Super Bubble Cycleから見た日米株式~日本経済の本格回復で株をもたざるリスクが増大~

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(株)武者リサーチ 代表 武者陵司 氏

今、資産価格循環、Super Bubble Cycleが重要だ

中国の不良債権60兆元におよぶか

 国際分散投資における長期資産配分に際して、今ほど資産価格サイクル(スーパー・バブルサイクル)が重要なときはない。資産価格の上昇下落の循環は、各国ごとに10~数十年の固有の周期が観測でき、投資家にとって幸運なことに、この資産価格サイクルは国によってまったく位相が異なっている。よってサイクルの高値にある国の資産を売って底値にある国の資産を買えば、長期的運用成果を大きく高めることができる。

 主要国の資産価格サイクルを図示すると【図1】のようになる。中国は史上空前のバブルサイクルのピークを過ぎたところにあり、不動産価格の底入れははるか先であろう。資産投資は抑制し、cash is Kingに徹すべきだ。中国政府はバブル対策として10兆元の地方融資平台などの隠れ債務の肩代わりを発表したが、バブルの規模からすれば焼け石に水に過ぎない。図1

    中国で求められる不良債権最終処理額は膨大なものである。①地方融資平台の債務残高66兆元(=1,300兆円)、②家計債務の累積額(2009~22年)10兆ドル=70兆元、③中国国内の売れ残り新築物件の在庫は9,000万戸(単価2,000万円と見積もっても1,800兆円=90兆元)などから、ざっと見積もっただけでも60兆元、GDP比約6割以上の処理が必要である(ちなみに日本の場合地価はピークから8割下落して底入れした。この間発生した不良債権は100兆円、対GDP比20%の不良債権が処理された)。

日本株の先行き 持たざるリスク

 米国では資産価格は概ねフェアバリュー(適正価格)にあるが、金利急騰が起きれば、直ちにバブル化する、黄色信号寸前の状態にある。バランスの取れた資産配分が望まれる。それらに対して日本は、バブル崩壊後の底入れからしばらく経った局面であり、資産価格は割安水準にある。日本における投資リスクは日本株持たざるリスク、といえる。

 24年は7月に史上最高値を付けた後、「植田ショック」「石破ショック」という2つの政策ショックで、日本株式のボラティリティー(価格変動性)が異常に高まった。植田日銀の前のめりの金融引き締め姿勢に驚き、8月には3日で20%の大暴落が起きたが、その後の政策スタンスの修正で株価は元に戻った。また金融財政引き締め政策を持論としてきた石破氏が自民党の総裁に決まったことで、10月に急落したが、すべての引き締めプランが棚上げされ、岸田氏の「新しい資本主義」の踏襲が打ち出されて、またまた株価は元に戻った。さらに総選挙では自民党が大敗し少数与党に転落したものの、減税を主張する国民民主党、れいわ新選組、日本保守党、参政党などの少数野党の大躍進により、むしろ減税による家計の所得支援が政策論議の要になっている。

 今の日本の最大の懸念は時期尚早の緊縮政策であるが、市場の下落や有権者の判断でそれが回避されている。日経平均株価は、25年には5万円に到達する可能性がある。

米国株はバブル形成に向けモメンタムを強める局面

米国の状況は1995年に類似

 米国の資産価格サイクルは、バブル形成に向けて最もモメンタムを高める場面かもしれない。インフレ懸念は大きく鎮静化し、リセッションの心配もほぼなくなった。しかも利下げの余地が大きいとあっては、リスク資産投資に大きく舵が切られそうな場面である。

 選挙で圧倒的信任を獲得し強力な実行力を得たトランプ大統領は、規制緩和と既得権排除でAI等の新産業革命の土壌を耕すかもしれない。そのような期待が高まれば、25年は大きな上げ潮(アップスウィング)の年になる。過去を振り返ると今日と類似しているのが1995年である。大幅な利上げの後、最初に利下げがなされたのが95年であった。95年から96年12月の根拠なき熱狂(グリーンスパン議長)を経て、2000年のITバブルに向かう局面と現在とは、多くの点で類似している。当時と現在とは、1)利上げ終了後に高い実質金利が維持されたこと、2)長期金利も抑制されイールドカーブフラット化が長期化したこと、3)ドル高が続いたこと、4)技術革新(当時はインターネット革命、今はAI革命)の進行が旺盛な投資をけん引したこと、などが類似している。

