失われた30年の大転換を読み解く~株価と日本経済の大局的見方~(後)
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(株)武者リサーチ
代表 武者陵司 氏日経平均が史上最高値を更新し、新しい時代が始まるという期待が高まっている。九州熊本を先頭にした半導体投資ブーム、過去最高の伸びを続ける設備投資、インバウンドの急増、30年ぶりの高い賃上げ率と深刻化する人手不足、マンションの価格上昇、日銀による異次元金融緩和政策の解除、などの過去30年間には見られなかった変化が相次いで起きている。新しい時代とはどのようなものか、考えてみよう。
※本稿は、24年8月末脱稿の『夏期特集号』の転載記事です。米中対立と円安への大旋回により日本に工場が回帰する
企業利益の向上を支えた外部条件の変化とは米国による対日姿勢の急旋回である。米国は冷戦終結以降、産業競争力を著しく強め半導体・エレクトロニクス、自動車などの基幹産業で米国企業を打ち負かしつつあった日本を脅威と考え、日本たたきを始めた。貿易摩擦と超円高がその手段になった。たとえば日米半導体協定では米国は日本企業に対して全半導体購入額の2割を米国製品にするという通商ルールを逸脱した割り当てを求めたが、日本はそれに従うしかなかった。
日本円は1980年代後半から2010年にかけて、通貨の実力である購買力平価を恒常的に3割以上、ピークの1995年には2倍まで引き上げられ、日本企業のコスト競争力は著しく損なわれた。日本に集中していたハイテク製造業の産業集積は、韓国、台湾、香港そして中国にシフトした。日本の産業競争力を世界半導体生産シェアで垣間見ると、1990年世界半導体シェアの5割を担っていた日本は、2013年以降は1割以下まで低下した。工場も雇用も資本もコストが高くなった日本から海外に流出し、日本経済は空洞化した。円高で世界一高コストとなった日本企業は賃金抑制をすすめ、日本では世界で唯一30年間実質賃金が横ばいになり、デフレが定着した。
円安は高利益、人手不足、世界的低賃金により
持続的賃上げをもたらすしかし18年に米中対立が決定的になり、中国に集中しているサプライチェーンの再編を望む米国は、著しい円安の容認に舵を切った。パソコン、スマホの供給をほぼ100%、米国からの覇権奪取を企んでいる中国に依存している現状は危険極まりない。
この脱中国のサプライチェーン構築のため、日本における生産体制の再構築が、ぜひとも必要になったのである。ドル円レートは22年初めまで1ドル100~110円で推移していたが、以降一気に下落し140~150円台が定着している。それは購買力平価を4割近くも下回るもので、日本企業の価格競争力は著しく強化され日本での投資が採算に合うようになった【図3】。世界のなかで著しい低物価国になった日本に向かって需要が集中し始めた。日本への工場回帰と輸出増加、海外観光客の増加などの好循環が起き始めた。
さらに先進国とは思えないほどの水準に日本の賃金が低下し、それが賃金引き上げ圧力を強めている。失業率が2.6%とほぼ完全雇用状態にあること、企業収益が空前であること、日本企業は優良な人員の離反を止めなければならないこと、などの賃上げの条件が揃った。24年賃上げ率は5.08%と33年ぶりの高水準になった。日銀は3月にマイナス金利、YCC(イールドカーブコントロール)、異次元の金融緩和のすべてを解除した。これらより日本経済がデフレと長期停滞からほぼ脱却したことが明らかである。
今後、主体的条件と外部環境好転が相乗効果を示し、日本経済は先進国としては珍しい潜在成長率が高まる時代に入っていくと予想される。
デフレと長期停滞を長引かせた政策の誤り
尚早の金融財政引き締めが、10年で終わっていた失われた時代を
30年に長引かせたここで日本の停滞を長期化させたあと1つの理由、政策の誤りに触れておく必要がある。03年以降日本経済は回復に転じたが、時期尚早の金融・財政引き締めへの転換がなされた。それに運悪くリーマン・ショックが重なり、日本経済はWボトムに陥った。リーマン・ショックはすべて米国など海外での金融危機であった。
しかしその震源地から最も遠かった日本が最も大きな経済的打撃を受け、株価も最も長く低迷した。尚早の政策引き締めが株価と不動産価格を本源的価値以下に押し下げ、付加的なコストを企業に与え、回復に転じていた日本経済と株価をWボトムに陥れた。日本の土地と株式を合計した国富時価総額は、1989年末3,142兆円でピークをつけ2002年末の1,723兆円でいったん底入れし回復に転じたが、リーマン・ショック後さらに下落し11年末1,512兆円になった(なお23年末では2,410兆円と顕著に回復している)。この二番底は正しい政策を取っていれば回避できたはずである。
時期尚早の引き締めにNOと言った市場
7月31日の日銀の利上げと、植田総裁によるタカ派スタンスの記者会見は人々を驚かせ、史上最大の日本株暴落を引き起こした。やはり尚早の引き締めに市場は耐えられなかったのである。
しかし翌週の内田日銀副総裁の記者会見はあっけなかった。「株価暴落、景気後退に結び付くなら利上げはやらない。日銀には緩和継続できる政策の自由度がある」である。今回の株価暴落は、時期尚早の金融引き締めという過去の失敗を繰り返さないようにとの、市場からのメッセージだったのではないか。
(了)
<プロフィール>
武者陵司(むしゃ・りょうじ)
1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。88年大和総研アメリカでチーフアナリストとして米国のマクロ・ミクロ市場を調査。97年ドイツ証券調査部長兼チーフストラテジスト2005年ドイツ証券副会長を経て、09年(株)武者リサーチを設立。21年9月までドイツ証券(株)アドバイザーを務める。日経電子版、日経産業新聞(眼光紙背)、WILL、Voice、四国新聞社、月刊資本市場、投資経済、統計、外為どっとコム、幻冬舎ゴールドオンライン、週刊エコノミストなどにレポートやコラムを寄稿。テレビ朝日、BS11、日経CNBC、テレビ東京モーニングサテライト、BSフジプライムニュース、ストックボイス、ラジオNIKKEI、文化放送などにコメンテーターとして出演。法人名
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