従来型チェーンストア理論崩壊と小売流通の近未来(後)
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長者番付でお馴染みのアメリカの有力経済紙『フォーブス』が毎年、世界中の企業のなかから選ぶ「働きがいのある企業100社」ランキングがある。日本企業で100位以内に入る企業は稀だ。とくにランクインが難しいといわれる小売業でかつて19年連続ランクインした企業がある。その企業がいま、まさに風前の灯火だ。収納具の専門店コンテナストアだ。片付けコンサルタント「こんまり」こと近藤麻理恵とのコラボで話題にもなった同社は、1978年の創業以来、短期間で業績を急伸させ、19年連続でフォーブスの働きがいのある会社としてランクインし、ホワイト企業のレジェンドになりかけた。しかし、コロナの影響や競合激化などで、この5年でその売上を半減させ、回復の兆しが見えず、40ドルを越えた株価は今や1ドルに低下した。同じように成長し、倒産した企業にベッド・バス&ビヨンドがある。かつて、両社には我が国から見学者が押し寄せた。
同じく日本の大手小売業が手本にした1937年創業のスーパーマーケットのアルバートソンはM&Aで24ブランドをもつ2,700店余りの小売業に成長したが、スーパーマーケット最大手のクローガーが食指を伸ばす。FTC(連邦取引委員会)が認めれば、両社合わせた年商は30兆円だ。こちらは変身と巨大化で生き残りを図る。
コスモス薬品の明日は? 天下取りは最終局面へ
一方、日本型GMS(総合スーパー)の中身を入れ替えて拡大する業態と創業から一貫してリアル出店を継続する業態がある。新型DSとドラッグストアだ。前者はドン・キホーテ。後者はコスモス薬品やツルハドラッグ、ウエルシアなどの大手ドラッグストア。新型食品DSのロピア、オーケー、こだわりの商品と売場づくりのハローデイ、DXシステムと小売の複合でユニークな経営を行うトライアルも出店を続ける。しかし、彼らにとっても無限の市場が拡がっているわけではない。企業の寿命30年。小売スタイルの世代交代だ。
北九州地区の現状がそれを示唆する。かつて日本で初めてセルフシステムを導入したこしたことで有名となった丸和を始め、10社余りの地元スーパーが姿を消し、今や残るのはハローデイとマルショクの2社。そのハローデイも創業屋号「かじや」時代の店舗イメージとはいまや無縁の売場だ。福岡市でも、かつての名門サニーは今やその名前を残すだけだ。
九州発で初の売上高1兆円が確実なコスモス薬品が躍進するドラッグストア業界も同じだ。マツモトキヨシホールディングスとココカラファインが合併し、ウエルシアとツルハもイオン主導での合併を検討し始めた。ドラッグストア上位1、2位の売上規模だから合わせて約2兆円の規模になる。
マツキヨのそれも1兆円に近いから、それに続くコスモス薬品やサンドラッグ、スギ薬局などのドラッグストア大手が加わる規模競争がますます強まる。そうしてみると、ドラッグストアの競争は最終局面に入っているといえる。しかし、コスモス薬品が従来通りの独自路線で東日本地区にも西日本と同じような競争力を引っ提げて順調に市場を確保できるなら、2兆円企業に成長する。その過程をどうコントロールするかはオーナーの経営哲学によるが、かつての戦国の雄、島津や大友が成し遂げられなかった全国の頂点に立つというのもあながち夢ではない。
小売の世界には「真似て、真似て真似尽くし、俺が本家と胸を張る」という半ば笑えるジョークがある。見学、学習、模倣は成長の原動力だ。その結果、「大いなる同質化という平凡」に帰着する。
ニッチとは生存領域 独自の世界をつくる
一方、真似のできない世界をつくる小売業がある。たとえばニューヨークのブロードウェイにあるゼイバーズ。高級住宅街アッパーウェストサイドにあるアメリカの消費力の幅広さを実感できる店だ。小さな2階建ての店舗で1階部分が食品、2階が台所雑貨という構成になっている。
チーズやパン、オーナーが直接産地に出向き吟味して調達する高品質のコーヒー豆。そして何より絶品なのがスモークサーモンだ。オーダーで薄切りにして売ってくれる。地元客だけでなく、日本からの観光客もやって来る。何と言ってもニューヨークという高物価の土地柄にもかかわらず、価格の安さに驚く。コーヒーもパンもチーズもその品質に比べて安い。総菜も充実しており、とにかく楽しい。どれもこれも買いたくなる。
