2024年12月22日( 日 )

文化にとっての政治と経済(前)2人の巨人:ミアシャイマーとサックス

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福岡大学名誉教授 大嶋仁 氏

世界 イメージ    つい最近、YouTubeでミアシャイマーとサックスの討論会を見た。前者はシカゴ大学の政治学者、後者はコロンビア大学の経済学者。2人とも世界に名を馳せる大学者だ。

 ミアシャイマーの専門は国際政治で、世界史を国家と国家の力の闘争と見る。力の強い方が世界支配を実現すると見ており、「文明の理想」といったきれいごとを認めない。主著である『大国政治の悲劇』が示すように、彼は「世界史の行く末は悲惨なものになる」と見ている。

 彼が有名なのは「イスラエル・ロビー」と呼ばれるタブーに踏み込んだことによる。アメリカの外交政策がイスラエル寄りであり続ける理由を明らかにしたのだ。彼の論に従えば、現在のイスラエルが非道なパレスチナ侵攻を続けているにもかかわらず、アメリカに支援され続けているのは、この知られざるロビーの影響力によるとわかる。

 一方のサックスは、発展途上国の経済発展を助けてきたことで知られる実践家である。人類社会から貧困をなくすための国連プロジェクトの推進者であり、南米やアフリカの経済立て直しや、ポーランドやロシアの社会主義から資本主義への移行の手伝いをした実績がある。

 彼の経済学は『貧困の終焉』に要約され、世界には経済発展が不可能なほどに「貧困」な地域があり、これをなくすには物的援助だけでなく、人的援助が必要だと説いている。その詳細は後述することにする。

 この2人の巨人が今年9月に出会って討論した。両者の業績を知る者にとっては見逃せない一事件である。2人の議論はどういうところに落ち着くのか? 私自身、YouTube画面の前でかたずを呑んだ。

 2人を知ったのは別々のYouTubeにおけるインタビュー番組で、それぞれがアメリカ外交について歯に衣を着せぬ批判を展開していた。別々に話しているのに、ほとんど同じ意見なのである。アメリカにはこのような鋭いビジョンをもつ学者がいる! この発見は感動的だった。

 2人は「現在のアメリカ外交は最悪だ」と言って憚らない。ウクライナ戦争にしても、イスラエルのパレスチナ侵攻にしても、背後にアメリカがあって、そのせいで「世界が悪くなっている」というのである。

 イスラエルの侵攻は「ロビー」に縛られたアメリカ政府の責任だ、とミアシャイマーは断ずる。一方のサックスは、ウクライナ戦争の背後にCIAがあり、それにそののかされたのがゼレンスキーだと見て、これもアメリカのせいだとする。

 ミアシャイマーによれば、ウクライナ戦争が始まって間もなく、トルコの仲介でウクライナとロシアの間に和平交渉が始まろうとしたのに、アメリカ政府がこれを邪魔した。それがこの戦争を長引かせた原因だというのだ。

 一方のサックスは、イスラエルのパレスチナ侵攻は「アメリカが軍事援助を絶てば1日で終わるのに、それをしない」ことに憤慨する。ちなみに、サックス自身はユダヤ人。彼において、「ユダヤ=イスラエル」という式は成立しない。

 上記のように非常に近い考え方の2人だが、今回の討論会ではその世界観にちがいが見えた。そのちがいとは何だったか?

 ちがいは、アメリカ政府がいまだに「自由と民主」という価値観に基づいて外交を行っているというミアシャイマーの主張に対し、サックスが真っ向からこれを否定しているところに表れている。サックスによれば、そのような価値観は過去のものであって、今のアメリカ外交にはいかなる思想もなく、単なる無軌道だというのだ。

 もう1つのちがいは、ミアシャイマーがアメリカにとっての最大の脅威はロシアではなく中国であるのに、アメリカ政府はいまだに冷戦期の思考に囚われていると主張しているのに対し、サックスが中国はアメリカと対抗したいと思っておらず、アメリカの脅威にはならないと主張している点である。

 このちがいは中国との関係に苦慮する日本にとっても重要なもので、日本はミアシャイマー型の中国観に従ってきたと思われるが、それを「時代遅れ」とするサックスの意見にも耳を傾ける必要がありそうに思えてくる。

 アメリカがいつまでも「敵国」を想定して軍備を拡大する限り世界は平和にならず、むしろ核戦争へと向かうというサックスの危惧。これを無視してはならないだろう。

 ミアシャイマーとサックスはアメリカ外交を批判するという点ではたしかに一致する。しかし、根底にある価値観が異なる。ミアシャイマーはアメリカが中国をもっと警戒するようにと訴え、それが「自由と民主」の砦を守ることになるというが、サックスはアメリカが中国の政治に口を出さないほうが世界を安定させると見ており、世界の各地域がそれぞれのかたちで共存することを求めているのだ。

 この2人のどちらがより現実的なのか、簡単にはいえない。しかし、討論会を見る限り、どちらも真剣に世界を考えており、互いを尊敬している様子が十分に伝わる。私としては、そのこと自体に希望が見えた。

(つづく)


<プロフィール>
大嶋仁
(おおしま・ひとし)
 1948年生まれ、神奈川県鎌倉市出身。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。75年東京大学文学部倫理学科卒。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し名誉教授に。

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