「心」の雑学(13)感情の理由はどこから? 〜巳年に進化を考えてみる〜

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今年の干支は

巳年    2025年が始まり1カ月が過ぎたが、いかがお過ごしだろうか。年末年始にかけて、年賀状や正月行事などを通して、今年の干支について触れる機会があったことだろう。話題としては少し出遅れた感じは否めないが、今回は干支から人の心について考えてみたいと思う。

 さて、今年は巳年なわけであるが、皆さんはヘビに対してどのようなイメージをお持ちだろうか?爬虫類にかわいさを感じる人も一定数いることは承知しているが、それ以上に苦手意識を、場合によってはその姿に恐怖すら感じる人もいるのではないかと思う。実際、世の中には限局性恐怖症の対象として、ヘビに強い恐怖を抱くヘビ恐怖症の人もいる。ちなみに私は、爬虫類を好きな側の人間だ。

 お住まいの地域にもよるとは思うが、比較的都市部で生活をしている場合、そもそもヘビに出くわすということは非常に少ないと思われる。野生下でヘビに遭遇したことのある人、さらにいえばヘビで怖い思いをしたという人になると、その数はかなり限られるはずだ。日本だけでなくヨーロッパなど、ヘビとの交流機会に乏しい先進国であっても、ヘビ恐怖症をはじめヘビに対する恐怖や苦手意識を感じる人が存在するのはなぜだろう。映画「ジョーズ」がサメの固定観念を植え付けてしまったように、この感覚はメディアを通して私たちに普及したイメージなのだろうか?

恐怖の機能

 まず、ヘビに対する恐怖の感覚は主観的なものなのだろうか。人を対象とした注意の研究から、ヘビの存在は私たちの認知から行動までのプロセスに影響をおよぼし得ることがわかっている1 。この研究では、ヘビなどの恐怖に関連する動物の画像、コアラやキノコなどの恐怖に関連しない動植物の画像を用いて、同じ画像の集合のなかから特定のターゲット画像を見つけ出すという課題を行わせている。たとえば、コアラの画像のなかからヘビの画像を見つけ出す、あるいはヘビの画像のなかからキノコの画像を見つけ出す、といったものだ。実験の結果から、ヘビがターゲットの場合は、そのほかの非脅威的な動植物がターゲットの場合よりも、早く発見できることが確認されている。どうやら、私たちには(恐怖対象として)ヘビを優先して処理する注意のシステムがあるようだ。

 では、次に怖いという感情について考えてみよう。恐怖は情動の一種とされている。情動とはその原因が特定可能で、急激に生起し短時間で終結する、一過性の感情である。また、強度が高く、身体的な反応をともなうものとされる。恐怖のほかには、たとえば、快楽、悲哀、嫌悪、怒りなどが情動として挙げられる。

 情動は、人だけでなく動物でも検討がなされてきた。古くはダーウィンが、表情という観点から種を超えた情動の共通性を指摘している。だとすれば、人を含めた動物にとって、情動が備わっていることには、何らかの適応的な意味があると考えられる。たとえば、恐怖の情動は、考えるよりも先にその脅威の存在からの逃走を促すことで、動物の生存可能性を高めてくれる。そのため、恐怖対象を少しでも早く見つけることができれば、危険を回避できる可能性も高まる。

 霊長類にとっては、ヘビは捕食者であり天敵とされている。それゆえ、先ほどの注意の研究結果のように、天敵を素早く発見できるというのは理にかなっている。だとすると、私たちがヘビを怖がるのには、学習ではなく進化的な起源があるのではないだろうか。

ヘビへの恐怖どこから?

    実はこうした観点での研究は、すでに行われてきている。たとえば、3〜4歳の子どもを対象にした研究でも、前述の注意の課題を行うと、ヘビを素早く発見できることが確認されている2 。しかし、3歳程度の年齢であれば、何かのきっかけでヘビに関する視覚情報に接した可能性も否定できない。そこで、別の研究では6カ月児を対象に、ヘビやサカナの画像を見せたときの反応を検討している3 。すると、ヘビの画像を見せた際には、生理的興奮を反映するとされている瞳孔の拡大反応が見られたのだ。これらの研究から考えると、ヘビに対する恐怖反応は、生後に学習で獲得したというよりは、生得的なものである可能性が高くなる。

 野生下では、サルがヘビに対する逃避反応などを示すことが知られている。彼らもまた生得的に、その機能を獲得しているのだろうか。そこで、人の飼育下にあるサルを対象にすることで、ヘビに対する恐怖の未学習状態を検討した研究がある4 。ヘビに遭遇した経験のないニホンザルの個体に注意課題を行わせると、やはりヘビを見つけるパターンでは素早く発見できることが確認された。

 どうやらヘビに対する恐怖は、私というより私たち霊長類が共有する特徴のようである。だとすれば、最後の疑問として、私たちはどこで「ヘビ」という存在を認識しているのだろうか。細長いかたちやあの独特な動き方、菱形状の鱗など、これまでにいくつかの要因と思われる特徴が指摘されてきた。そして、つい最近5 の研究から、ヘビの鱗の形状が、私たちがヘビをヘビとして認識するための大きな要因だということが示された6

 どうやら「私たち」とヘビには、古来から続く縁があるようだ。干支の物語で申と巳の順番が離れていたのは幸運か、それとも意図的か、などと考えずにはいられない。そしていつかの未来、ヘビが衣類を着るようになった日には、私たちは歩み寄れるのかもしれない。

1. 柴崎 全弘・川合 伸幸 (2011). 恐怖関連刺激の視覚探索:ヘビはクモより注意を引く 認知科学, 18, 158-172.
2. Masataka N., et al. (2010). Human Young Children as well as Adults Demonstrate ‘Superior’ Rapid Snake Detection When Typical Striking Posture Is Displayed by the Snake. PLoS ONE, 5(11), e15122.
3. Hoehl, S., et al. (2017). Itsy Bitsy Spider…: Infants React with Increased Arousal to Spiders and Snakes. Frontiers in Psychology, 8, 1710.
4. Shibasaki, M., & Kawai, N. (2009). Rapid detection of snakes by Japanese monkeys (Macaca fuscata): An evolutionarily predisposed visual system. Journal of Comparative Psychology, 123(2), 131-135.
5. 余談ではあるが、この論文は2024年11月に公刊された。おそらく意図的ではないとは思うが、巳年を迎える直前に出るなど何ともタイムリーである。内容もイモリにヘビの鱗を合成した画像を用いるなど、魅力的な研究だ。
6. Kawai, N. (2024). Japanese monkeys rapidly noticed snake-scale cladded salamanders, similar to detecting snakes. Scientific Reports, 14, 27458.


<プロフィール>
須藤竜之介
(すどう・りゅうのすけ)
須藤 竜之介1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は宇部フロンティア大学心理学部講師。

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