2024年07月21日( 日 )

トランプが副大統領候補に選んだ男の野心(後)

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国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

 思い起こせば、2016年のヴァンス氏はトランプ氏を強烈に批判していました。彼はニューヨーク・タイムズ紙に「トランプは我が国の最高権力者にはふさわしくない」と論説を載せました。「トランプはアメリカのヒトラーになる可能性が高い」とまで警告を発していたものです。

 ところが、8年後、ヴァンス氏はまったくの別人のように変身を遂げました。現在、彼は経済ポピュリストであることを売り込み、破綻した銀行家の給与を削減する法案をエリザベス・ウォーレン上院議員と共同提案しています。さらに彼は上院でトランプ氏の有力な擁護者の1人に変貌し、前大統領を徹底的に支持し、時には反民主主義的な言動ではトランプ氏を上回る過激ぶりで注目を集めるようになったのです。

 ヴァンス氏はまた、ハンガリーの民主主義を組織的に引き裂いた右翼政治家、ヴィクトル・オルバン首相を公然と崇拝する姿勢を見せています。ヴァンス氏はとくに高等教育に対するオルバン氏のアプローチを称賛し、「彼は米国から学ぼうと訴えている。評価できる仲間だ」とも発言。

 無視できないのは、オルバン首相の教育政策には、国の資金を使って大学を国家管理下に置き、大学を政府の方針を広めるための手段にすることが含まれていることです。これでは教育の自由や民主主義などは期待できそうにありません。

 『ポリティコ』のイアン・ウォード記者はヴァンス氏の紹介記事のなかで、複数の共和党の主要人物、具体的にはポストリベラルの考えを実践しようとしている派閥の指導者らの言葉を引用し、ヴァンス氏が彼らを巧みに操り、自分の唱える大義名分の擁護者に仕立て上げようとしていると分析しています。

 トランプ前大統領の最高顧問(現在は連邦囚人)のスティーブ・バノン氏は、ヴァンス氏が「この運動の中枢にいる」とウォード記者に語っています。右翼陣営の中心的存在であるヘリテージ財団の会長で「プロジェクト2025」の立役者であるケビン・ロバーツ氏はウォード記者に対し、「ヴァンス氏は間違いなく我々の運動のリーダーの1人になるだろう」と好意的な見方を述べています。トランプ氏の野望を実現するうえで、重要な役割が期待されているわけです。

 もし副大統領に選出された場合、ヴァンス氏が引き続きこの役割を担うことにほとんど疑いの余地はないでしょう。彼はトランプ氏の追い求める本能的な政策をすべて有効にし、どれにもブレーキをかけず、政府をトランプ氏の意のままに操ることに全力で取り組むことは明白です。

トランプタワー イメージ    トランプ前大統領は1期目においては、政権内部からのかなりの反対に直面したものです。ジェームズ・マティス国防長官やマイク・ペンス副大統領のような人々は、トランプ大統領の過激な衝動的言動にブレーキをかけ、彼の(違法な)指令の履行に異議を唱えたり、さらには拒否したりしました。

 しかし、ヴァンス氏の台頭と重用は、「この部屋にいる大人たちの死」を意味することになりかねません。何かといえば、「反対意見はすべて封印される」ということです。ヘリテージ財団などの右派系組織が用意している忠実なスタッフのリストから選ばれた人々の支援を受けて、ヴァンス氏はトランプ大統領の過激な衝動を支持するだけでなく、それを実行する取り組みの先頭に立つと思われます。

 彼は極右インフルエンサーと呼ばれる影の世界から、ホワイトハウスのあるペンシルベニア・アベニュー1600番地まで直接つながるパイプ役を目指しているに違いありません。彼のあだ名は「髭をはやしたニッキー・ヘイリー」。ワシントンでは外様的な扱いを受けています。

 Fox Newsの元看板キャスターのタッカー・カールソン氏曰く「中国との戦争は歓迎しているようだが、ロシアとの対立拡大を支持せず、ウクライナやNATOへの支援を制限すべきと主張するヴァンス氏は敵が多い」。バイデン大統領曰く「ヴァンス氏はトランプのクローンだ」。

 日本との関連でいえば、日本製鉄のUSスチール買収計画には真っ向から反対を唱えています。没落した中西部の鉄鋼産業の町で生まれ育ったヴァンス氏は「労働者の味方」をアピールし、産業のコメといわれる鉄を日本にコントロールされては「アメリカの立つ手はない」という主張を展開。日本にとっては手ごわい相手になるに違いありません。

(了)

浜田和幸(はまだ・かずゆき)
    国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。近著に『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』、『世界のトップを操る"ディープレディ"たち!』。

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