【連載】コミュニティの自律経営(41)~福岡市のDNA改革

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

 元福岡市職員で、故・山崎広太郎元市長を政策秘書などの立場で支えてきた吉村慎一氏が、2024年7月に上梓した自伝『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』(梓書院)。著者・吉村氏が、福岡市の成長時期に市長を務めた山崎氏との日々を振り返るだけでなく、福岡県知事選や九州大学の移転、アイランドシティの建設などの内幕や人間模様などについても語られている同書を、NetIBで連載していく。
 連載の第1回はこちら

【第三章】福岡市のDNA改革

 福岡市におけるDNA改革は、わが国の自治体における行政改革史の金字塔であり、「コミュニティの自律経営」を目指したコミュニティ政策の大転換とあわせ、山崎市政を代表する大きな2本の柱ということができる。

 僕は、その実践記録として、平成15年(2003)に九州大学大学院法学研究科の修士論文「体験的NPM論〜福岡市DNA改革の検証」をまとめた。20年を経た今、改めて読み返してみて、NPM理論の盛衰など、時代環境は大きく変化しているものの、その取り組みは今日の自治体改革においても通じる普遍性を持つと思うが、修論は7万字を超える大部であり、その大要を巻末に掲載させていただくこととした。修論は平成14年度末までがその対象であり、そこで書ききれなかったものをこの章で取り上げ、平成15年度以降、DNAセカンドステージについては、その概要を第2章山崎広太郎市政の挑戦/「転の巻」において取り上げた。

DNA掲示板 平成12年(2000)5月12日開設

 DNA運動は「市役所の隅々まで活力の溢れる組織風土、やり甲斐のある職場づくりを目指すもの」であり、その基本精神は、「D:“できる”から始めよう(できない、しない理由から探さない)」「N:納得できる仕事をしよう(市民の納得を自分の納得に)」「A:遊び心を忘れずに(ガチガチな考え方や対応でなく、ゆとり、人間らしさ、明るさを持って取り組もう)」で、市役所の組織風土と職員の行動様式の変革を意図した運動である。

 DNA運動のキックオフ・ミーティングの翌日、市役所内のグループウェア上に「DNA運動掲示板」を設置し、DNA運動やDNA2002計画全般に関する意見交換、情報提供に活用した。グループウェアを利用できない各施設等向けには、電子掲示板への書き込みをニュースレター形式にまとめ「DNA運動通信」として紙で配布した。

 この掲示板の威力は凄かった。制度やヒエラルキーを軽く超えて、現場の職員と市長までもが直接つながる場となった。開かれたフラットな場がいかに大切かを痛感させられる一方で、確信犯のような「荒らし」の存在が、この貴重な場を壊していったのは痛恨だった。当時「2ちゃんねる」掲示板が世間の耳目を集めており、たしかDNA運動のスレッドも立っていたと記憶する。その後の「2ちゃんねる」の顛末を見ても、ネット空間の光と影は悩ましい。当時の担当者だった藤義之君が、平成26年(2014)福岡市で開催された第8回全国都市改善改革実践事例発表会に際し、当時の書き込み117編を「福岡市DNA運動・創世『記』」として、復刻版をCDに納めて、参加者に配布してくれた。これだけでも一冊の本にできると思うが、ここではそのなかからいくつかを紹介してみる。

「DNA運動掲示板」月別アクセス数実績
平成12年(2000)
5月 33,659件(5月12〜31日)
6月 76,579件
7月 65,622件
8月 85,462件
9月 71,835件
10月 69,797件
11月 52,288件
12月 86,429件
※2001年1月以降、毎月7~13万件程度のアクセス数

 どれを選ぼうか、迷ったが、裸の王様をめぐるやり取りを選んでみた。

 当時、広太郎さんは「裸の王様」とか「張り子の虎」とか称して、掲示板に書き込みをしていた。その自虐的な名乗り自体はとても評判が悪かったのだが、市長の直接の書き込みは、ヒエラルキーの壁をぶち壊す、強烈なブレークスルーでもあった。ご紹介するやり取りは、部長級の方の身を挺しての?思い切った投稿だったが、「公共」の教科書にしたいくらいのやり取りになっていたと思う。ちょっと長いが、紹介する。広太郎さんが、外での公務を終えて、パソコンに向かって、指一本でキーボードを叩く姿を懐かしく思い出す。

◆拝啓 山崎市長様(H・Aさん、6月16日掲載)

 裸の王様のメッセージを拝見しました。今、役所で流行るもの、それは[DNA運動]とか、さまざまな意見が毎日のように画面を賑わしています。でも、ゆっくりと拝見していくと、ほんの一部の人がそれぞれの意見を述べているようにしか見えないのですが。大多数の職員は、事の本質について疑問を持っているのではないでしょうか。日々の仕事を通じて感じている、仕事の矛盾や、課題、さらには職場の人間関係などとさまざまな事柄のなかで、公務員であるが故に制約された人生観を感じているのも事実です。こうしたとき、経営管理委員会からの提言は、一つの考え方であると思うと同時に、対市民との関係についても、これまで皆さんが述べられたように、単に我々が市民の公僕であるという認識では、対処できない問題が数多くあると感じています。例を挙げましょう。

