【特別寄稿】高齢者福祉に不可欠なテクノロジー開発 さまざまなアイデアで課題解決へ

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ノンフィクション作家 大山眞人 氏

 「65歳以上の『孤独死』年間6.8万人」「2040年に認知症者538万人」「日本の高齢化率が35%に迫る2040年、働き手の中心となる現役世代(生産年齢人口の15~64歳)は、1,200万人減る。今の2割近くがいなくなる『8がけ社会』の到来」「介護施設の相次ぐ閉鎖」「人手不足」……。こうした数字や文言が日夜マスコミを賑わせる。高齢者福祉はさまざまな面で急速に疲弊しつつある。こうした現状を打開し、高齢者社会の未来を考えるうえで避けて通れないのが、AI(人工知能)やロボットを含めたテクノロジーの活用だ。

登場が待たれる介護用ロボット

 私が住む町で開かれた高齢者大学(シニアをターゲットにした講座)で10年ほど前、「未来の介護」と題した講演会があった。講師が、「介護の現場は過酷で低賃金。離職率も4割を超す。ロボットに介護してもらう選択肢も見えてくる。ロボットというと金属的な冷たいイメージがあり、人間の肌の温もりを考えた場合、違和感を覚えるだろう。

 だが、近い将来AIを実装してシリコンを駆使した、人間の肌と寸分違わないロボット介護士が誕生するといわれている。利用者の無理難題にも完璧に応える。愚痴の1つもこぼさない。豊満な(イケメンの)ロボット介護士に抱かれながら入浴や排泄介助される日はそこまできている」と発言して会場を沸かせたことがあった。

 「人間は汎用的な知性をもち、将棋も会話も事務作業もこなせる。2030年ごろには、人間と同じふるまいができる『汎用AI』開発のめどがたつと言われています。ロボットに組み込めばいろいろなことができ、人より安くて効率良く働くのなら企業はそちらを雇う」(『朝日新聞』18年8月14日付)と、井上智洋氏(駒澤大学准教授・経済学)も推測する。介護業界でも、クレーン式入浴器具、介護用補助機(腰にモーターのついた補助器具)、改良型車椅子など、介護者の動作を補助する器具が開発されて現場でそれなりの効果を上げている。

すでに登場しているAI搭載 認知症ケアロボット

 そんななか、注目されているのが認知症ケアに役立つAIを搭載したロボットだ。日本で開発されたさまざまなロボットを実際に取り入れたのは、福祉にテクノロジーを積極的に取り入れているデンマークだ。

 デンマーク・オーデン市の郊外に「デンマーク技術研究所(DTI)」がある。ここには、「パロ(Paro)」と名付けられたロボットのための、専門修理工場がある。パロは産業技術総合研究所(産総研、茨城県つくば市)が生み出したアザラシ型のコミュニケーションロボットだ。

アザラシ型コミュニケーションロボット「パロ(Paro)」
アザラシ型コミュニケーションロボット
「パロ(Paro)」

    毛皮を撫で、話しかけるとパロも鳴き声や動作で反応する。AIを搭載したパロは、触覚や動作を通じて人間とやり取りすることができ、飼い主の好みも学ぶことができる。すでに30カ国で医療機器として使われ、興奮や抑うつなどの認知症にともなうBPSD(行動・心理症状)や社交性の改善、投薬の軽減など多くの効果が確認されている。

 福祉国家として知られるスウェーデンも、「認知症当事者を1人の人として尊重し、その人の立場に立ったケアを行う」という理念を掲げ、それを現場で具体的に実証しようとしている。ケアや福祉に先端技術を導入する「ウェルフェア・テクノロジー(福祉技術)」をいち早く取り入れ、早くからパロに注目してコペンハーゲンの認知症センターが効果を検討。認知症ケアの理念とも一致すると導入を決めた。パロは09年に商品化が始まり、翌年には各地の高齢者施設などに400体を導入した。興奮や不安などのBPSD症状がある人に、「撫でてもらう」だけで興奮が収まり、減薬にも効果があるという。

 「ロボットは肉体的なサポート用」というイメージを変え、介護福祉に利用できると考えて製作したのが林要氏だ。15年にGROOVE X(株)を創業。「ケアワーカーが精神的に消耗するより、感情に左右されないロボットがやったほうが良いのでは」と考えた。

 製作した家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」を施設で使用してもらったところ、2年間誰とも話をしなかった入所者が、LOVOTを撫でながら話しかけ続けたという。一部の機種には顔の体温が高すぎると警告を発する機能を取り入れ、毎日の健康状態に関する情報を得ることも可能だ。予防医療につなげられることも期待できる。

