2024年12月12日( 木 )

中島淳一「古典に学ぶ・乱世を生き抜く智恵」(14)

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劇団エーテル主宰・画家 中島淳一氏

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 己の創作領域のみを棲家とし、その域を超えた活動には慎重になりがちな芸術家が多いなか、福岡市在住の国際的アーティスト、中島淳一氏は異色の存在である。国際的な画家として高い評価を得るだけでなく、ひとり芝居に代表される演劇、執筆活動、教育機関での講演活動などでも幅広く活躍している。
 弊社発行の経営情報誌IBでは、芸術家でありながら経営者としての手腕を発揮する中島氏のエッセイを永年「マックス経営塾」のなかで掲載してきた。膨大な読書量と深い思索によって生み出される感性豊かな言葉の数々をここに紹介していく。

佐伯祐三の言葉に学ぶ
中島 淳一 氏

 

 昭和の日本画壇に比類無き衝撃を与えた天才画家・佐伯祐三(1898~1928)は大阪の1万坪余りの敷地を持つ格式高い富裕な本願寺派の寺に生まれる。子どもの頃から絵を描くことが得意であったが、医者にさせたいという父母と対立。納屋に隠れて絵を描く日々であったという。
 中学生になっても、学業には身が入らず、絵画への憧憬は募るばかり、ついに父が折れ、画家になる道が開かれる。
 1918年、東京美術学校に入学。佐伯のデッサンは面の把握や量感に卓越し、群を抜いていたが、卒業時の成績はほぼ最下位であった。渡仏し、フォービズムの巨匠ブラマンクに出会い、開眼。見事な変容を遂げ、パリの裏町を彼独自の鋭敏な色彩感覚と力強いフォルムで描く。
 1925年、サロン・ドートンヌに入選し、画家としての登竜門をくぐる。パリの古い街角を好み、1日に20号を3点も仕上げることもあった。
 しかし、肺結核のため、30歳でこの世を去る。画家としての創作期間はわずか5年にも満たなかった。それなのに400点余りの膨大な傑作を産み出し、その圧倒的な存在感と妖しいまでの輝きは永遠のものとなった。
純粋か、純粋でないか。
 佐伯の作品を見たブラマンクは、「アカデミック!」と一喝した。それはとりもなおさず、まったく何の個性も才能も感じられないと断言されたことを意味した。佐伯は自分自身の血肉からわき上がってくる絵を描いてこなかったことを嫌というほど思い知らされる。
 その夜、佐伯は妻とともにオーヴェール駅前のキャフェ・ド・ラ・メリーに泊まる。その寝室は34年前、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホが狂気のなかで息をひきとったまさしくその部屋であった。パリに戻るとすぐに、まるでゴッホの霊が乗り移ったかのように迸る情熱に任せて、瞬く間に作品を描きあげていく。
 画家とはいったい何か。いかにあるべきか。佐伯は本能的に知っていたのだ。あらゆる虚飾を捨て、純粋な魂で描かぬ限り、到底、芸術の域には到達できないことを。
水ゴリをしてもやりぬく きっと俺はやりぬく
 佐伯はおそらく、地上に残された自分の時間を鋭敏に感じとり、命の証としての作品を完成させようとしていたのだ。20号の絵でも3、4時間で描きあげ、外で描いた作品にアトリエで加筆することは決してなかった。
 自分の根源的な場所としての虚空ともいうべき、研ぎ澄まされた霊感の境地のなかに身を置き、ひたすら絵筆を動かし続けたのだ。
 創造に対し自由に動かし、動かされる大気。芸神の領域に於いて生ずる神秘の風。キリスト教神学風に言うならば、ルーアッハ(ヘブル語)、プニュウマ(ギリシア語)。嵐をも意味する神の呼吸。
 作品の大半を占めるパリの風景画は、死への畏怖心と生命への意欲の渦の中心に立ち続けている佐伯の自己認識であり、まぎれもない彼自身の偽らざる自画像なのである。


<お問い合せ>
劇団エーテル
TEL:092-883-8249
FAX:092⁻882⁻3943
URL:http://junichi-n.jp/

 

<プロフィール>
中島 淳一(なかしま・じゅんいち)
 1952年、佐賀県唐津市出身。75~76年、米国ベイラー大学留学中に、英詩を書き、絵を描き始める。ホアン・ミロ国際コンクール、ル・サロン展などに入選。日仏現代美術展クリティック賞(82年)。ビブリオティック・デ・ザール賞(83年)。スペイン美術賞展優秀賞(83年)。パリ・マレ芸術文化褒賞(97年)。カンヌ国際栄誉グランプリ銀賞(2010年)。国際芸術大賞(イタリア・ベネチア)展国際金賞(10、11年)、国際特別賞(12年)など受賞多数。
 詩集「愁夢」、「ガラスの海」、英詩集「ALPHA and OMEGA」、小説「木曜日の静かな接吻」「卑弥呼」、エッセイ集「夢は本当の自分に出会う日の未来の記憶である」がある。
 86年より脚本・演出・主演の一人演劇を上演。企業をはじめ中・高校、大学での各種講演でも活躍している。福岡市在住。

 

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