【連載】コミュニティの自律経営(35)~経営管理委員会委員長の市長選挙出馬騒動
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元福岡市職員で、故・山崎広太郎元市長を政策秘書などの立場で支えてきた吉村慎一氏が、2024年7月に上梓した自伝『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』(梓書院)。著者・吉村氏が、福岡市の成長時期に市長を務めた山崎氏との日々を振り返るだけでなく、福岡県知事選や九州大学の移転、アイランドシティの建設などの内幕や人間模様などについても語られている同書を、NetIBで連載していく。
連載の第1回はこちら。経営管理委員会委員長の市長選挙出馬騒動
平成14年(2002)5月、提言後の2年間にわたるモニタリング活動を終え、最終報告書が提出され、経営管理委員会の活動は終了した。その頃から、委員長であった石井幸孝氏の市長選挙への出馬が取り沙汰されていた。
市長公約で誕生した経営管理委員会、その提言を自らの市政運営の教科書にするとしてきた広太郎さんにとって、これ以上の反旗はなかった(平成14年6月8日の朝日新聞には「ブレーンの反旗」の見出しが躍っている)。委員長を石井氏に依頼することは、当時の広太郎さんに迷いはなかった。「国鉄分割民営化、まさに一足先に官から民への転換を実体験された方であり、市長選挙の告示を前にした平成10年(1998)10月17日、NHKの衛星放送『BS討論:地方自治体破産は避けられるか』という番組に石井氏はゲスト討論者として出演され、「行政にも民間経営手法の導入が必要である」等と当時の山崎候補の公約と同じ主張をしておられ、その番組を広太郎さんも見ていた」(修論2003‐34p)ので、委員長には石井氏をとの打診に、二つ返事でのゴーサインだった。
広太郎さんは、石井氏の出馬の報に対し、記者クラブへこのようなコメントを発している(H14.6.7)。「かねてから取り沙汰されてきたことであり、冷静に受け止めている。どのようなお考えで市長選挙に臨まれるか定かではないが、ご批判があってのことと思うので、よくお聞きしたい。私としては、福岡市のDNA改革もようやく軌道に乗り、着実に職員の意識や組織風土に変化がもたらされてきており、これからが改革の正念場であると認識している。自らの2期目に向けた意思は改めて明らかにさせていただくつもりであるが、石井氏の出馬によって、市民にとっては選択肢が増え、市長選挙に向けて活発な政策論争が喚起されること自体は大いに歓迎したい」。
これは、広太郎さんが直に手を入れたいわば「オトナ」のコメントであるが、心中穏やかではなかったことは当然である。当時担当部長だった井崎進さんにも心労をかけてしまったが、経営管理委員会の事務局を担当する我々は、日頃から経営管理委員会にマインド・コントロールされていると周囲から揶揄されてきたし、それ故「それみたことか」との空気も感じていた。僕は、経営管理委員会の立ち上げから3年、自分自身の力不足を痛感しながらも、心血を注いできたので、まさに身を八つ裂きにされるような痛恨事だった。
結局、経営管理委員会というか石井氏が問題として主に取り上げたのは、市長のリーダーシップとスピード感の不足だった。経営管理委員会のなかでも、改革に当たっては、リーダーは「箸の上げ下ろしまで、コミットすべき」との意見もあった。たしかにわからぬでもないが、この提言の場合、どうだったのだろうか?経営管理委員会の提言は、「市長への提言」とある。リーダーである市長がしっかり咀嚼し取り組みなさいということだったと思うが、提言を受け取った広太郎さんは、その日の記者会見で「提言を市政の教科書とし、強い意志を持って取り組む」と述べたし、提言から2週間後の5月11日、職員向けの「提言説明会(キック・オフ・ミーティング)」を開催、400人の市幹部・一般職員が参加した席上、冒頭で広太郎さんは「提言は、単に手法を示したものではなく、まず我々が運動体として取り組み、そして最終的に目指すのは地域コミュニティの自律という目標を掲げ、そこに至るまでの過程についても具体的に提言をいただいたものである。私自身がこれから目指す福岡市政のあり方の、まさに教科書にしたい」「この提言を実現していくかたちは、全職員による運動、それもできれば楽しい形で、明るい運動として展開したい」と述べた。組織をあげて提言を実行していくとの宣言であった。
さらには、キック・オフ・ミーティングという名称には当初担当助役からクレームが付いて、「キック・オフ・ミーティングとはまさに、試合開始ではないか。提言をもらったばかりで、まだできることできないことの検討ができていない。あくまで提言説明会にすべきではないか」というものがあった。これに対して市長は、「自分が依頼した委員会が出してくれた提言であるから、やりもしないうちから、どれをやる、どれをやらないというのは失礼な話だろう。やっていくうちに現実的にできないものも出てくる、できないものがあれば変わっていっていい、そこに今の行政が抱えている新たな問題が明らかになるはずだ」という意見で、僕は膝を打つ思いがしたし、まさに卓見だと思った。
