2025年01月22日( 水 )

居場所に欠かせないアイテム(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

大さんのシニアリポート第142回

 URの空き店舗を借りて運営していた「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)には「陰の主役」があった。卓袱台(ちゃぶだい)である。卓袱台とは、「折り畳みのできる短い脚の付いた食卓」(スーパー大辞林)のこと。「ぐるり」の別の顔が「よろず相談所」という生活一般の困りごとの相談を社協のCSWが受けるというものだった。当然他人に聞かれては困る内容が多いので、別室(倉庫として活用)にテントを張り、常連客からは顔の見えない状態で相談に乗った。「ぐるり」のもう1つの居場所だった。

「子ども食堂」があるのに、
「老人食堂」はなぜないの?

「ぐるり」子ども食堂    高齢者の居場所を考えたとき、欠かすことができないアイテムは「食事」だろう。ボランティアが中心となり、主に生活に窮する家庭の子どもたちに食事を提供する「子ども食堂」は存在するが、高齢者限定で食事を提供する「高齢者(老人)食堂」というのは聞いたことがない。「ぐるり」でも月2回子ども食堂を開いた。そのとき要望のあった高齢者に食事(食事の内容は子どもと同じ)を提供した。子どもたちと一緒に食事をすることで箸が進むと喜ばれた。とくに孤食を強いられる独居高齢者には楽しいひと時のようだ。

 「高齢者も一緒に食事をする」という方式を選択している子ども食堂は全国にも多い。大分県豊後高田市で定期的に開かれる「ふれあい食堂」もそうだ。子どもや若い人たちに交じって地元の高齢者が一緒に食卓を囲む。1食300円。「同市では2010年から『高齢者がたのしいまち』をスローガンに掲げ、外出支援に力を入れていることで知られる。ユニークなのは65歳以上で要介護状態ではない人全員に心身の状況などを記名式で尋ねている点だ」(朝日新聞18年8月29日)。フレイル(加齢にともなう虚弱)が見られる市民には体操教室への参加を促す。「市の助成制度を利用すると、高齢者なら500円で楽しめる映画館やシニア向けの商品が充実しているリサイクルショップ、習字などの習いごとを楽しめるスペースを次々とオープン」(同)。その結果、要介護者の比率が全国平均を大きく下回っている。

 山形県酒田市でも、移住・交流拠点「とちと」で昨年10月、子ども食堂をオープンさせた。地元の「庄内ちいき食堂」に声をかけて会場を提供してもらい、移住者も手伝うかたちをとった。「現地を今年夏に訪れたジャーナリストの国谷裕子さんが驚いたのは、多様なキャリアやライフステージの入居者たちが、地域での自分の役割を積極的に探そうとする姿勢だ。リモートワークをしながら、銭湯の復活プロジェクトに加わろうとしている女性。障害のある娘のため、施設と自分の仕事を見つけて移住した女性は、地域緑化に加わる。年金生活の夫婦は、地元町内会と交流を深めようとしていた」(同23年12月24日)。子ども食堂を中心にした居場所といえよう。

「居場所」にはさまざまなかたちがある

卓袱台    居場所というのは公的な機関が先導し、ボランティアが現場でサポートするという図式を描きたくなるが、もう少し掘り下げてみるとさまざまな居場所が存在することが分かる。NHK「おはよう日本」(1月12日放送)で、広島県江田島にあった古民家をリノベして本屋を開業した人の話。書店といっても最近はやりの「書棚をオーナーに貸し出しする」というシステム。各オーナーは自分の好きなジャンルの本を並べる。さまざまなジャンルの本が並ぶので、客層も年齢もばらばら。常連のNさん(81歳)が来店すると、Nさんの周りには人垣ができ、本の話で盛り上がる。

 「限界集落住んでみた 岩手編」(NHK1月13日放送 ディレクターが1カ月各地の限界集落に住んでありふれた日常を報告する)で、住民の3分の1以上が65歳以上の高齢者なので、村民全員で助け合いながら生活するのが当たり前と感じる住民。村長は、「結の精神」だと誇らしげにいう。だから小さな神社、品物がほとんどない商店、漬物工場など必ず見知った顔が集う。互いに助け合わなければ生きていけない。おそらく村民の頭には「居場所」という具体的なイメージは存在しないのだろう。都会では、公的な機関が関与して意識的に居場所を設けているというのが現状である。

 かつてあった縁側での茶飲み、井戸端会議、日向ぼっこ…。意識しなくとも居場所ができた。どこにでもあった。生活も命も時の流れに任せる自然体な生き方は無理だと分かっていても、どこか懐かしい。私が昭和の人間だからか。

(了)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

(第142回・前)

関連キーワード

関連記事