米国投資家の強気 課題は雇用創造

 ここにきて人々が強気バイアスを強めてきた要因として、①AI・ネット産業革命(イノベーションと利益向上)、②株式資本主義の好循環、③財政による需要創造、④グローバル経済の内在化(対外債務による米国経済の強化、ドル高の恩恵)、の4点が指摘される。こうした構造的要因による人々の自信の高まりは、1995年当時と共通している面が大きいと思われる。当時と同様に、米国は潜在成長率を高め長期株価上昇の条件を形成しているようにも見えてくる。

 今日の米国の最優先の経済課題は、新規雇用の創造である。新産業革命が生産性の向上と供給力増大をもたらす一方、労働力への需要を減少させるからである。AI革命で企業の利益が増加し貯蓄が蓄積されている。この企業の増加した余剰資金をどう再分配し新規需要と雇用につなげるか。①政府による所得再配分と需要創造、②株式市場による所得還流と需要創造、③労働分配率の引き上げ、という3つのチャンネルが考えられる。

 そこで展開されているものが、高圧経済政策である。高めの需要圧力を維持しタイトな労働需給を保つことで雇用と賃金を引き上げ、家計所得を確保しなければならない。そのためには拡張的財政政策、株価・住宅価格などの資産価格の上昇、強いドルによる有利な交易条件の維持が必要である。トランプ氏の経済運営は、そのような目的に沿うものとなるだろう。

日本株、全投資主体が一斉に買い始める

割安な日本株 資金シフトに期待

 日本の株価は著しく割安なので、今後さらに上昇していくことはほぼ確実である。株価の最もピュアで正確な物差しは国債利回りとの比較であるが、日本株式は現在株式益回り6%、国債利回り1%と国債に比して著しく大きなリターンを提供している。1990年の日本のバブル時の両者が株式益回り2%、長期金利8%であったことと比較すると、天と地の逆転が起こっていることが分かる。90年は株価が著しく割高(=正のバブル)であったのに対して、現状は著しく割安(=負のバブル)状態にある。

 しかしながら日本家計の資産配分は著しく非合理的で、年金・保険を除く金融資産の73%が利息ほぼゼロの預貯金に眠っている。他方配当だけで2%、内部留保を含めれば6%のリターンがある株式と投資信託は20%のウェイトに過ぎない。ちなみに米国は株・投信が72%、現預金は18%とまったく逆の構成になっており、米国家計は株高により大きな資産形成を続けている。米国家計の純資産はリーマン・ショック(GFC)直後の2009年の59兆ドルから23年末には156兆ドルと14年間で97兆ドル(対GDP比3.5倍)という巨額の資産形成を実現し、それが堅調な消費をもたらしている。日本でも岸田政権による個人株式投資の減税枠の拡大(NISA改革)がきっかけになり今後現預金から株投信へと、怒涛の資金シフトが起こり、株高を加速させるだろう。

国内投資家の今後 日本株の買い増し必至

 ウォール街に「FOMO」という言い回しがある。Fear of Missing outの略で、取り残されることに対する不安を意味する。すべての投資主体が日本株をもたざるリスクを真剣に考えざるを得なくなっている。まず最大の買い主体の外国人投資家であるが、外国人は昨年来世界主要市場で最も値上がりした日本株の比率を高めるどころかほぼすべてを売ってしまい、再度日本株がアンダーウェイトになっている。今後は再び買増す動きが強まると予想される。

図2

 一方消極的だった国内投資家は、大幅に日本株を買い増す必要に迫られている。個人投資家はNISA改革が始まり24年1~6月で10.1兆円が買い付けられた。年間では20兆円、前年比4倍増のペースである。今のところこの大半が海外投信だが、日本株への急シフトが起きるだろう。企業は、PBR1倍以下の是正を求める金融庁、東証の要求に押されて自社株買いに走っている、年間20兆円、前年比倍増ペースが続いている。さらに年金など機関投資家はインフレ定着、金利上昇の下でこれまで最大の投資項目であった日本国債投資比率の引き下げを迫られており、株式シフトを余儀なくされている。政府は株式投資で大成功をおさめたGPIF(年金積立金管理運用(独))の運用方針を、国公共済(KKR)など公的年金運用の分野広げていくことを公言し始めた。

 このようにこれまで鳴りを潜めていた日本株の国内投資家が、数十兆のペースで日本株を買う趨勢となっている。植田ショック、石破ショック後の株価の急回復は、そうした投資家の買い出動が牽引した。国内投資家層に厚みが出てきたことにより、外国人の短期筋に翻弄された市場が安定性を高めていくだろう。

