米国に見る資本主義体制の危機とトランプ政権(後)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は3月21日発刊の第375号「米国に見る資本主義体制の危機とトランプ政権」を紹介する。

利潤率と利子率の乖離と収斂

 これらの一連の流れは利潤率と利子率の乖離としてとらえられる。本来資本のリターンである利潤率と利子率は連動するはずのものである。事実2000年頃までは両者の動きは連動していた。しかし2000年以降コロナショック直前の2019年まで、利子率(例えば名目10年国債利回り)が5%から0%台へと低下した一方で、利潤率は固定資産純利益率で見てもROE(自己資本利益率)で見ても上昇トレンドが続いてきた。

図表5米国における利潤率と利子率推移/図表6米国における利潤率と利子率推移

 武者リサーチは、2000年代~2010年代の先進国経済には2つの不等式が存在し、体制を危うくしていると主張してきた。第一の不等式は、利潤率(r1)>経済成長率(g) である。「r1=資本のリターン」が「g=成長」よりも大きいという不等式「r>g」は、大ブームになったトマ・ピケティ氏の議論である。

 トマ・ピケティ氏は著書「21世紀の資本」の中で、資本のリターンが著しく高い一方で成長が低いことにより、格差が漸次拡大していくことを指摘した。彼はこの格差拡大を是正するには、資本に対する累進課税を国際的に導入することが必要だと述べたが、その後は社会主義的手法が必要だと主張している「来たれ、新たな社会主義-世界を読む2016-2021」(みすず書房2022年)。

 リーマン・ショック直後、ニューヨークでは、たった1%の人々が圧倒的富を支配しているということで「Occupy Wall Street」という運動も起きた。確かに、現在は企業の空前の高収益時代であり、それがもたらす資産価格の上昇と相まって格差の拡大が起きている。それが先進国において中間層の没落と分断を引き起こし、政治的不安定性をもたらしている。

 しかし、もう一つの資本のリターンである利子率は、逆に経済の成長率よりもずっと低かったのである。この空前の低金利の背後には空前の貯蓄(=資本余剰)がある。それは貨幣の退蔵を引き起こし、金融政策を著しく困難にしてきた。g>r2(経済成長率>長期金利)という不等式は、2004年から始まった金融引き締めにもかかわらず、長期金利が全く連動せず、金融引き締めがしり抜けとなってしまい、流動性が個人の投機的住宅投資を加速させてしまった。

 低金利で資金調達をして企業投資をすれば大いなる投資利益が得られる恵まれた環境ではあるが、両者の乖離拡大が続けば、どこかの時点で資産バブルが形成され大恐慌型の経済危機、ひいてはシステムの崩壊すら引き起こす危険要素を内包している。筆者は2007年に上梓した『新帝国主義論』(東洋経済新報社)の中で、米日で利潤率と利子率の乖離が2000年頃から起こり始め、株高の条件を整えていると指摘したが(P108)、驚くべきことにその乖離が20年間にわたって定着し、さらに拡大してきたのである。この乖離は真性のデフレに陥った日本において特に顕著である。

 何故低金利の下でも投資が起きないのか。それは人々の心理が悲観化し、いくら金利が下がっても投資をしようとしなくなったからである。これを自然利子率(=実質の中立金利)の急低下ともとらえることができる。デフレ心理の下でホブソンが批判した「貨幣への偏愛」が高まり、自然利子率がマイナスになってしまえば金融政策は完全に不能化する。ここに歴史的実験としてのQE(量的金融緩和)の必要性が生まれたのである。バーナンキFRB議長はQEの目的をリスクプレミアムの引き下げと説明したが、それは銀行の信用創造が機能しなくなったからには資産価格を引き上げて購買力創造を行うしかない、と言うに等しい。事実米国の需要創造の3チャンネル、銀行信用、政府信用、株式信用(株式時価総額)をたどると、リーマン・ショック以降、民間信用、政府信用が対GDP比で停滞する中で、株式信用が対GDP比100%以下から200%以上へと急増し、経済成長をけん引したことが、明確である(図表7)。

