失われた30年の大転換を読み解く~株価と日本経済の大局的見方~(前)
-
(株)武者リサーチ
代表 武者陵司 氏日経平均が史上最高値を更新し、新しい時代が始まるという期待が高まっている。九州熊本を先頭にした半導体投資ブーム、過去最高の伸びを続ける設備投資、インバウンドの急増、30年ぶりの高い賃上げ率と深刻化する人手不足、マンションの価格上昇、日銀による異次元金融緩和政策の解除、などの過去30年間には見られなかった変化が相次いで起きている。新しい時代とはどのようなものか、考えてみよう。
※本稿は、24年8月末脱稿の『夏期特集号』の転載記事です。8月株価乱高下の背景
真夏の株価暴落と急回復、個人消費停滞の懸念がある
7月11日、4万2,400円と史上最高値を更新した日経平均株価は31日の突然の日銀利上げ以降反転、3日間で7,600円、20%という空前の暴落になった。
しかしその後は7日間で6,500円、20%と急騰し下落幅の85%が取り戻された。この乱高下は、株価下落がファンダメンタルズに基づいたものではなかったことを示唆している。だが人々が悲観に流されたのも無理からぬこと、ともいえた。これまで日本人の生活実態はほとんど改善されてこなかったからである。
【図1】によって実質個人消費支出を振り返ると、過去10年間では、2014年3月の消費税増税直前の14年1~3月の310兆円がピークで、その後一度もそれを上回っていない。この間、企業利益は2.2倍、株式時価総額は3.3倍、一般会計税収は1.6倍になったのであるから、いかに個人生活が取り残されてきたかがわかる。
日本人が稼ぐ所得総額(名目GNI)は絶好調、
だから株価は高くて当然では史上最高値を更新した株価や企業利益がまったくの砂上の楼閣なのかというと、そうではない。24年4~6月期GDP統計によると、日本人が稼ぐ所得総額(名目GNI)は647兆円、前年同期の630兆円比2.7%増、前々年同期の593兆円比9.1%増と鋭角的拡大か続いている。
実質GDPがここ2年間550兆円でまったく成長していないなかで、なぜ名目GNIが急成長できたのか。第一に物価上昇により名目GDPが拡大した、第二に海外からの所得収支黒字が大きく増加したからである。企業利益も株価も税収も名目所得に連動するのであるから、それらが好調なのは道理に合っている。
企業収益の成果がトリクルダウンすることで、
賃金や消費が本格回復へこの好調な業績・株価と低調の実質消費との乖離は、今後どうなっていくのだろうか。武者リサーチは実質GDPと消費が成長率を高め、名目成長に追いついていくと予想する。
第一の理由は24年後半以降の日本経済は数量景気が顕著となるからである。円安で日本の価格競争力が強まり、工場の稼働率が高まっている。また割高になった輸入品の国内生産代替が起き始めた。円安はまた、インバウンドを増加させ、外国人観光客が日本の津々浦々の地方内需を刺激している。安いニッポンに向かって、さまざまなチャンネルを通じて世界の需要が集中し、国内景気を活性化している。企業の国内における設備投資意欲は急激に高まっている。政策投資銀行による大企業の設備投資調査では24年度は製造業で24.7%増、全産業で21.6%増と過去最高レベルの伸びとなっている。
円安効果に加えて日本政府による合計4兆円に上る半導体支援が佳境に入り熊本、北海道、北上、広島などで投資ブームが起きていること、日本でも遅れていたEV投資が高まってきたことが推進力になっている。円安定着が確信できれば、企業はより国内投資に本腰を入れるだろう。
第二に30年ぶりの5%という大幅な賃金上昇率に加えて、インフレの沈静化により家計の実質所得が増加し始めた。物価変動の影響を除いた実質の雇用者報酬は24年4〜6月期に前年同期比0.8%増と21年7〜9月期以来11四半期ぶりにプラスとなった。家計消費は力強さを高め10年間停滞していた消費がようやく増加するトレンドに入ったとみられる。24年4~6月期の実質GDPは年率3.1%でG7のなかで最高の伸びとなったが、日本の相対的な好調さは今後も続くだろう。