日本経済は長期回復過程に入った

日本経済の回復は株価に確実に反映

 日本が長期経済停滞を脱し、大回復時代に入っていることはほぼ明らかである。昨年の日本株史上最高値更新を主導しているのは企業収益である。不良債権の償却などの特別損失を差し引いた本当の企業収益は、企業による税務申告所得で計測できるが、企業収益は1990年度の43兆円をピークに急低下し、2000年には2兆円とピーク比20分の1に落ち込んだが、22年には50兆円、23年には57.5兆円(武者リサーチによる推定)と急伸している。企業における価値創造が経済を前に進めるエンジンであるが、そのエンジンが堅牢であることが、日本経済の展望を明るくしている。

 【図3】によって5つの指標を概観すると、株価とともにいち早く企業利益が回復、拡大していること、労働賃金(=雇用者所得)や地価の回復が遅れていることがわかる。今後好調な企業収益の成果がトリクルダウンすることで、賃金や消費、設備投資の拡大を引き起こしていくだろう。

図3

日本企業の復活 資本リターンの追求

 日本企業利益復活を支えているのは、①日本企業の努力と政府の改革政策など主体的条件、および②米中対立により日本での供給力強化を望む米国がもたらした超円安、半導体ブームという外部環境の改善、の2つである。

 かつて日本の企業利益は、米国による日本たたきと超円高、日本企業のバブルに胡坐をかいた放漫経営により、地獄に突き落とされたが、そこから顕著に立ち直った。円高に対応し海外に工場をシフトさせ、また強い円を活用して海外企業を買収しグローバルプレーヤーに脱皮した。さらに国内でのコスト削減を行い、リストラ・機械化、そして人件費の抑制などスリム化が進んだ。また集中と選択などビジネスモデルを徹底的に改変し再構築した。さらにアベノミクスの一環としてのコーポレートガバナンスの改革が15年ごろから進展し、企業経営の羅針盤として資本主義的メルクマールである資本コストを凌駕する資本リターンの追求が定着し、財務効率が大きく改善された。

取り残された個人消費 円安定着から賃上げへ

 だがこれまで日本人の生活実態はほとんど改善されてこなかった。実質個人消費支出を振り返ると、過去10年間では、14年3月の消費税増税(5→8%)直前の14年1~3月の310兆円がピークで、その後一度もそれを上回っていない。この間企業利益は2.2倍、株式時価総額は3.3倍、一般会計税収は1.6倍になったのであるから、いかに個人生活が取り残されてきたかがわかる。

 この好調な業績・株価と低調な実質消費との乖離は、今後は消費が成長率を高めることで収斂していくと考えられる。その理由として円安の定着が大きい。ドル円レートは22年初めまで1ドル=100~110円で推移していたが、以降一気に下落し150円台が定着している。それは購買力平価を4割近くも下回るもので、日本企業の価格競争力を大きく強化した。世界のなかで著しい低物価国になった日本に向かって需要が集中し始めた。日本への工場回帰と海外観光客の増加などの好循環が起き始めた。さらに先進国とは思えないほどの水準に日本の賃金が低下し、それが賃金引き上げ圧力を強めている。失業率が2.6%とほぼ完全雇用状態にあること、企業収益が空前であること、日本企業は優良な人員の離反を止めなければならないこと、などの賃上げの条件が揃った。24年賃上げ率は5.08%と33年ぶりの高水準になった。

 円安による輸入物価の上昇が実質消費に打撃を与えたが、これからは数量増の乗数効果が表れる時期に入っていく。円安定着が確信できれば、企業はより国内投資に本腰を入れるだろう。日本経済は先進国としては珍しい潜在成長率が高まる時代に入っていくと予想される。


<プロフィール>
武者陵司
(むしゃ・りょうじ)
1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。88年大和総研アメリカでチーフアナリストとして米国のマクロ・ミクロ市場を調査。97年ドイツ証券調査部長兼チーフストラテジスト2005年ドイツ証券副会長を経て、09年(株)武者リサーチを設立。21年9月までドイツ証券(株)アドバイザーを務める。日経電子版、日経産業新聞(眼光紙背)、WILL、Voice、四国新聞社、月刊資本市場、投資経済、統計、外為どっとコム、幻冬舎ゴールドオンライン、週刊エコノミストなどにレポートやコラムを寄稿。テレビ朝日、BS11、日経CNBC、テレビ東京モーニングサテライト、BSフジプライムニュース、ストックボイス、ラジオNIKKEI、文化放送などにコメンテーターとして出演。

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