2024年11月22日( 金 )

傲慢経営者列伝(6)ヨーカ堂の体たらくが招いたセブン&アイの買収劇(前)

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 「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もついにはほろびぬ、ひとヘに風の前の塵に同じ」。『平家物語』の有名な書き出しである。現代では、M&Aの鐘の音が、盛者必衰の理を告げる。

セブン&アイに、カナダのコンビニ大手が買収を提案

 セブン&アイ・ホールディングス(HD)が、カナダのコンビニ大手アリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けた。狙いは米国での「セブン-イレブン」のコンビニ事業である。報道各社は、これについて一斉に報じた。

 セブン&アイがなぜ買収のターゲットになったのか。『朝日新聞』(8月21日付朝刊)はこう分析した。

 〈セブン&アイの売上高は約11兆4000億円(24年2月期)とクシュタールより約1割多い。だが、株価を反映した時価総額はセブンの約5兆2000億円に対し、クシュタールは570億ドル(約8兆4000億円)と1.6倍に達する。買収に必要な金額は時価総額が参考になるため、セブンは「割安」だとうつった〉

 セブンの時価総額が低いのはなぜか。主力のコンビニ事業は国内外で堅調なものの、それ以外のスーパーや外食などの事業は伸び悩んでいるためだ。

 そう、セブン&アイの最大の問題は、創業事業であるイトーヨーカ堂の経営難にある。イトーヨーカ堂の体たらくが、カナダのコンビニ大手が舌なめずりしてM&Aの鐘を鳴らす原因を招いたのだ。

外国の報道機関が注目する創業家・伊藤家の動向

 外国の報道機関は、海外企業による日本企業買収としては最大規模となるM&Aをどう伝えたか。ブルームバーグ通信(8月20日付)は、〈セブン&アイの創業家一族が買収提案を支持した場合、巨額の利益をもたらす〉と報じた。

 〈7&iHDの年次報告書によれば、創業者の伊藤雅俊氏(故人)の子孫は同社で2番目の大株主。一族の資産管理会社を通じて約8.1%(31億ドル=約4560億円)の株式を保有する〉

 買収が実現すれば、両社にとって大きな転換となる。これまでにも買収を提案していたからだ。

 〈クシュタール共同創業者で資産家のアラン・ブシャール氏が最初に伊藤氏に買収を持ちかけたのは05年のことだった。伊藤氏は、合併を考える前に両社とも米国市場での地位を向上させる必要があるとして、買収案を拒否した〉

 セブンは21年に米コンビニ「スピードウェイ」を買収した。現在、北米のコンビニ業界で、セブンが約8%で1位、「サークルK」を運営するクシュタールは約5%弱で2位。同社がセブンの買収で全米一のコンビニになることを狙っているのはいうまでもない。

 創業者の伊藤雅俊氏が23年3月10日、98歳で亡くなった。これが買収を仕掛けるタイミングだと判断したのだろう。

セブン&アイの井坂社長が動く

セブン&アイ イメージ    創業者・伊藤雅俊氏の死で事態は急展開する。セブン&アイの井阪隆一社長CEO(最高経営責任者)が動いたのだ。

 井阪氏は1957年10月4日、東京生まれの66歳。父親・井阪健一氏は、野村證券副社長、東京証券取引所副理事長を務めた証券界の重鎮。

 都立駒場高校、青山学院大学法学部を卒業。1980年、コンビニの生みの親、鈴木敏文氏が率いるセブン-イレブン・ジャパンに入社。商品開発部門を歩き、2009年5月に代表取締役社長(最高執行責任者)に昇格した。

 そして、カリスマ経営者の鈴木氏(現・名誉顧問)との対立を経て、16年5月、グールプトップのセブン&アイHD社長の座を射止めた。

セブン-イレブン社長・井阪氏を退任させる
人事案が否決

 16年4月7日は、セブン&アイ会長だった鈴木氏にとって、長い1日となった。
 東京・四谷の本社9階会議室で始まった取締役会で、鈴木氏の意を受けた社長・村田紀敏氏が、中核のコンビニ、セブン-イレブン社長・井阪氏を退任させ、後任に鈴木氏の側近の副社長、古屋一樹氏を昇格させる人事案を提案した。

 賛成7票、反対6票、白票2票──。過半の賛成を得ることが成立の条件であるため、否決された。鈴木氏はグループの全役職を退くことを決めた。

 その後に開かれた退任会見で、鈴木氏は「社内の役員から反対票が出るようだったら、私はもう信任されていないと考えていた」と述べた。

 名誉会長・伊藤雅俊氏が、この人事案に反対した。当時91歳の創業者・伊藤雅俊氏と、83歳のカリスマ経営者・鈴木氏の亀裂が表面化した瞬間だった。

(つづく)

【森村和男】

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