2024年12月28日( 土 )

トランプ次期大統領との運命共同体を模索する孫正義氏の命運(中)

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国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

 実は、世界のパワーバランスが大きく変化を遂げていることもトランプ氏と孫氏の関係に影響をおよぼしているはずです。バーバー氏曰く「トランプ政権1期目から8年が経ち、世界中で戦争が起き、中国と西側諸国との間のリスクも解消され、デカップリングも行われている。ビジネスの世界でも大きな変化が起きており、政治もそうした流れを無視できないはず」。

 バーバー氏の見立てでは、「ソフトバンクは中国か西側のどちらかを選択する必要がある」とのこと。孫氏曰く「私たちは中国における最大の投資家であり、米国においても最大の投資家です。しかし今、私たちは選択しなければなりません。私たちは西側を選びました」。

 だから、孫氏がマール・ア・ラーゴに乗り込んだのは、「私は西側、すなわち米国を選んだ」と言っているわけです。言い換えれば、「私は米国を選択し、トランプ氏とともにビジネスを拡大発展させる」と宣言したに等しいと言えます。

 とはいえ、マール・ア・ラーゴでの記者会見での発表では、ソフトバンクが行う予定の具体的な投資に関する詳細は明らかにされませんでした。言うまでもなく、トランプ大統領が長年「成功事例」のように宣伝してきた海外投資のすべてが実現したわけではありません。そのことも忘れるわけには行かないでしょう。

 たとえば、台湾の電子機器メーカー、フォックスコンは17年にウィスコンシン州の製造施設に100億ドルの投資を約束したが、その後、大幅に規模を縮小したものです。

ソフトバンク本社 イメージ    ソフトバンクの16年の公約ですら、公約を結ぶ3年前の13年に同社がスプリントに投じた200億ドル以上が総額に含まれていない限り、真に実現したと考えるのは難しいと言わざるを得ません。

 孫氏の伝記作家であるバーバー氏は、「ソフトバンクが今後4年間で米国への投資額1,000億ドルを確保できるかどうかについて、若干の疑問を抱いている」と語っています。

 バーバー氏は「不可能とは言っていないが、どうやって1,000億に到達するのかはまだ分からない」と懐疑的です。しかし、「予想外の成功を収める孫氏の能力を過小評価しないことも重要だ」と同氏は言います。

 今回、トランプ氏は孫氏を紹介する際、8年前、16年の選挙でトランプ氏が勝利した後、ソフトバンクも同様の公約を掲げ、米国への500億ドルの投資と5万人の新規雇用を約束していたと指摘したものです。そのうえで、「彼はその約束を守りました」と太鼓判を押しました。

 ソフトバンクと米国政府との利害関係は多岐にわたります。ソフトバンク傘下のスプリントとTモバイルの合併計画がオバマ政権の抵抗に遭い、同社は大きな打撃を受けました。その後、第1次トランプ政権となり、最終的な承認が下りたことで、孫氏は一命を取り留めたわけです。いわば、トランプ氏は孫氏の命の恩人といっても過言ではありません。

 現在、ソフトバンクの最大の資産は半導体のコンポーネントを設計するアームであり、この部門は米国の補助金政策や関税、さらには台湾と中国をめぐる政策の影響を受ける領域でもあります。

 実は、ソフトバンクは中国のバイトダンスの株式を大量に保有しています。バイトダンスは25年1月までにアプリを売却または所有権を変更しなければ、米国において子会社であるTikTokを禁止される可能性があるのです。トランプ氏は「TikTokの禁止を検討する」と述べています。この点は孫氏にとっては頭の痛いところでしょう。

 また、ソフトバンクは自動運転車の分野で多数の企業の株式を所有しています。この分野もトランプ次期大統領の政策顧問らが連邦規則の変更を望んでいる分野でもあります。

 ソフトバンクのAI投資がどのようなかたちをとるかによっては、トランプ大統領の恩恵を受けることが十分にあり得るわけです。孫氏は米国のデータセンターとエネルギー源に投資する計画のようです。事情に詳しい関係者によると、孫氏は半導体製造への参入を望んでおり、この分野は政府からの多額の援助が受けられる可能性があると見られています。

 しかし、4年間で10万人の雇用を創出するのは容易ではありません。テクノロジー、とくにAIは、雇用創出の面で生産性が低いことで知られているからです。ソフトバンク自体の従業員数はわずか6万5,000人。その半導体製造部門を担うArmの社員はわずか7,000人しかいません。

 ソフトバンクがトランプ氏に約束した対米投資を遂行するには、さらに多額の資金が必要になります。S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスによると、ソフトバンクは9月30日時点で現金約300億ドル、負債1,420億ドルを抱えているとのこと。

 しかも、ソフトバンクは、その現金の多くを不景気に備えて準備金として保有することを約束しており、また大幅な負債の増加を避けることも約束しているではありませんか。一体どのようにして1,000億ドルの資金調達を実現しようというのでしょうか。

 この計画に詳しい関係者によると、孫氏は資金の一部が外部投資家から得られると期待しているとのこと。しかし、17年に立ち上げられたソフトバンクの1,000億ドル規模のビジョン・ファンドにおいても、建設スタートアップのカテラ、金融業者グリーンシル・キャピタル、ロボットでピザをつくることを目指したズメなど、事業の失敗が相次いだものです。とても簡単に外部資金が調達できるとは思えません。

(つづく)

浜田和幸(はまだ・かずゆき)
    国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。近著に『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』、『世界のトップを操る"ディープレディ"たち!』。

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