2024年08月07日( 水 )

九州の観光産業を考える(22)神さまには神さまで対抗~カスハラ昇華を考える~

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まやかし神の説教

 「お客さまは神さまです」って誰が言い始めた? 自身のショー開演時に枕詞とし、’70万博のテーマソングを歌った着物の歌手? それとも、“経営の神さま”と呼ばれた生神さまが、商品の開発着想や改善へヒントをもたらす市場の声を別の神さまになぞらえ敬意を払った?

 「長時間におよぶ暴言」「同じ内容を何度も繰り返すクレーム」を社会正義のごとく振りかざし、反撃を封じられた現場職員へ襲いかかる方々を神さま扱いなぞできようはずがない。自らの素性を明かさずストレス解消がてらの「著しい迷惑行為」。「威嚇・脅迫」「弁償・金品の不当な要求」、なんとあさましい行状だろう。

メニュー写真では丸いのに半円形のピザを供された外国人客は執拗にクレームをつけてたなぁ(※イメージ写真)
メニュー写真では丸いのに
半円形のピザを供された外国人客は
執拗にクレームをつけてたなぁ(※イメージ写真)

 実害が無視できないレベルや頻度に至り、現業の職員・スタッフが声を挙げ始め、社会問題化するこの頃だが、接客業では古くからカスタマーハラスメントに悩まされてきた。SNSで受難の事象を明らかにし、支持同情の声を広げ、会社なり業界へ向け改善の標を求める。マスメディアは加害手段ともなっているSNSを取り上げる。経営陣は現場任せ、頬かむりを続けていられなくなる。顧客第一主義から、自らを押し殺してでも客のゴネ得を甘受やむなしとする経営者だっていただろうが、職員の就業環境や業務推進を阻害し、人格を傷つける行為を許していたのでは、離職されて当然だ。

 粗相ある商品/サービスには然るべき謝罪があっていい。だからと言って、自分を神さまに祀り上げ畳みかける不埒は、誰にとっても無駄な高説ではないのか。

平身低頭を仁王尊モードへ

 顛末を数値報告される管理職と、現場で生身の困惑、恥辱、辛抱を強いられる職員とでは、負担感はまるで違う。ここいらで、偽神の御降臨を許してきた高度経済成長期の妄想的な掟を改廃しても、バチは当たるまい。人手不足が飽食日本型やり過ぎサービスを提供できなくしている事情、ITやSNSによる対面サービス省力化が客側に不満を抱かせる事情もある。

 そもそも大和の神さまは八百万(やおよろず)。10月には全国から出雲へ集まり、コンベンションを開くほどだ。何かのはずみでならず者に豹変する神さまがいても、不思議じゃない。数多の客人を、間違いを犯すことのない全知全能な神として崇め奉らず、悪霊化したなら必要に応じ退治、封印する陰陽道を準備するに越したことはない。

 「業界団体のガイドライン整備」や「国や地方自治体の罰則設置」などを求める声は高まる。まずは現場から都度都度の苦痛や腹立ちを除き、職員を正当に守ることが大切だ。ネット上にクレーム対応術を指南する記事は、雲上の女神・CAのノウハウはじめ種々ある。先方の話を遮らず聞く、うなずく、相槌を打つ、共感の様子をみせる、といった作法指南。が結局は、お客さまは神さま扱いから脱してはいない。CAさんの給与や福利厚生等の待遇面を勘案するなら、一時の忍耐も利かせられようが、観光関連現場に薄給で配置される職員は理不尽なカスハラに堪えかねる。多くはクレーム対処のトレーニングを受けておらず、最後の奥の手、カネの力にモノ言わせ落着を計ることにあてはない。

神殿建築の畏れ

 “毅然と対応する”というのがある。道理に合わない言動に折れない。声を荒げ他者をなじる己の姿をふと俯瞰しバツの悪くなる瞬間があるとすれば、それを招来させる空間とはどんな設えなのかと考えてみる。電話等の通信手段越しではなく、生身を対峙させての場合。あたりかまわず一般客の只中で揉められるのは、店側にとっても、関わりないほかの神さまにとっても不愉快だ。一刻も早く場に居心地良さを取り戻したい。ならば、主を丁寧に移動させる。話を詳しくおうかがいするとして、専用の部屋へ。特別応接室とでも貴賓室とでも呼べばよい。

 そこへ至る長い回廊は淡い桃色「クールダウンピンク」に覆われ、荒ぶる心を萎えさせる。薄くたなびく「亡き王女のためのパヴァーヌ」が鼓膜をわずかに震わせ牙を抜く。空気は邪気を払うよう清涼に澄みわたり、ほのかに噴霧されるラベンダーのアロマが副交感神経に働きかけ魂を鎮静する。何度か角を曲がり、たどり着くのは大きく重厚な扉。ノブを奥へ押し開け足を踏み入れると、高い天井、見上げる列柱、射し込む一条の光。間接照明はほの暗く奥行きは知れぬ。気品ある調度品。防音の施された部屋は静まり返る。Wi-Fiはつながらない。目線を逸らせる観葉植物は豊か。なんだか得体の知れない全能神が宿っていそうで、ここでの言質を見透かし裁断し、不穏当なら神聖なる鉄拳制裁を下しそうな宇宙感。

己のちっぽけさにたじろいでしまう荘厳な地下神殿
(実は首都圏外郭放水路調圧水槽/
国土交通省関東地方整備局江戸川河川事務所HPから)

 そんなハードウェアには、ソフトウェアも大切だ。先導役とは別に、主を囲み導く大人数。上背のある屈強な男たちはダークスーツ。視線の追えないサングラス。入室するとAIゼウス神が柔和に迎える。その脇に記録係。一言一句を書きとめる動作が録音、録画の証拠固めに加え、暴言や暴力を抑制させる。勧められたソファーは容易に立ち上がれそうにないほど深く身を沈み込ませ、お茶は弁償できそうにない高級な器で供される。磨きこまれたテーブルに映る己が姿は、もはやいじましい。

 この空間へお連れする間に、気持ちが平らぎ、途中にさりげなく脱出口があったなら、何かを口実にそこでそっとオイトマさせて差し上げる。尊厳を全壊させない、せめてもの計らいだ。

 こんなファンタジーって、神への冒涜だろうか?


<プロフィール>
國谷恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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