家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」
家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」

認知症の非薬物療法 AIロボットへの期待

 認知症治療における非薬物療法や減薬という意味でもAIロボットの活用は有効な手段だと思う。アルツハイマー病の治療薬で、エーザイと米国バイオジェン社が共同開発した「レカネマブ」を医療保険の対象とすることを厚労省が発表した。レカネマブは、脳内に蓄積されたアルツハイマー病の原因によるとみなされるアミロイドβ(ベータ)を点滴投与で除去する国内初の治療薬で、病気の進行を緩やかにする効果があるという。ただし脳内の浮腫、微小出血などの副作用もある。

 日本ではすでに「アリセプト」などの抗認知症薬が承認されて使われているが、効果を疑問視する声も多い。私が運営した「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の常連にT夫妻がいた。その介護を放棄した長男に代わって、私と社会福祉法人の社会福祉士(CSW)が看ることになった。夫婦とも認知症で、病院での診察の後にアリセプトを服用していた。アリセプトの副作用は下痢である。高齢者の場合、消化器官の機能低下による脱水症状と食欲不振のため、著しい体調不良を招く場合がある。服用後にそれが現実となった。

 以降、ふたりの介護は困難を極めた。結局、施設に入所という結末を迎えることになるのだが、抗認知症薬どころか症状を悪化させる最悪の薬だと思う。AI ロボットが非薬物療法として認知症の進行を抑えることができるのなら、その活用を大いに期待したい。

 私の妻は66歳のときに介護の専門学校に2年間通い、介護福祉士の資格を得て施設で働いた経験をもつが、次のように語る。「資格の有無は関係なく、介護に不向きの人がいるのは事実。利用者と良好な関係を結べないコミュニケーション能力欠如の介護職員は少なくない。利用者の振る舞いに激高して、ののしり倒す人もいる」という。

 だから妻は、「介護ロボットの普及は不可欠」という。TBSラジオ「荒川強啓 デイ・キャッチ!」(18年10月5日放送)のなかで、宮台真司(社会学者 東京都立大学教授)が、「人間的でない人間と、人間的なAIロボットとどっちが良いか、いうまでもないでしょう」という内容の発言をしたことがあった。もっともだと思った。

「音」で認知症を改善 目指す企業も出てきた

 音(音楽)を通じて、不安や暴言などの認知症の周辺症状を抑え、認知症当事者が自分らしく暮らし続けることを目指す非薬物療法として、AIなどのデジタル技術を生かす動きがある。(株)Aikomiが21年から提供する「Aikomiケア」は、タブレットを使い、20分程度のコンテンツの鑑賞を通じて、認知症当事者と家族らのコミュニケーションを豊かにすることを目指す。

 それぞれに専用のタブレットを貸与された認知症当事者と家族らが、オンラインでつないで同時に同じコンテンツを鑑賞する。画面にはお互いの様子も表示され、離れて暮らしていても鑑賞しながら会話する。手芸、書道などの趣味、おはじき、あやとりなどの昔遊び、クイズなど、2万4,000種類以上のコンテンツが用意されている。加えて、家族構成や当事者の人生、趣味などに合わせたコンテンツもあり、動画なども盛り込める。

専用タブレットを使い、認知症当事者と家族らのコミュニケーションを図る「Aikomiケア」
専用タブレットを使い、認知症当事者と家族らのコミュニケーションを図る
「Aikomiケア」

 最大の特徴は、利用者の同意が得られた場合には、鑑賞している本人の様子を録画して表情の変化や会話などの反応をAIで分析し、反応の良かったコンテンツを参考にして個別に最適化したプログラムを編成できることだ。これまでに延べ約150人が利用し、「会話が増えた」といった感想が届いたという。

 朝日新聞(23年4月14日)紙上の、ピクシーダストテクノロジーズと塩野義製薬の共同開発による、「音で認知症に挑む」という一面広告が目を引いた。キャッチコピーは、「わずかでも希望があるのなら。その思いで研究を重ねたどり着いた可能性が『音』でした。変調された音を聞くと脳が活性化し認知機能への効果が期待される。これなら、テレビやラジオなど日常のあらゆる音を変調することで生活に寄り添いながら認知症と闘えるかもしれない」とある。これが奏功すれば画期的なことだ。

高齢者の機能低下対策に小企業のアイデアが光る

 音への強い拘りが新商品を生み出す力は、大手より小さな企業の方が向いている気がする。起業当時にわずか従業員8人だった会社、(株)サウンドファン(東京都中央区)が「ミライスピーカー」という画期的スピーカーを開発した。