そのゼイバーズと同じニューヨーク州ロチェスター発祥のウェグマンズも人気のスーパーだ。ニューヨークとハドソン川をはさんだニュージャージーなど東海岸を中心に80の大型店を展開する。この店の特徴は総菜の充実とそれを店内で喫食できるイートインコーナー、親切で商品知識豊富な従業員、豊富な品ぞろえだ。2階部分から1階の売場を見下ろすイートインコーナーには紙ナプキンやプラスティックのフォークなどがそなえてあり、店舗で購入した商品をゆっくり飲食できる。もちろん従業員に手厚い教育と待遇を提供するウェグマンズはフォーブス働きがいのある企業の上位常連だ。
アルバートソンのように創業から100年が経過してM&Aを繰り返し、全米に2.500舗を超える店舗を生み出企業、1店舗だけで同じ地区で特別な店を営む企業、その中間で地域に根差した企業と小売先進国のアメリカの多様性とその消費スタイルの深さは流石と言っていい。もう一社アメリカのスーパーで外せないのがカルフォルニア発祥のトレーダージョーズだ。
坪効率競争
繁盛店の特徴は坪当たり売上の高さだ。かつて日本型大型店はその高さで多大な利益を叩き出した。そんな業界に「坪効率を落とせ」の大号令を発したのは渥美俊一のペガサスクラブだった。その後、競合激化と店舗の大型化、消費者志向の変化で年間300万円を超えていた坪当たり売上は渥美の主張通り半減した。その結果、渥美の思惑とは逆に、イトーヨーカ堂やイオンのリテール部門は物販で利益が出なくなり今に続く。
現在の日本型大型店の売場面積が半分になってもその売上はおそらく変わらない。1,000坪超のスーパーマーケットにも同じことがいえる。
かつて日本一といわれる坪効率を誇ったのがマルキョウだ。井尻店など、年間坪当たり売上高1,000万円を超える店が複数あった。当時は無類の競争力をもつスーパーマーケットだった。その店舗面積は150坪。その後、その面積を倍にしたが、坪効率はほぼ半分になった。
そのかつてのマルキョウ並みの坪効率を誇るのがトレーダージョーズだ。その坪効率は700万円超。高質スーパーホールフーズの2倍といわれる。しかし、平均売場面積は半分以下だから、企業力即、坪効率ということにはならない。
九州のスーパーマーケットで高い坪効率が特徴のハローデイがある。マックスバリューなど大手チェーンの年間坪当たり売上が300万円程度であるのに対し、ハローデイのそれは500万円を超える。この差が店の高質を維持する源泉だ。
もちろん、ディスカウント店でも坪効率は無視できない。ドン・キホーテ、ロピアやトライアル、ルミエール、ハローデイ。彼らがイオンをしのげるかどうかは一にこの坪効率にかかっていると言っても過言ではない。
こだわり特殊VS従来型 人間の本能をくすぐる商売
これらのユニーク企業がウェグマンズやトレーダージョー、ゼイバーズになれるかどうかはわからないし、その市場がどのくらいあるかも未知数といっていい。いずれにしても、今後は大手が簡単にまねのできない「こだわり特殊型」とイズミやマックスバリューといった大手チェーン系の「従来型スーパーマーケット」の棲み分け的競合というかたちになるだろう。
しかし、人口減と高齢化は確実に進行し、オンラインという無店舗型小売の拡大も続くから、ゆくゆくは大手同士が合併、隣接競合で不採算に陥った2店舗の片方を閉鎖し、残した店を黒字化するという手段を選択するしかないということになる。
実際、アメリカのドラッグストア企業やダラーストアにそんなかたちが生まれている。スーパーマーケット業界も同じだ。我が国の小売がアメリカの後を追うというのは過去の歴史が証明しているから、限られた企業による寡占&選別スクラップに落ち着く。
一方、産地やこだわりといった消費者の「わざわざ誘因」を意識した提案型の店舗は残るだろう。人間にとって、買い物の楽しさは狩り、採集、作物栽培といった、生まれながら持っている半ば本能に近いものだからだ。もちろん、それが小売の主力になることはないが、こだわり小売業はそれを忘れないことが生き残りの道だ。
(了)
【神戸彲】
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