2024年12月20日( 金 )

ヨーロッパにて韓国を思う(前)病める国々

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福岡大学名誉教授 大嶋仁 氏

ソウル 上空 イメージ    約3カ月前の9月に、Lに会った。在日韓国人の彼は、しばしば近代日本と朝鮮半島の関係について語る。その熱い口ぶりから、日本と同じほど朝鮮半島のことが気にかかっているとがわかる。

 その少し前に、甲子園で京都国際高校が優勝した。在日韓国人の彼はさぞ喜んでいるだろうと思ってその話をすると、「野球の好きな若者の集団を『在日』とか『ハングル校歌』とかで色分けするのは嫌ですね」という返事が返ってきた。

 「でも、ああいう高校が日本中に知られたことは良いことなのでは?」と私が言うと、「彼らを普通の“高校球児”として見られないものですかね。余計な色分けをするから、ネット右翼とかが嫌がらせをするのです」とそっけない。

 同じ在日でも、現在はソウルに住むPはまったくちがう反応を示していた。京都国際の優勝について、こう言っていたのだ。「この優勝で、京都国際みたいな学校があるということが日本中に知られ、これから京都国際に進学したいと志願する中学生も出てくるでしょう。京都国際を卒業すれば韓日両国の大学への入学資格をもつことができるので、今回の優勝は日本の国際化に寄与すると思います」と。

 当たり前のことだが、同じ「在日」でも、人それぞれだ。Lの主張は「スポーツに政治を持ち込むな」ということだろう。彼は朝鮮半島の北と南がイデオロギー過多症に苦しんでいることをよく知っているのだ。「日韓関係がこじれるのは日本のせいではなく、妙なイデオロギーに囚われて現実を見失っている韓国のせいです」と彼は言う。北朝鮮も、韓国も、彼によればイデオロギーに毒されているのだ。

 Lと話してから3カ月が経ち、いま私はヨーロッパにいる。そしてつい最近、BBCニュースで韓国の尹大統領が「非常戒厳令」を発令したことを知った。フランスの内閣総辞職の2日前のことだった。

 そのニュースを見て、「いったい、なぜ?」とまずは信じられなかった。北朝鮮との関係が急激に悪化したのかと思ったが、ニュースはそうしたことを語っていなかった。「クーデターでもあったのか?」と思ったが、これもちがう。

 その後いろいろニュースを見ると、どうやら尹大統領の「一人芝居」だったようだ。多くの国民に大統領の存在を訴えようとして起こしたようだが、それが逆効果となって自らの立場を悪化させてしまったのだ。

 注目すべきは、多くの議員や一般国民が、「戒厳令」なら何もできないはずなのに敢然と大統領の前に立ちはだかり、大統領弾劾へと歩を運んだことだ。これを見る限り、韓国は「民主化」を着実に進めているように思えた。

 それにしても、いったいどうして尹大統領はあんな愚かなことをしたのか? 彼が大統領になったのは2022年5月のこと。当時の与党「共に民主党」の李在明にわずかの差で勝利している。そういう僅差なら、政情が安定しなくて不思議はない。

 その年10月にはソウルの繁華街で153人もが転倒死したが、そうした事件も韓国の政情不安を反映しているように思えてならない。今回の非常戒厳令の発令とソウルの転倒死事件を併せて考えると、すべてにおいて冷静さを失って狂奔する国民の姿が浮かび上がってくる。政治家だけでなく、韓国全体が心理的に不安定なのだ。これはいったい、なにに起因するのか? 「国民性」などという安易な言葉で説明することはできない。

 思うに、半島国家の悲劇であろう。朝鮮半島は常に中国の圧力を受け、また海を隔てた日本からも狙われてきた。その両方の脅威から自らを守るために、必死の努力をして己のアイデンティティーを確保しようとしてきたのだ。

 そのような民族は、周囲と妥協して利益を引き出す努力もするが、外敵に裏切られた記憶が重なって集団的パラノイアに陥りがちだ。疑心暗鬼に走り、精神的余裕がなくなり、思わぬ方向に暴走しがちなのである。

 このように言うのも、先にも言ったように、私がヨーロッパにいるからだろう。ヨーロッパからは、韓国の地政学上の困難が見えやすい。とくに、ヨーロッパで韓国に状況が近い半島国家のスペインから見れば、状況が手に取るようにはっきり見えてくるのである。

 フランコの独裁が終わってからのスペインは、「右」に「左」に揺れうごくイデオロギー過多症を患っている。現在の政権は左翼政党が握っているが、この政権が終われば、次は逆の政治が始まるだろう。国民はこの目まぐるしい動きに、ほとんどついていけない状態だ。韓国によく似ているのである。

 現政権は一昨年「16歳以上の国民が法律上の性別変更の手続きをする際に、診断書を不要とする法案」を賛成多数で可決している。つまり、16歳以上のスペイン人は、勝手に「性」を変更できるのだ。このような前代未聞の法律ができてしまうのが今のスペインである。とすれば、いったいどうしてそういうことになるのかが気になる。

(つづく)


<プロフィール>
大嶋仁
(おおしま・ひとし)
 1948年生まれ、神奈川県鎌倉市出身。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。75年東京大学文学部倫理学科卒。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し名誉教授に。

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