2024年10月09日( 水 )

九州の観光産業を考える(24)熊本市車は万(ばん)やむを得ず藩札推しに

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PASMOが使えないなんて

 Suica、ICOCA、SUGOCA、nimocaもそう。2026年4月から、熊本市内を走る路面電車で全国交通系ICカードが使えなくなるという。25年の年明けから九州産交バス、産交バス、熊本電鉄、熊本バス、熊本都市バスが全国交通系ICカードによる決済を廃止し、熊本市電も追随するものだ。報道によると、全国交通系ICカードに係る機器の更新費用などが割高で、各社の経営を圧迫していることが理由らしい。

 熊本市電はクレジットカードやQRコードでの支払いに対応するが、使用比率では最大多数派の全国交通系ICカードを放逐することになる。利用者実態に相反し、日本有数の城下町を訪れる観光客には迷惑千万、面食らう殿さまのお沙汰である。少数派にとどまるご当地「くまモンのICカード」は県内のバスや市電で使え、くまモン宣伝部長が城下における威光を保つのは理解するとして、諸国漫遊での通行手形となる交通系ICカードを所持する庶民へ、何と切ない仕打ちであろうか。

 まぁ、全国交通系ICカードもそのうち統合されるか別モノになるか、はたまた役目を終えて消滅するかもしれない。太陽フレアの影響やメンテ不良による通信障害や電力の不安定供給が起き、電子決済の信頼が揺らぐかもしれない。ハッカーが引き起こす混乱もある。ならばやはり現金決済で、ともいかない。どんな認証方法を採るにせよ、電子情報の往来に頼るのなら、多様な決済方法は保持しておきたいところなのだが…。

経費節減へのレール普請

 前述の発表に先んじて実施されていた社会実験があった。その成果報告を見ると、熊本市内の交通機関が決済手段を狭めていく理由の一端が見えてくる。

 熊本市交通局は、乗客の利便性向上に「手ぶら」「顔パス」で運賃が支払える顔認証の導入を市電に検討していた。路面電車における顔認証の実証実験は全国初との謳い文句で、23年12月20日から今年3月31日にかけて実証実験を行った。実験概要は、成果報告書を見ればおおよそ理解できる。そして得られた結果は芳しいものではなかった(参照:熊本市交通局資料)。

 筆者は、このシステムで利用者が本当に楽チンになるのか?と訝っていたが、案の定、肥後国の方々は受け容れがたかったようだ。現在広く普及しているように見えるスマホ決済でも、降車口でアプリ操作にまごつき、狭い通路をふさぐ人がいて、そのせいで次の便に乗り継げなかった経験を筆者は有す。熊本の実験で、認証対象の面貌にカメラが怯えたり見とれたりしてフリーズすることはなかったようだが、交通系ICカード、紙の回数券や現金での支払いを後方で待機する降車客には、新たなイライラの種になることがわかった。

降車の際、支払い確認に手間取られると
後列の人が待たされイライラ

    期待した成果を得られなかった顔認証実験のほかにも、経営改善への切迫状況を垣間見せる動きはある。路面電車の運行本数減だ。

 今年6月29日から、1日当たり13~15%を削減するダイヤ改正が実施された。平日が64本減の369本、土曜が61本減の376本、日曜・祝日が58本減ということで、終電も最大42分繰り上がった。運転士不足による乗務員の労働環境改善や車両不足が主な理由とされるが、経費削減の面から決済システムも安価なものに移行せざるを得ないというコンセンサスは、得やすくなるのかもしれない。

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 九州では熊本市のほかに長崎市、鹿児島市で路面電車が活躍している。そうした車両には還暦の60年を超えて走り続ける傑物があるようだ。そうしたレトロ感も観光客を路面電車へ引き寄せる要因の1つだろう。そうした古さを新たな効率性、経済性で一辺倒に置き換えると、気づかないうちに魅力資源を損なってしまう恐れはある。キューバでは、アメリカのかつての繁栄ぶりを象徴するガソリンがぶ飲みアメ車が日常的に街頭を走っていて、60年代の青春群像を描いた映画「アメリカン・グラフィティ」のような光景が見られるという。我が国地方都市の路面電車の古臭さも、捨てたものじゃない。現金決済と老骨に鞭打ってほしい。


<プロフィール>
國谷恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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