たしかに、この難解な提言を何処まで広太郎さんが理解しているのか、訝る場面ももちろんあって、事務局としても不安になることもあったが、これが、広太郎さんなりの、等身大のリーダーシップではなかったろうか。広太郎さんのリーダーシップは、みんなの先頭に立って旗を振るというタイプではなかった。どちらかといえば、フォロワーシップというか、皆でやろうというタイプだったと思う。かつての「市民球団誘致運動」や「アジア太平洋こども会議」がそうだった。また、政治家なのに、言葉で自分の思いを伝えることは苦手だった。概ね、説明が足りず、真意が伝わりにくいのだ。これは、ずっと広太郎さんについて回った印象であり、決して褒められたことではない。文字にすると凄いフレーズが出てくるのに(僕は名文家だったと思っている)、言葉にするのはたしかに苦手だったと思う。「政治家としては致命傷ですね」と冗談めかして、言ったことはあったけど。
さらに付言しておきたい。経営管理委員会は、提言実行に関する助言およびモニタリングを行う機関として、提言後2年間存続したが、平成14年(2002)6月5日、提言後初めて開かれた第10回委員会では、審議が中断し、委員会は、提言を実行するという方針が市役所内で明確に伝達され了解されていないとの強烈な疑念を表明し、提言実行について福岡市役所の組織としての明確な方針決定を求めた。これを受け、福岡市役所では前代未聞の三役・全局長決裁、いわば連判状というかたちで、「提言の精神を真摯に受け止め、提言実現への手順を踏まえながら、福岡市として本提言の実現に向け全庁を挙げて取り組んでいく」との方針決定が下された。これは全庁的に強烈かつ決定的な経営管理委員会アレルギーを生んだ。
さらには、提言に対する違和感をぬぐいきれない市役所側の心情を象徴するように、委員会中断から2週間後の6月19日、再開後の委員会の席上、当時の助役・友池一寛氏が提出した「意見書」は、提言を受け取った市役所職員の提言に対する違和感、とくに過去の市政運営を支えてきたとの自負心の強い職員らの当時の心情を代弁する内容であった。
当時僕はこの「意見書」をネガティブに受け止めていたが、広太郎さんはこう言った。「友池助役は『あの』経営管理委員会の議論を毎回、最初から最後までズーッと黙って聴いていたんだぞ」と。この深い洞察に僕は正直驚いた。広太郎さんもほぼ最初から最後までフル参加してきていたが、言葉は悪いが、終始福岡市役所は「コケ」にされ続け、友池助役を始め幹部職員達が自負心をズタズタにされてきたであろうことを理解し、そのうえでの真摯な「意見書」であることを受け止め、しかし、それを踏まえてもなお、この取り組みを進めて行く決意だったのだと思い知らされた。
石井氏は、「民間経営手法で市政改革を」として、9月6日に立候補表明したのだが、結局告示前に立候補を断念された。結果的に、市役所内には経営管理委員会への懐疑だけが残った。僕が接した限りでは、石井氏は素晴らしい経営者で、類い稀な経営センスをお持ちの方だったと思う。工業デザイナーであった水戸岡鋭治氏を発掘し、今のJR九州のD&S列車戦略の先鞭をつけられたのも石井氏であり、日韓航路(ビートル)の実現、今日では新幹線物流や西九州新幹線の南ルートの提案などの積極的な言論活動もされている(『国鉄―「日本最大の企業」の栄光と崩壊』中公新書2022)。あの騒動さえなければ、間違いなく九州財界のリーダーになられた方だと思えて、口惜しくてならない。
(つづく)
<著者プロフィール>
吉村慎一(よしむら・しんいち)
1952年生まれ。福岡高校、中央大学法学部、九州大学大学院法学研究科卒業(2003年)。75年福岡市役所採用。94年同退職。衆議院議員政策担当秘書就任。99年福岡市役所選考採用。市長室行政経営推進担当課長、同経営補佐部長、議会事務局次長、中央区区政推進部長を務め、2013年3月定年退職。社会福祉法人暖家の丘事務長を経て、同法人理事。
香住ヶ丘6丁目3区町内会長/香住丘校区自治協議会事務局次長/&Reprentm特別顧問/防災士/一般社団法人コーチングプラットホーム 認定コーチ/全米NLP協会 マスタープラクティショナー
著書:『パブリックセクターの経済経営学』(共著、NTT出版03年)『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』
著 者:吉村慎一
発 行:2024年7月31日
総ページ数:332
判サイズ:A5判
出 版:梓書院
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