 弧を描くように曲げた板を振動させて音を発生させると、距離が離れていても聞こえやすくなることを突き止めた。「曲面サウンド」と呼ぶ技術である。難聴のユーザーでもこれをそばに置けば、テレビの音量などを自動的に聞きやすく変換してくれるというもの。「テレビの音量を下げても聞こえる」「音の輪郭が際立って感じる」と好評だ。

 圧倒的に難聴の多い高齢者には朗報だ。70~90代の親へのギフト需要を目論んでいたが、50代、60代も自分専用として買い求めるケースが目立つという。聴覚障がい者がパソコンに繋いでオンライン会議に利用するという新たな利用例も出てきた。山地浩社長は、「『聞こえ』で困っている人の多さを実感した以上、普通のスピーカーとはまったく別の価値を提供し、新たな市場をつくりたい」と意欲的だ。

「ヨタヘロ期」になる前にICTの積極活用を

 「ぐるり」の常連客の多くはスマホをもつ。しかし、使用するのは電話機能のみというケースが多く、SNSを利用する人はほとんどいない。SNSを活用して仲間との通信網を充実させれば、「ぐるり」の理念である「見守り」にも大いに役立つと思うのだが……。

 面白い記事が目にとどまった。「高齢社会をよくする女性の会」理事長で評論家の樋口恵子さん。樋口氏は、何をするにもヨタヨタヘロヘロの世代を「ヨタヘロ期」と命名。ヨタヘロになる人は圧倒的に女性が多いという。

 その理由には、女性の方が男性より平均寿命が長いこともある。ヨタヘロ期を生きる高齢者の課題を樋口氏は次のように語る。「最大の問題はコミュニケーションです。70代までは友達同士の往来が盛んですが、80代になるとお互いに出歩くのが難しくなってきます。

 やはりヨタヘロ期になる前に、ICTの活用能力をお互いに身につけておくことが大事だと思うようになりました」「高齢化は多様な障がい者が増える社会であって、その個性、多様性に対応したコミュニケーションツールが必要です。会としてデジタル化を毛嫌いせずに受け入れようと、切り替えました」(『朝日新聞』22年11月10日付)と述べている。

AIの活用に期待だが倫理的な慎重さも必要

 一方、AI を労働力として活用しようとする動きも進んでいる。現状、高齢者の見守りは地域や関係部署が担当している。基本は「人の目」だ。しかし、人材不足は深刻さを増すばかり。そこで神奈川県川崎市が、AIを使って高齢者を見守り、認知機能の低下をいち早く察知して対応するという実証実験を試みた。活用するのはITベンチャーのウェルヴィル(株)が開発した対話型AIである。言葉の意味を理解して返事をするだけでなく、言葉の裏に隠された感情を読み取り、自然に対話ができるシステムである。自宅にいてテレビに映るAIと対話するだけで、認知機能の変化を捉える。AIが高齢者と毎日何気ない会話をしながら暮らしを見守る。AIとの会話のなかに「回想法」(昔の話をすることで認知症の予防になる方法)を取り入れることも可能だ。「個人情報の拡散」という課題もあるが、個人情報は機械のなかに閉じ込められて外には流出しない仕組みをつくり上げた。

 だが、そうした風潮に疑問を呈する人もいる。「なんでもロボット任せにするなど、労働力の削減や効率化を求めるあまり、倫理的な問題を軽視してはいけません」と指摘するのは岡本慎平氏(広島大助教授・倫理学)だ。

 認知症当事者でも、「介護は人間にやってほしい」という思いが強い。人間と区別できないほどの対話が可能なロボットとの対話を「コミュニケーション」とみなしていいのかという問題は残る。「時には的外れな反応もすることが、会話のきっかけになり楽しまれている。『より良いケア』を考えたときに、あえてロボットの性能を人間と同じレベルの会話はしない程度に抑えるということも考えられるでしょう」と語る。ChatGPTをはじめとする生成AIの登場で、介護福祉デジタルの市場はますます活気を呈するだろう。それが人間の幸福と結びついてくれればと切に願うばかりである。

参考:朝日新聞(24年11月9日、10日、17日「高齢者福祉とテクノロジー」)


<プロフィール>
大山眞人
(おおやま・ まひと)
1944年、山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家に。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』(文藝春秋)、『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」をつくりたい』(大和書房)、『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つ―田村亮子を育てた男』(自由現代社)、『団地が死んでいく』(平凡社新書)、『騙されたがる人たち』(講談社)、『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」と2つの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(共に平凡社新書)など。

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