成長率鈍化の中国経済 その主な問題点と今後の課題(前)
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帝京大学冲永総合研究所
特任教教授 郭四志 氏中国では目下、3期目に入った習近平政権が厳しい経済情勢に直面している。かつて比較的順調に高成長を遂げてきた中国経済が、ここにきてどうして低成長、失速に見舞われているか、そして今後のそのゆくえともたらす影響をめぐっては、内外でより一層の関心を集めている。中国経済の現状と問題点、今後の克服すべき課題を検討してみたい。
経済発展の背景・秘訣
中国は1978年12月の中国共産党第11期3中全会で「改革・開放」を提唱、92年2月、当時の最高実力者の鄧小平氏が「南巡講話」を行い対外開放・国内改革が加速・拡大させ、「社会主義市場経済体制」への移行を進めてきた。2002年に悲願のWTO加盟を実現し、08年の北京オリンピックと10年の上海万博の開催成功を経て、同年にGDPで日本を抜きアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となった。
改革・開放以降、中国は約30年にわたってGDP成長率約10%の高度成長を維持してきたが、10年代後半には6%台に鈍化し、近年は下方に大きく屈曲している、23年は5.2%へと下がり、24年1~6月は5.0%、同4~6月は4.7%にまで減速し、通年では4%台に低下することが見込まれている。
上述の経済成長をもたらした大きな背景は、主に社会主義市場経済によるものである。
第1に、「南巡講話」・「社会主義市場経済」が中国経済の大きな発展をもたらしてきた。1992年2月の鄧小平の「南巡講話」を契機に中国はさらに「改革と開放」を加速・拡大し、「社会主義市場経済」【図1】に移行しつつあった。
この社会主義市場経済は、「融合性」「柔軟性」および「過渡性」という3つの特徴▶️機能を秘めている。
融合性:生産手段の公有制+私有制(民間・私有企業の自主権の拡大・株式制の改革)の増加により、国有企業の民営化すなわち混合所有経済が形成されることで、所有構造において、国有やその他の公有経済と、個人所有、民間所有、外資所有、その他の非公有経済の両方が存在する。その融合は社会主義-資本主義の対立的価値観の融合、所有制(公有制-私有制)の融合、分配形態(労働、不動産などの資産)の融合という3つの面で現れる。
柔軟性:融合性を前提とし、それによって従来の計画経済による一元的な均質的社会経済システムの代わりに多元的、不均質的な社会経済システムが形成されつつあり、多種多様な秩序・経営形態がつくられ、地方分権、国営企業の経営権限の変化(共産党の政治的組織権限と企業経営権限の分離、企業の経営自主権の拡大)をもたらした。
過渡性:漸進的で緩衝的な意味をもつ。社会主義市場経済は生産力の発展に適応する過程で、計画経済による生産関係を止揚し、市場経済による公的私的併存の新たな生産関係を確立する。それは所有制の形態と分配形態によって実現される。中国は、1990年代、ロシア・東欧が直接的自由化政策を採用したのと異なり中国の政策は過渡的な性格を強くもっていたる。たとえば工業製品の価格を政府決定から市場メカニズムに完全に委ねるまで、5年などの時間をかけて行った。このようにして急速な自由化による影響をバッファ・回避することができた。
こうした社会主義市場経済の本質・機能による変化・成果が大きい。とくに経済発展・イノベーションのエンジンである民間企業が大きく成長し、主役となっている。2010年初頭時点で民間企業は1,000万社以上に達した。
民間企業の付加価値は中国のGDPの60%以上を占めており、工業増加値の対前年比伸びは15%以上と国有企業の6.4%をはるかに上回った。政府系シンクタンクの中国社会科学院によると、12年末時点の公有制経済(主に国有企業)と 非公有制経済(地場民間企業・外資系企業)の比率は、資産でみると50.4:49.6、国内生産総額 でみると32.4:67.6、雇用でみると、25.1:75.0となっている。
また社会主義市場経済への移行にともない民営化が進められ、国有企業・国家支配企業は1995年の25万社あったのが2005年には12万5,000社とほぼ半減、とくに国有工業企業は同約12万社から10年には1万1,000社に大幅に減少した。
このように中国において民間企業や日米欧などの外資系企業の存在感がますます高まった。10年代初頭、世界における中国の製造業シェアは23%以上に達した。製造業の付加価値の世界シェアは1990年代半ばころの5%台から2010年代初頭には25%台に伸び、世界1位となった。
なかでも民間企業が経済牽引の主役として注目されるようになった。「五六七八九」と称され、民間企業は国家税収の50%以上、GDPの60%、技術革新の70%以上、雇用の80%以上、企業数の90%以上と大きなウェイトを占めるようになった。とくにイノベーションの主役として、民間企業の特許出願件数および有効特許件数は約8割を占めるようになった。
経済衰退 3つの特徴の度合いが低下
しかし、これまで活用された「社会主義市場経済」の融合性・柔軟性・過渡性の度合いが近年弱まりつつある。現在、中国政府は社会主義政権の根幹である国有経済・国有企業の主導的地位を強化し、国有・非国有企業に「二重の政治・経営(企業内の共産党支部と企業マネジメント)組織」の併存を強化・設置し、非国有経済・民間企業などへの規制を強化し始めた【表1】。
民間企業への締め付けでは、とくにフィンテック企業のアント・グループの事例が注目されている。ジャック・マーが率いてきたアントは23年1月に奇妙なリストラを完了、それまで関連会社を通して53.46%の株式を保有していたマーは、保有率はわずか6.2%となり経営支配力を大きく低下させられた。そして同グループの株主構成には一部国有資本が入ったとされている。マーは同年1月、アントの支配株主ではなくなり、影響力は大きく低下していた。この動きは、通販、決済、物流などの分野で成長している「アリババ経済」の影響力を警戒し、資本と経営の面でアントからアリババを切り離したいという政府の意向に沿ったものと見られている。
(つづく)
<プロフィール>
郭四志(かく・しし)
1958年、中国大連市生まれ。大連外国語学院日本語学部卒。吉林大学大学院修士課程修了、法政大学大学院博士後期課程修了(経済学博士)。東京大学外国人研究員、日本エネルギー経済研究所研究員などを経て、2008年から帝京大学経済学部教授。24年4月より同大冲永総合研究所特任教教授。専門は国際経済、中国経済、エネルギー経済。著書に、『日本の対中国直接投資』(明徳出版社、1999年)、『中国石油メジャー』(文眞堂、2006年)、『中国エネルギー事情』(岩波新書、2011年)、『中国 原発大国への道』(岩波書店、2012 年)、『産業革命史』(ちくま新書、2021年)、『脱炭素産業革命』(ちくま新書、2023年)など。関連記事
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