トランプ政権の外交戦略と変容する国際秩序~日本が理解すべき秩序変化の足音~(前)
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東京大学東洋文化研究所
教授 佐橋亮 氏第2次トランプ政権がスタートした。トランプが大統領となることによって、アメリカの国内はもとより、アメリカの外交姿勢はどのように変わるのか。また、予測不可能といわれるトランプ外交が導くこれからの世界の秩序とは。アメリカが主導する国際秩序を前提として立ち位置を構築してきた日本外交は大きな転換期を迎えている。
トランプ政権で変わるか アメリカの移民政策
2024年11月のアメリカ大統領選挙では、予想を大きく上回るかたちでトランプ大統領候補が選挙を制することになった。選挙人の獲得数で見れば、312対226、そして激戦7州はすべてトランプが制した。何よりも、総得票数でトランプ氏がハリス氏を260万票上回って勝利を収めたことが、驚きをもって受け止められた。もちろんこれは圧勝とまではいかないまでも、予想を大きく上回るものであったとはいえる。
なぜトランプ氏が再選を決めたのかといえば、やはりそのトランプ氏のメッセージが事実の正しさに関わらず、有権者の心に届いたということになるだろう。4年前に比べてあなたの生活は良くなったのかという問いかけが、有権者の心に刺さったということになるだろう。多くの有権者にとって身近なインフレや不法移民の流入といった問題に、ハリス氏が、またはバイデン政権が、有効な手立てを打ってこなかった。
たしかに民主主義や中絶は重要な問題ではあるが、ハリス氏はそういった都市部の価値観に近い問題に焦点を当てすぎてしまい、住宅価格の高騰やインフレ、治安といった問題に十分に応えることができなかったのだ。
こうして再選を決めたトランプ政権の最も重要な優先される課題は、おそらく不法移民問題であろう。大統領次席補佐官のスティーブン・ミラー氏や移民税関捜査局局長代行を務めたトム・ホーマン氏、または国土安全保障省長官になるクリスティ・ノーム氏など強硬派が目立つ人事がすでに発表されている(本稿執筆時24年11月末時点)。移民国家としてのアメリカのかたちを変えるほどの大きな政策的手立てがとられるのかもしれない。トランプ氏を支える重要な票田にキリスト教ナショナリズムが存在することはよく知られており、移民問題はそうした観点から推進力を得ているともいえる。
トランプの外交人事 ウクライナ、中国への対処
さて、外交では米中関係が大きな争点になってくるだろう。たしかに、ロシア・ウクライナ戦争もトランプ政権の4年間において、どのように集結させるか議論が進むであろうし、すでに特使を任命することが発表されている。和平実現に向けた関係各国との交渉が本格化していくことになるだろう。
なお、特使として任命が発表されているのは、トランプ政権第1期でも安全保障政策で大きな役割を務めたキース・ケロッグ元陸軍中将であり、トランプの考えを代弁するように行動していくであろう。今回のトランプ政権では、前回のようにトランプ氏やアメリカ第一と異なる考えをもつことをさして隠さず、すでに十分な経験と経歴を外交や軍で積んできたような人物が最初から入るということはあまりなさそうだ。「大人たち」とも呼ばれた人々ではなく、トランプ氏により忠実な人々が政権のなかに入っていくことになる。
そうしたなかで、国務長官として任用されるのは、マルコ・ルビオ氏であり、彼は上院議員時代に歴代政権以上にタカ派の政策を中国に訴えてきた人物である。超タカ派といっても良い。ルビオ氏は中国の政治体制そのものを問題視しており、立法活動を推進してきた。たとえば、中国による関税逃れのための迂回輸出や、国内における弾圧などを問題視してきたということだ。そして、国家安全保障担当大統領補佐官を務めるのは、下院議員であったマイク・ウォルツ氏である。その副官にはアレックス・ウォン氏が就任することも発表されている。
こういった人事から見えてくるのは、実は現実主義的な外交安全保障政策に近いラインであるということもいえる。中国に厳しく、また中国の成長がもたらす問題を安全保障の観点から議論しようとする。そして、おそらくトランプ政権第1期でも使われた「力による平和」という考え方を基調にして、同盟国とともに中国との競争を戦っていくというイメージがそこにある。
取引主義と力による平和
もちろん、トランプ政権である以上、同盟国にこれまでと同じような姿勢で臨むということは考えづらい。同盟国であれ、それ以外の国であれ、取引主義で臨むというのがトランプ政権の手法の1つになることも間違いがない。中国に対して60%の関税をかけるというふうに選挙期間中に主張されてきたが、同盟国も含めた世界にも10%から20%の関税を主張してきたのがトランプ大統領である。同盟国に同盟のただ乗りを許さないという姿勢は、確実に強くなるであろう。その意味で、MAGA(アメリカ第一)を外交に落としてくる側面は必ずある。
しかし同時に、中国など権威主義諸国が国際秩序において問題をつくり出しており、アメリカは自由主義を守るために行動しなくてはいけないとして、トランプ大統領がその先頭に立つという世界観も併存する可能性があるということだ。アメリカ第一といっても、第2次世界大戦勃発時に、欧州の戦争、世界の戦争に介入しようとしたフランクリン・ルーズベルトの介入主義に対して徹底的に立ち向い、欧州の戦争から距離を置くべきとしたチャールズ・リンドバーグのアメリカ第一委員会ほどの反介入主義を想定する必要はない。
そもそも現在のアメリカ第一運動の中核にあるのは、グローバル経済によってアメリカが疲弊し主権が奪われてきたという問題意識である。たしかにそこには中国への敵対心も織り込まれているにしても、戦争、さらに世界情勢から距離を置くという意味の孤立主義が中核に置かれているわけではないのである。トランプ氏は、とくに今世紀に入ってからの歴代政権がみせたような世界への軍事関与は過大だと批判しているにしても、世界観のレベルでは保守的な世界観をこれまでも示してきた。
トランプ政権第2期までの大きなレガシーとして、レーガン政権が標榜した「力による平和」に基づいて自由主義を守るという意味での保守的な国際秩序の構築を図るということは、あり得るのではないだろうか。少なくとも、現時点でわかっている外交安全保障政策の高官人事からはそういった可能性が見えてくる。そして中国が問題の中核に置かれているために、ロシア・ウクライナ戦争での和平の追求ということは十分に両立してしまうということでもある。
(つづく)
<プロフィール>
佐橋亮(さはし・りょう)
1978年、東京都生まれ。国際基督教大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(法学)。神奈川大学法学部教授、同大学アジア研究センター所長などを経て、2019年から東京大学東洋文化研究所准教授、25年から同教授。専攻は国際政治学、とくに米中関係、東アジアの国際関係、秩序論。日本台湾学会賞、神奈川大学学術褒賞など受賞。著書に『共存の模索:アメリカと「2つの中国」の冷戦史』(勁草書房)、『米中対立:アメリカの戦略転換と分断される世界』 (中公新書)など。関連記事
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