しそうです。そうした事態を危惧してか、これまで選挙活動とは距離を置いていたメラニア夫人ですが、緊急の声明を発表しました。

 曰く「すべてのアメリカ人にお願いします。政治に対する考えや支持する政党は違っても、皆、同じ人間です。お互いに助け合いましょう。夫が銃撃され、妻の私も、息子のバロンも生きた心地がしませんでした。アメリカは変わらねばなりません。夫は身を挺して変革の最前線で戦っています。政治信条の違いを乗り越える力は愛と善意、そして同情する心です。右も左も、共和党も民主党も関係ないはず。私たちは皆、より良い人生を得たいと願う家族の一員です。夫の命を守ってくれた護衛官に感謝します。また、巻き添えになり、命を落とされたり、重傷を負われたりした観客の方々には心からお悔やみとお詫びの気持ちをお伝えしたいと思います」。

 夫が命を奪われた可能性もあったわけで、元ファーストレディとしてはやむにやまれぬ思いに駆られたに違いありません。ところで、トランプ氏の暗殺未遂事件のおかげで今や時の人になったのが、副大統領候補に指名されたJ.D. ヴァンス氏です。オハイオ州選出の上院議員ですが、2022年に初当選した「なりたての1期生」に他なりません。39歳です。

 そんな彼は、議員になる前は「トランプはヒトラーの再来だ」と歯に衣着せぬトランプ批判の急先鋒でした。ところが「君子、豹変す」を地で行く変わり身の速さを見せ、あっという間にトランプ氏に擦り寄り、トランプ氏の庇護を受け、見事、上院議員の座を射止めました。

 とはいえ、ヴァンス氏の主張は明確です。「現在の政府はあまりにも腐敗している。そのため、これを正すためには過激な、さらには権威主義的な措置も正当化される」。彼は自分自身をアメリカの高潔な国民の化身だと考えており、その政敵はほとんど尊敬に値しない侵入者たちで「動物以下」だと認識しているようです。彼に言わせれば、「大統領は法の上にある」とのこと。

 しかし、ヴァンス氏はいつもこうだったわけではありません。彼はオハイオ州ミドルタウンの貧しい家庭で育ち、困難な子ども時代を経て、名門イェール大学に入学し、その後ベンチャーキャピタルの世界に飛び込んだ経歴の持ち主です。

 この彼の体験談は、2016年に大ベストセラーとなった彼の著書『ヒルビリー・エレジー』の根幹となっています。この本は、抑圧されたアメリカ人に対するトランプ氏の変革の狼煙としての力を間接的に説明しているかのように思われました。この本の出版によって、ヴァンス氏は全国的な知名度を得たと言っても過言ではありません。

(つづく)

浜田和幸(はまだ・かずゆき)
    国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。近著に『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』、『世界のトップを操る"ディープレディ"たち!』。

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