2025年01月18日( 土 )

石破首相のマレーシア、インドネシア訪問と今後の日米関係(中)

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国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

日米関係 イメージ    石破氏は防衛相を務めた経験もあり、安全保障政策や軍事問題には詳しいと自負しています。総裁選の最中には「アメリカに自衛隊の訓練基地をつくる」とか、増大化する中国の脅威を念頭に、「アジア版NATOを創設する」といった日本の国防に関する新たな政策案を提唱。さらには、「日米地位協定の見直し」にも言及し、日米同盟関係の延長線上に「核シェアリング」を位置づけ、「日本国内へのアメリカの核の持ち込みを認めるべき」といった、従来の日米関係を一新するかのような姿勢を見せていました。

 かつて石破氏の派閥に所属していた斎藤健前経産大臣によれば、石破氏の認識では「中国、ロシア、北朝鮮の核連合に対して、アメリカの核の傘は機能しなくなっている。また、国連の機能不全が著しいため、日本が主導するかたちで新たな安全保障の枠組みを設ける必要性を強く感じているに違いない」とのこと。

 しかも、斎藤氏が見るところ、石破氏の対米理解は「アメリカはインド太平洋地域における対中抑止を二国間ベースで考えているのではなく、複数の地域諸国との連携を前提とした“面”で考えているはずだ」とするもの。台湾海峡をめぐる緊張が高まり、中国、ロシア、北朝鮮の軍事同盟化も進んでいるため、石破氏は対抗上、アメリカ一辺倒ではなく、安全保障上のパートナーを増大する必要があると考えているわけです。

 それゆえ、「日米同盟、米豪同盟、米韓同盟などを一本化し、多国間協議の場をつくる必要性がある」との主張につながっていると思われます。斎藤氏曰く「アメリカとの対等な関係を目指す石破氏は、長年温めてきた対米関係の改善策を実現しようとしている。その意味では、石破氏は日米関係を英米関係のレベルにまで高めようと考えている」。

 しかし、アメリカ政府からの反応は「時期尚早」とか「非現実的な夢物語(ファンタジー)」といった厳しいもの。佐々江元駐米大使の分析では、アメリカにとっては「アメリカを守るのではなく、訓練だけのための自衛隊の基地など不要だ」ということ。しかも、アメリカが求めているのは、軍事同盟の拡大ではなく、防衛装備品の共同開発を含む経済同盟の強化であるため、「石破氏はアメリカの本心が読めていないのではないか」と危惧の念を有しています。

 実は、日米間では2010年から「日米拡大抑止協議」(EDD)が実施されており、24年7月末には参加者のランクを上げての日米閣僚会合も実施されています。「そうした既存のチャンネルをより有効に活用する手立ても検討すべき」というのが佐々江氏の石破首相へのアドバイスです。要は、石破氏の日米安全保障体制を深化させたいとの思いは理解できるものの、具体的な交渉の道筋はこれからというわけです。

 また、防衛研究所の分析によれば、中国を始めアセアン諸国からも「石破氏の唱えるアジア版NATOは中国封じ込めを狙ったもので、攻撃的過ぎる」と敬遠されているようです。しかも、インドやオーストラリアなどQUAD諸国からも「アジア版NATOには反対」との意見が出ています。さらには、韓国からも懐疑的な見方が届いているとのこと。アメリカとの事前協議もなく、アジア版NATOを主張する石破氏の外交姿勢に危ういものを感じている周辺国が多い状況です。

 その上、元統合幕僚長・河野克俊氏からは「内閣法制局が指摘しているように、石破首相の提唱するアジア版NATOを実現するには憲法9条の解釈変更ではなく、改正が絶対条件となる」との厳しい見方が出されているのです。

 順番としては、憲法9条2項の削除を実現し、その後に「アジア版NATO」の議論を進めるのが当然との見方です。しかし、河野氏に言わせれば、「そうしたアプローチの議論が欠如しているのではないか」ということ。こうした指摘に対して、石破氏からは特段の反論はありません。言い換えれば、石破首相の対米安全保障政策は交渉前の段階で国内外からの反対や懐疑論によって足踏み状態に陥っていると言わざるを得ません。

 そうした厳しい指摘を受け、石破氏は「アジア版NATO」などの主張を「長期的な課題」と述べるようになり、実質的には封印してしまいました。就任後初の所信表明演説でも、「自由で開かれたインド太平洋構想」(FOIP)には触れましたが、「アジア版NATO」や「日米地位協定の見直し」には一切触れませんでした。

 これでは石破氏の本気度が疑われます。このままでは石破政権下の日米関係の前途は厳しいものになりかねません。石破氏が任命した岩屋毅外務大臣も「アジア版NATOは日本の憲法に抵触する。アジア太平洋地域の多様な国々から支持を得るのは難しい」と言い出す様相です。

 とはいえ、岩屋氏と石破氏の間には共通点が多くあります。岩屋氏曰く「これまでの対米追従的な姿勢は改めること。親米自立路線を追求するのが得策だ。日本の目指すべき役割は米中対立のお先棒を担ぐことではなく、米中対立の悪化を防ぐために欠かせない“突っかい棒”になること」。要は、軍事より外交を重視する姿勢では石破氏と一体化していることは間違いありません。

(つづく)

浜田和幸(はまだ・かずゆき)
    国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。近著に『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』、『世界のトップを操る"ディープレディ"たち!』。

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