逆開発の可能性(前)~森を追われた先にあるもの~(3)

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崩壊しつつある里山

里山は崩壊しつつある 横浜 買い物帰り © yummy クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/
里山は崩壊しつつある
横浜 買い物帰り © yummy
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

 その里山の景色から、曲線が消えつつある。すでに田畑の多くは区画整理により直角にされた。石垣ではなくブロック積になり、川もコンクリート張り、道は舗装されて白いガードレールに縁取られている。電線や鉄塔が林立し、人工物が増えて近代的になったとはいえるが、残念ながら美しくはない。

 里山は崩壊しつつある。自然環境ばかりではない、地域社会も消えていこうとしている。1日中人影のない集落。葬式はあっても、子どもたちの姿は消え、学校は閉鎖。空き家が増加して、崩れかけた家屋が目立つ。やがて農地にも人影を見かけなくなり、棚田の石垣が崩れても直す人がおらず、田畑そのものが野に還っていく。

 水、土、空気は山から降りてくる。自然はきれいな面ももちながら、同時に平穏を脅かす存在にもなる。「水をどう治めるか」、山だけ、川だけ、街だけ、海だけ、局所的ではだめだ。流域全体で考え、災害を最小限にしなければならない。“里山からつながるこの流域に属する水はどこからきているのか…”、“どこが源流の山でその水はどの海に注ぐのか…”、これが1つの生命圏であり1つの単位だと、登山アプリ「YAMAP」を手がける(株)ヤマップの創業者・春山慶彦氏はいう。

 道、川、護岸、風景としてはその自然が今、荒れているという。そこに対してすべて人任せにしてしまっているのは、自分たちが目の前にある風土に関して感覚が弱くなっている、あるいは鈍くなっている、自分たちとは関係がないと思ってしまっているから。川が護岸でガチガチに固められても、山や海が荒れようが他人ごとになってしまっているのではないか?春山氏はその流域地図をデジタル化させて、注視する必要があると提唱する。

 その流域の山が荒れているということは流域全体の課題で、そこに対して属性(企業、市民、生活者など)は関係なく、その流域に関わるのであればそこをどう豊かにしていくのか、どんな仕事をしていくのか、エネルギー自給はどうか、外部に依存しすぎてしまってはいないかなどを考える必要がある。本当はその地域ごとの土地の地形に沿った、その場所にしかない色を嗅ぎ分けていかなければならない。そんなまちの形成ができるはずだ。人間が勝手に区切った境界線としての行政区ではなく、生命圏で区切ることですべて自分事になってくる。山は暮らしの延長線上にあって、その環境風土に支えられているのだと自分ごとになってくる。もう少し広い視野があれば、まちの開発に能動的に参加し、意見を戦わせられるはずだ。

新時代の豊かな暮らし

 埼玉県八潮市で起きた大規模陥没事件。老朽化による下水管破損事故の影響は、八潮市だけでなくその上流12の市や町におよび、のべ120万人の水の使用制限が求められた。同じ水流上にあるまちの単位、これもまさに同じ流域に住む生命圏であるといえる。全国の自治体でも、他人事でなくいずれはと自分事として捉え始めている。自治体はこれから下水管のような、目に見えづらいライフラインの維持管理手法を試されることになるが、それは同時に、運命共同体としてのまちの連携、自然風土を囲む流域ごとの連鎖に気づくことになった。新たな時代の“豊かな暮らし”とはどのようなものなのか。そしてそれを実現するためのプロセスはどうあるべきなのか。“どこか遠く”の人々や自然環境に負荷を転嫁し、その真の費用を不払いにすることで、私たちの豊かな生活が成り立っているということを我々は忘れてしまっている。

新時代の豊かな暮らしとは? pixabay
新時代の豊かな暮らしとは? pixabay

    1つの文明のなかにいて、それを促進することに価値を認めている者にとっては、馴れからそれが特化現象に陥っていることに気がつかないことがある。ゾウが鼻の長いことを不思議に思わず、キリンが首の長いことを変に思わぬ状態といってもいい。しかし、ほかの世界から見れば醜態だ。鼻の長い猫や首の長い人間はお化けである。今我々は、技術に支えられ、自然の恩恵のうえに立って生活している。どこか、ゾウやキリンのようになってしまってはいないだろうか。パニックがいつ起きて、この膨大な集積体がガラガラと足元から崩れないとも限らない。

 森を追われた人間たちは、大陸の密林から灌木や草原に、さらに砂漠にまで迷い出て、生き延びる術を見つけ出した。山のなかや海のなか、島々にも居つき、暑いところも寒いところも四季の変化のあるところもあった。さまざまな自然生態のなかで人類生存の確保のため、彼らは自分らを取り巻く世界のなかに一定の秩序を察知し、必要とあれば手を加えたりすることで、1つの文化空間の組み替えを行った。こうした生活の知恵は次第に固められ、子孫に伝えられ、あるいは自然と対立しつつ、あるいはそれに順応して慣習となり、伝統となってますます周囲の空間を一定の骨組みに仕立て上げていった。この先、我々が許容してきた都市と自然の連携は、どのように果たされていくのだろうか。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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