小説『ジョージ君、アメリカへ行く』(30)再び、裏口入学
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デルタ大学を卒業したジョージ君は、カリフォルニアの州立大学のなかで最も古い、サンノゼ州立大学(1857年創立)に願書を出した。英語でいうところの「Transfer トランスファー」、転校である。
この大学の卒業生は、スタンフォード大学の卒業生と並びシリコンバレーで活躍している人が多い。トラスファーするための成績には問題なかった。しかし、取得単位が1つ足りなかった。完璧に準備したと思っていたが、必須課目に見落としがあったようようだ。
仕方がない。そこでジョージ君は急遽、日本からきた留学生と同じように、TOEFLという、留学生のための英語テストを受けることにした。結果は哀れ、得点は499点。500点以上ないと、州立大学の入学資格すらない。
英語力がないから、ジュニア・カレッジであるデルタ大学からの転校を目指したのに、それでもダメだった。それにしても、2年もジュニア・カレッジに通い、卒業した人間が、TOEFL499点とは…。異常な低さである。
やはり人は不得意なことに挑戦してはいけない。しかし、ここまできて、後には引けない。さて、ジョージ君、どうする?正直、“どうしても大学で勉強したい”という意欲も目的意識も、相変わらずなかった。あるのは男のメンツと意地だけだった。幼少期のガキ大将の意識をいまだに引きずっていた。負けて故郷に帰るわけにはいかない。
今さら故郷でそんなことを気にしている人はいないと、わかっていたし、友人からも聞いていた。寂しい話だが、故郷でジョージ君の存在を気にかける人はあまりいなかった。友人たちは仕事、結婚、子育て、家の購入、さらには会社の出世競争などで忙しかった。
それほど、まわりの人たちの時間は早く動いていた。いまだにフーテンを続けるジョージ君たち30歳前後の学生は、この状況を自嘲して「学校ごっこ」と呼んだ。学生を続けてでもアメリカに残りたいという、潜在意識が大きかった。
アメリカの魅力は何だったのだろうか。一般論では自由とか、カリフォルニアの気候が良いとか、いろいろあるが、ジョージ君にとっては、何が起こるかわからない、未知の世界への好奇心だったのかもしれない。日本に帰ったら、外国人と会話する機会すら、ないかもしれない。
当時、日本では、30歳を過ぎた女性は適齢期を過ぎたと見られ、結婚のチャンス少なかった。しかしアメリカでは、日本女性はいくらでも結婚できた。男性はその逆ではあったが、人生破れかぶれ、まさにギャンブルの面白さがあった。その分、リスクは大きく、絶望的になることも多々あったが…。
さて、ジョージ君はサンノゼ州立大学に入学を拒否された。が、ここは何が起こるかわからない、未知の国、アメリカだ。再度挑戦だ、賭けてみよう。
このままでは引き下がれない。ジョージ君は学長に直接会いに行くことにした。もちろんアポなしである。大学の事務所で受付の女性に言った。
「May I speak to the President? 学長に会いたい」
「Why? どうして」
「それはいえない。でも私の人生に関わる重大な問題だ。学長に会って直接話がしたい」結局、秘書はジョージ君の粘りに根負けし、学長を呼んでくれた。学長は背が高く、端正な顔つき、50歳過ぎのロマンスグレーだった。
学長はジョージ君に声を掛けた。
「Come in. 入りなさい。By the way, what do you want? ところで、何の用だ」
「私はこの大学に入るため、ジュニア・カレッジで2年間も勉強した。ところが点数が1点足りず、入学を拒否された。あなたの権限で、何とか入学を許可してほしい」
「そりゃ君、点数が足りなきゃ、当然だめだよ」それでもジョージ君はしつこく食い下がった。
「日本では終身雇用だから会社を辞めると2度と復帰することができない。サムライ時代と同じで、1度脱藩すると2度と日本社会では再起できない。そのリスクを承知で太平洋を越えてやってきた。日本にはもう帰れない。あなたの一言で、前途有望な若者の未来が開けるんです」
ジョージ君は瞬きもせず、熱く真剣な眼差しで学長を正視した。学長は困惑していた。
“こいつ、断ったら何をするかわからない、今にでも飛びかかってきそうだ”ジョージ君はそんな形相をしていたようだ。
「このシリコンバレーにあるサンノゼ州立大学は、初めから生徒の成績をコンピューターで管理する大学だ。つまり、私が勝手にコンピューターで君の成績をいじって、君の入学を許可する術はない。でもヘイワード州立大学(現・カリフォルニア州立大学イーストベイ校)はまだ、成績管理にコンピューターを導入していない。だから今からヘイワード州立大学の学長に電話をしてあげよう」
受話器を取り、彼は電話を掛けた。
「今ここに日本からの留学生で、面白いヤツがきている。TOEFLの点数が1点足りないし、ジュニア・カレッジでの必須科目も1単位足りないが、成績は合格点だ。情熱にあふれる、面白いヤツだから、いつか日米関係に貢献する人材になるかもしれない。私が推薦状を書く。君の判断で受け入れることができる可能性があるなら、一度、面接してやってくれないか」
電話口から聞こえてきた向こうの学長の返事は「OK」だった。ジョージ君は学長に何度も両手で握手を求め、「Thank you」と繰り返した。その足でヘイワード州立大学の学長に会いに、飛んで行った。
ヘイワード州立大学の学長はジョージ君に会うやいなや、「お前は何がしたいんだ?」と尋ねた。ジョージ君は正直に答えた。
「まだわからない。でも私は祖国である日本を愛するのとまったく同じような強い思いで、アメリカを愛し始めている。きっと、この2つの祖国に貢献できることを見つけることができると思う」
「That’s enough. You are accepted to the school. Good luck.その言葉で十分だ。君をこの学校に入れてやろう。幸運を祈る」ジョージ君はついに、念願だった、カリフォルニアの州立大学の学生になることができた。ここできちんと単位を取って、改めてサンノゼ州立大学に行こうと誓った。またしても裏からの入学となったが、必ず表から卒業してやると心に固く誓った。しかし、ジョージ君は、同じような問題を何度も繰り返す情けない自分が、日本人として恥ずかしかった。いまだにやるべきことが見つからない自分への焦りと、脱力感が襲ってきた。
でも、とりあえず、夢はつながった。心の奥にしまい込んだ、戦前の誇り高き日本の再生を目指したい。この心がかろうじて、ジョージ君を支えていた。
(つづく)
【浅野秀二】
<プロフィール>
浅野秀二(あさの・しゅうじ)
立命館大学卒業。千代田生命保険相互会社(現・ジブラルタ生命保険株式会社)、JACエンタープライズ(米サンフランシスコ)で勤務。関連キーワード
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