 毎回の市議会に提出される「請願」を多分ご存知でしょう。「請願」は市民の権利として保障されていることで、そのことについて問題視しているわけではないのですが、大半の請願の内容を見ていると、市民の方々の地域エゴに近いものが多いと感じているのは私だけでしょうか。(中略)請願の主旨等においても、本当に福岡市全体の将来像を踏まえたものであるとは受け止められないのです。これまで、市民の意識において市民生活における行政サービスは、市が与えるもので、市民自らが行政と一体になって作り上げるという意識はないのではないでしょうか。自己の権利は主張しても、義務については果たさないという現代気質、まさに意識の変革が市民の側にも欠けている状況のなかで、あるべき市民の意見は、まだ期待薄であるとも感じます。これからは、市民への積極的なアプローチが今以上に必要になると思いますが、その際には、行政のプロとして確固たる自信を持って接することが必要で、決して迎合するような姿勢はすべきではないと思うのですが、強硬すぎでしょうか。今、我々職員の意識改革が必要であることは認めます。従来の行政執行は、前例主義といっても過言ではないと思いますし、また、組織の硬直化が新たな発想を育てなかったことも謙虚に反省すべきでしょう。しかし、これまでも異端児といわれながら、さまざまな取り組みを実践した仲間も多くいます。役人らしい職員が登用され、民間的発想を有する者は異端児的に見られた時代もありました。今になって、DNA運動において、あたかも自分が先駆者であるような活動を始められることを不愉快に感じるのは私だけでしょうか。(中略)やる気のある人物の登用こそ市役所変革の早道だと思うのは、はぐれ者の戯言でしょうか。あえて、老兵である我が身を知りながら、DNA運動の行方が気になり意見を述べました。用地買収の実務に従事して、市民の方々の意識は経営管理委員会における方向性から相当の開きがあると感じています。

◆裸の王様または張り子の虎より(山崎市長、6月20日掲載)

 市民がエゴ的であることはその通りです。土地がからむ仕事をしていれば、なおさらそう感じることです。だからといって、市民と距離を置いたり、対峙的な姿勢をとっても、そこからは嗜虐的な喜びはあっても、本当の仕事のよろこびは得られないのではないか。私が市民のほうを向いて仕事をして欲しいとか、市民に近づけと言っているのは、私の政治信念であり、経験則でもあるので理解して欲しい。行政に対して市民は弱い存在です。だからこそ、交渉事になると依怙地(いこじ)にもなるのではないでしょうか。行政マンは市民にとって、知識、経験、権限を持った非常に頼りにしたい存在なのです。

 もちろん市民に迎合すべきではありません。そこからも何も生まれないでしょう。むしろ市民に行政側が近づくことで、市民の自主的な協力を引き出すことができるのではないか。市民の自治意識の向上は、行政を身近に感じるかどうかだと思います。従って、行政マンは専門家としての能力をさらに磨き、市民に道理を説き、かつ頼りになる存在として市民に接して欲しいと思います。私は福岡市の職員を誇り高い存在にしたいと思うわけで、そのためには市民と離れた存在ではなく、一体であるべきと考えるからです。

 私が経営管理委員会の提言を、これからの行政の教科書としたいというのも、究極のところ地方公務員の拠り所は市民であるということ、決して所属する組織に逃げ込み、かつ市民と対峙する姿勢であってはならないということ、市民の喜びこそ、市職員の仕事のうえの喜びであると思うからであり、提言の実行によって、以上のことが実現できると思うからです。

 こういう鉄火場には名行司さんが現れます。平居さんは最初の職場の一期先輩で、冷静で頭脳明晰でしたが、この投稿にも唸らされました。

(つづく)


<著者プロフィール>
吉村慎一
(よしむら・しんいち)
1952年生まれ。福岡高校、中央大学法学部、九州大学大学院法学研究科卒業(2003年)。75年福岡市役所採用。94年同退職。衆議院議員政策担当秘書就任。99年福岡市役所選考採用。市長室行政経営推進担当課長、同経営補佐部長、議会事務局次長、中央区区政推進部長を務め、2013年3月定年退職。社会福祉法人暖家の丘事務長を経て、同法人理事。
香住ヶ丘6丁目3区町内会長/香住丘校区自治協議会事務局次長/&Reprentm特別顧問/防災士/一般社団法人コーチングプラットホーム 認定コーチ/全米NLP協会 マスタープラクティショナー
著書:『パブリックセクターの経済経営学』(共著、NTT出版03年)

『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』
著 者:吉村慎一
発 行:2024年7月31日
総ページ数:332
判サイズ:A5判
出 版:梓書院
https://azusashoin.shop-pro.jp/?pid=181693411

(40)

関連キーワード

関連記事