2024年12月13日( 金 )

いまフランスで何が起こっているのか?(後)

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福岡大学名誉教授 大嶋仁 氏

病める国の現実

フランス マルセイユ イメージ    ドラクロワ氏は、フランスはマルセイユの出身である。現在はポルトガルのリスボンに住んでいる。彼の仕事は株式アナリスト。世界のどこにいても仕事ができる。だが、時間があれば、母国フランスの文化事情を、YouTubeを通じて世界中に配信している。そういう彼の積極的な姿勢を、私は好ましく思っている。

 今回彼に会ったのは、ちょうどバルニエ内閣が総辞職に追い込まれた12月5日であった。会ったとたん、さっそく混乱するフランスの政治情勢について尋ねてみた。すると彼は、いつもながら歯に衣を着せぬ言い方で、こう言った。

「わかりきった結末だよ。フランスはいま最悪なんだ。国全体が病気にかかっている」
「国全体の病気って、どんな病気?」
「頭脳停止という病気さ。原因はわかっている。サルトルの亜流が多すぎるのさ。つまり、自称左翼がご立派な教説を垂れ、それをメディアが増幅する。そして、その教説が唯一絶対の真理となって人々の自由な思考を抑え込む。これじゃあ、まともに議論もできない」

 確かに彼の言う通りだ。50年前のフランスは、それぞれが意見を述べ合って、意見の対立があってこそ「理性の光」が輝くと信じられていた。そのような信念はどこかに消えてしまったのだ。もちろん、これは世界的な傾向で、フランスだけがそうなのではない。しかし、フランスまでがそうなってしまったとは、やはりショックであるにちがいない。

 「つまり、フランス人まで思考停止に陥っているということ?」と私が聞くと、「そうとも。アメリカが流す安っぽいイデオロギーにしがみつき、政治家も知識人も考えることができなくなり、そのウィルスが国全体に蔓延しているんだ」と今度はアメリカに矛先を向けた。

 「フランス人がアメリカのイデオロギーに?」とさらに驚くと、彼は一気に捲し立てた。「アメリカが独立するときは、フランス人が思想的な支援をした。フランスは以来ずっとアメリカの師匠だったはずなんだ。ところが2回の大きな戦争があって、ヨーロッパがボロボロになり、アメリカが勝者になってしまうと、もはやフランスはアメリカに頭が上がらなくなった。ドゴールが大統領だったときまでだよ、フランスがまともだったのは」

「ドゴールは何をしたんだい?」
「フランスがイギリスやアメリカやソ連とはちがって、自由にものを考える国であるという立場を守ろうとしたんだ。つまり、ドゴールはフランスが世界において独自の役割を果たせるようにと努めたんだ。新生中国をいち早く承認し、新世界はアジアを含めて考えなくてはならないと示したのもドゴールだった。自由主義フランスは、自由主義であればこそ、共産主義の国をも認めるべきだという考えを示したんだ。アメリカとは違うだろ?」

「そうか。そういうフランスはたしかにどこかに消えちゃったね」
「ドゴールの後のフランスはアメリカの犬になった。これじゃあ、アメリカとロシア、アメリカと中国の関係を調整することなんか、できるわけない。ほんとに情けないことだ」

 彼の情熱溢れる母国批判に圧倒された私は、今度は「移民問題」に話題を移した。すると、相変わらずの口調で彼はこう言う。

「移民問題は左翼が焚き付けた問題で、右翼がそれに猛反撃するという悪い政治の典型さ。左翼がご立派な平等思想を唱えるもんだから、一般市民まで左傾化する。すると、左翼の言うことは現実を見ないウソだらけだから、そこを衝いて移民排斥を目指す右翼が力を増す。そういう仕組みなんだ。つまり、右翼も左翼も、どちらもフランスのためになっていない。フランスの伝統のなんたるかも知らず、自国の長所も欠点も知らないような奴らは、到底信用できないよ」

 彼がいう「左翼」とは、「移民の人権を守りましょう」といったきれいごとを並べたうえで、自身は移民たちとはできるだけかかわらないようにする「偽善者」を意味しているようだ。一方の「右翼」は、そこまで偽善者ではないが、「左翼」の偽善を告発することで権力の座を得ようとするだけのもので、将来の設計図も何もない。そういうわけで、彼自身、フランスの現状に何ら希望を見出せないようである。

 最後に彼に聞いた。
「そうした政治の背景にはフランスの経済力の低下があるのでは? 対外債務がとてつもなく膨れ上がっているようだけど」

 すると彼、こんなことを言った。
「働かずに儲け続けようなんて無理なんだ。フランス人は過去の栄光に生きているんだ。移民に頼らずに、自分で汗をかくことを知らなきゃ、国はよくならない。フランスが病気なのは、怠け者が多すぎるからさ。日本なんか、その点ではマシなんじゃないの?」

 私は一応頷いた。しかし、日本人の現在の仕事ぶりは50年前とは明らかに違う。若者は与えられた仕事をこなすことしかできず、何ら創造性を持ち得ないのだ。これは若者のせいではない。いつまでも古いシステムにしがみつく社会の上層部のせいなのである。

(了)


<プロフィール>
大嶋仁
(おおしま・ひとし)
 1948年生まれ、神奈川県鎌倉市出身。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。75年東京大学文学部倫理学科卒。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し名誉教授に。

(中)

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