2025年01月31日( 金 )

トランプ政権の外交戦略と変容する国際秩序~日本が理解すべき秩序変化の足音~(後)

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東京大学東洋文化研究所
教授 佐橋亮 氏

 第2次トランプ政権がスタートした。トランプが大統領となることによって、アメリカの国内はもとより、アメリカの外交姿勢はどのように変わるのか。また、予測不可能といわれるトランプ外交が導くこれからの世界の秩序とは。アメリカが主導する国際秩序を前提として立ち位置を構築してきた日本外交は大きな転換期を迎えている。

中国とイーロン・マスク 台湾と半導体

 これからの世界において、中国に対する経済安全保障の構えが緩むということはなかなか考えづらい。アメリカは、トランプ政権、バイデン政権と強化の方向にきた経済安全保障、すなわち輸出管理や投資の規制、政府調達の見直し、情報通信におけるクリーンな環境の構築、留学生規制、技術流出の防止といった課題に関する対する構えを引き続き強化することになるだろう。さらに、ニアショアリング、たとえばメキシコ経由した中国製品の輸入などについても十分な手立てがとられるであろう。

 イーロン・マスク氏が中国とのパイプ役として機能する可能性はさほど高くないと思われる。もちろんマスク氏は、李強首相と複数回面会し、23年11月のサンフランシスコ米中首脳会談の機会には、ビジネスリーダーの1人として習近平氏と会食をともにしている。中国側には、マスク氏がトランプ大統領の側近として米中関係のチャンネルとして機能する可能性を指摘する声もあるが、マスク氏がはたしてそれに大きな役割を果たせるかは未知数である。マスク氏がトランプ氏との関係をどれほど維持できるか。また、自身のビジネスとの利益相反の可能性をどこまで回避できるかなど、論点が多いからである。トランプ氏が発表したように、マスク氏は政府効率化省(DOGE)と名付けられた政府外の委員会を中心に、まずは政府機能の刷新というトランプ政権の課題に取り組むことになるだろう。もちろん、マスク氏がそれで満足するかは不明である。

 台湾問題はどうであろうか。トランプ氏にとって、TSMCを始めとする半導体問題は、アメリカに半導体技術や製造能力を戻すべきだという論点として評価されている。その意味で、台湾との関係構築においては半導体が1つの障害となり得る可能性がある。また、台湾の国防予算増加や米国製武器の調達が圧力となってくる可能性も指摘されている。

 米台関係の近年の発展において重要であった経済関係の強化においても、インド太平洋経済パートナーシップの代わりに台湾との間で進められてきた、21世紀の貿易に関する米台イニシアティブに関する協定の維持が問題になってくるとの指摘もある。米台関係の管理には多くの問題がある一方で、アメリカの台湾に対する戦略的曖昧さを見直す可能性も別に指摘されている。もし、戦略的曖昧さが見直されることになれば、米中関係は台湾海峡をめぐって再び緊張に陥る可能性が高い。

米中対立の行方 北朝鮮問題の懸念

東京大学東洋文化研究所 教授 佐橋亮 氏
東京大学東洋文化研究所
教授 佐橋亮 氏

    トランプ政権の対中関係は、基本的に極めてタフなものになると考えたほうがよさそうだ。バイデン政権もたしかに米中対立を本格化させ続けた。経済安全保障、伝統的安全保障の両分野において、中国の成長に対する備えを固めてきた。同盟国や国際秩序を存分に活用したかたちで、とくに同盟関係においてはその少数国間協力を推進してきた。