長期回復軌道に入った日本
日本企業、稼ぐ力の大復活
このように株価の乱気流にもかかわらず楽観シナリオが維持できるのは、日本経済は戦後の高度成長、バブル崩壊と長期経済停滞を経て、再度長期回復軌道に入りつつあると考えられるからである。資本主義において一番大事ことは企業における価値創造である。企業が価値をつくれなければ、給料も払えず投資もできず、経済は前に進まない。経済が興隆するときも衰弱するときもまず企業が健全に価値を創造できるかどうかが決め手になってきた。株価はこの企業の価値創造を先取りするものであるから、最も早い先行指標なのである。
そこで企業利益に着目してみると劇的に回復していることが鮮明である。不良債権の償却などの特別損失を差し引いた本当の企業収益は、企業による税務申告所得で計測できるが、企業収益は1990年度の43兆円をピークに急低下し、2000年には2兆円とピーク比20分の1に落ち込んだが、22年には50兆円、23年には57.5兆円(武者リサーチによる推定)と急伸している。
企業における価値創造が経済を前に進めるエンジンであるが、そのエンジンがピカピカであることが、日本経済の展望を明るくしている。【図2】によって5つの指標を概観すると、株価とともにいち早く企業利益が力強く回復、拡大していること、労働賃金(=雇用者所得)や地価の回復が遅れていることがわかる。先に見たように好調な企業収益の成果がトリクルダウンすることで、賃金や消費、設備投資の拡大を引き起こしていくだろう。
企業の主体的努力、ビジネスモデルの大転換と
コーポレートガバナンス改善それではなぜ日本の企業利益がここまで復活してきたのだろうか。復活を支えているのは、①主体的条件(つまり日本企業の努力と政府の改革政策)、②外部環境の変化(つまり米中対立により日本での供給力強化を望む米国がもたらした超円安、半導体ブーム)、の2つである。日本の企業利益は米国による日本たたきと超円高、日本企業のバブルにあぐらをかいた放漫経営により、1990年以降地獄に突き落とされたが、そこから顕著に立ち直ったのである。
企業は円高に対応し海外に工場をシフトさせた。また強い円を活用して海外企業を買収しグローバルプレーヤーに脱皮した。さらに国内でのコスト削減を、リストラ・機械化、そして人件費の抑制などにより徹底させた。また集中と選択などビジネスモデルを徹底的に改変し再構築した。さらにアベノミクスの一環としてのコーポレートガバナンスの改革が2015年ごろから進展し、企業経営の羅針盤として資本主義的メルクマールである資本コストを凌駕する資本リターンの追求が定着し、財務効率が大きく改善された。
(つづく)
<プロフィール>
武者陵司(むしゃ・りょうじ)
1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。88年大和総研アメリカでチーフアナリストとして米国のマクロ・ミクロ市場を調査。97年ドイツ証券調査部長兼チーフストラテジスト2005年ドイツ証券副会長を経て、09年(株)武者リサーチを設立。21年9月までドイツ証券(株)アドバイザーを務める。日経電子版、日経産業新聞(眼光紙背)、WILL、Voice、四国新聞社、月刊資本市場、投資経済、統計、外為どっとコム、幻冬舎ゴールドオンライン、週刊エコノミストなどにレポートやコラムを寄稿。テレビ朝日、BS11、日経CNBC、テレビ東京モーニングサテライト、BSフジプライムニュース、ストックボイス、ラジオNIKKEI、文化放送などにコメンテーターとして出演。法人名
関連記事
2024年11月20日 12:302024年11月11日 13:002024年11月1日 10:172024年11月21日 13:002024年11月14日 10:252024年10月30日 12:002024年11月18日 18:02
最近の人気記事
おすすめ記事
まちかど風景
- 優良企業を集めた求人サイト
-
Premium Search 求人を探す