 他方で、中国との緊張の高まりを懸念し、対話のチャンネルを構築していくために、バイデン政権は中国の抱える人権問題や政治体制への懸念をあまり明確に批判することがなかったのも事実である。トランプ政権は、そういったバイデン政権と異なり、米中対立の構えを遠慮なく強化することになるだろう。同盟国に軍事安全保障、経済安全保障のどちらでも大きな役割を求めつつ、中国の抱える人権や政治体制問題を強く非難することがあり得そうだ。中国に協力を求めるべきと考えられていた気候変動問題などグローバルな課題も、トランプ政権にとっては関心事ではない。こうしたことは、中国には極めて厳しい外交姿勢に映る。それがトランプ外交になりそうである。唯一の中国にとっての希望は、アメリカ第一の観点から中国と経済における貿易交渉を行う可能性が残されていることだ。しかし、それが本格的な米中対立の構えを崩すことはあまりなさそうでもある。

 北朝鮮との交渉も、すでに報道がされているように、トランプ政権は再び取り組むことになりそうだ。成果を得たとトランプ氏が主張しかねない内容は、アメリカ本土に届く大陸間弾道弾の開発・配備などだが、日本や韓国はもちろん北朝鮮の非核化を求めている。しかし、関係国の非核化への希望を軽視し、トランプ外交が北朝鮮との安易な合意を求め、北朝鮮をまず核保有国として認め、軍縮交渉を行う可能性は否定できない。もちろん北朝鮮にとって25年は国防科学発展および武器体系開発 5カ年計画の最終年であり、核開発をはじめとした軍事力の整備で安易に妥協することはできないし、露朝関係もアメリカに対する抑止効果につながっていると考えているだろう。北朝鮮側よりもトランプ政権が先に成果を求めるような状況は、極めて危険であると言わざるを得ない。

国際秩序変容の時代 問われる日本の外交戦略

 最後に、日本にとっての課題とは何であろうか。トランプ外交は極めて不確実性をもつものである。自らの行動が読めない、不確実さを高めておくことが交渉を成功に導くとトランプ氏は長年のビジネス経験でも確信しているようだ。そして彼は同盟国にも厳しい交渉姿勢をもっているし、国際秩序、グローバル課題などには、あまり関心を示していない。

 こういったトランプ外交は、戦後国際秩序を弱めることにつながってくる。とくに欧州との同盟関係には大きなほころびが生まれる可能性をまず警戒しておくべきであろう。また、グローバルサウス諸国とも呼ばれる新興国・途上国に対するアメリカの影響力は低下していく傾向に歯止めがかからない。結果として、世界における中国やロシアの存在感がこれまで以上に増加していくという将来が早まっていくことになるであろう。

 もちろん、中国に厳しいトランプ外交の在り方が日本を利することも大いにある。それは伝統的安全保障においてもそうであるし、中国を組み込まない新しいサプライチェーンの模索などは、日本の新しいチャンスになる可能性もあるだろう。それでも、アメリカ自身の影響力の低下がもつリスクについて、私たちはしっかりと理解をしておかなくてはいけない。経済安全保障を強化する動きには変化が少なく、中国がアメリカやその同盟国に対して対抗措置を発動する可能性もあることなど、これまでも意識されてきたリスクにも、引き続き注意が必要だ。

 トランプ外交は孤立主義や抑制主義だけでない性格をもつ。そして、保守的な世界観をもつ。それでも、これまでのように国際秩序または同盟国との互恵的な関係の構築には関心をもたず、グローバルな課題も重視しない。G7のような、またはアメリカの同盟ネットワークのようなものが持つ影響力の低下を食い止めるためには、日本がほかの主要国とともに、大きな外交力を発揮する必要があるであろう。重層的な国際秩序の構築に向けて、日本が大きな責任をもつ時代がやってきたということである。

(了)


<プロフィール>
佐橋亮
(さはし・りょう)
1978年、東京都生まれ。国際基督教大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(法学)。神奈川大学法学部教授、同大学アジア研究センター所長などを経て、2019年から東京大学東洋文化研究所准教授、25年から同教授。専攻は国際政治学、とくに米中関係、東アジアの国際関係、秩序論。日本台湾学会賞、神奈川大学学術褒賞など受賞。著書に『共存の模索:アメリカと「2つの中国」の冷戦史』(勁草書房)、『米中対立:アメリカの戦略転換と分断される世界』 (中公新書)など。

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