図表7 米国信用残高/GDP比推移

(4)米国における資本主義の進化・・・株式資本主義の時代 

収斂した利潤率と利子率

 コロナショック以降、この乖離していた利子率と利潤率が急速に収斂し始めた。コロナ対応の大規模な財政出動と金融緩和により景気拡大が持続し企業増益が続く一方、金利の急上昇により利子率が上昇に転じたためである。高利潤率に利子率が大きくサヤ寄せするということが起こっている。デフレ進行で経済成長が止まり、利潤率が低下するというマルクスが想定した悪い収斂ではなく、良い収斂が起きているのである。

 それだけではない。かつて低金利に全く反応しなかった企業や投資家が、今度は引き上げられた高金利に反応しないということが起きている。FRBは実質FF金利(自然利子率の近似値)を大幅なプラスへと引き上げることを余儀なくされている。2022年3月までの0%から5.25%まで1年余りでFF金利が5%も引き上げられても、投資意欲が全く萎えないということが起きている。

 金利が上がったからと言って株価が下落することもなく、史上最高値が更新され続けている。FRBは高値更新する株価と鎮静化の兆しが全く不十分なインフレ指標を前に、高金利維持のスタンスを取り始めた。利上げのマイナスは投資家のアニマルスピリットの高まりで、相殺され続けたのである。図表8のスプレッドは株式リスクプレミアムであり、アニマルスピリットを示す指標と言える。

図表8 利潤率(益回り)と利子率(長期金利)の収斂

高止まりする金利、1995年と類似の環境

 過去を振り返ると今日と類似しているのが1995年である。大幅な利上げの後、最初に利下げがなされたのが1995年であった。1995年から1996年12月の根拠なき熱狂(グリーンスパン議長)を経て、2000年のITバブルに向かう局面と現在とは、多くの点で類似している。SP500指数は最初の利下げが実施された1995年7月から1年間で13%、2年間で70%、3年間で99%と言う大幅な値上がりになった。当時と現在とは、(1)利上げ終了後に高い実質金利が維持されたこと、(2)長期金利も抑制されイールドカーブフラット化が長期化したこと、(3)ドル高が続いたこと、(4)技術革新(当時はインターネット革命、今はAI革命)の進行が旺盛な投資をけん引したこと、などが類似している。

図表9 米国長短金利と株価、1995年と類似

 このように見てくると、米国における資本主義の危機は回避されたといえるが、それは危機の根源である企業の過剰貯蓄が、大量の失業を生む前に、解消されたからである。そのチャンネルとして、(1)株主還元によって企業の余剰が完全に還流したこと、(2)コロナ対応の大規模財政出動によって有効需要が創造されたこと、の二つが機能したためである。

 図表10は企業部門のフリーキャッシュフローの推移であるが、大きく高まったキャッシュフロー以上の配当、自社株買いが実施されている。この企業の大規模なペイアウトが株価を押し上げ、需要創造の源泉になっていることは、先に見た通りである。株価など資産価格の上昇により米国家計の純財産は2009年3月の59兆ドルから2024年9月には154兆ドルと105兆ドル(GDPの3.6倍)増加し、消費拡大の原動力になっている。

図表10 米国企業フリーキャッシュフローと株主還元(配当+自社株買い)/図表11 家計純資産、総資産、債務の推移

 また財政の果たした役割も大きい。図表11は米国の失業率と財政赤字の推移を示したものであるが、財政の役割が劇的に変わったことが明瞭である。トランプ減税が導入される2017年までは両者は完全に一致していた。つまり財政赤字は完全雇用を実現する手段として考えられており、完全雇用実現とともに財政赤字は無くなった。しかし2017年以降、完全雇用実現の後でも米国財政赤字は対GDP比3~5%になっている。新たな財政の役割は、「需要超過気味の高圧経済を維持すること」へとシフトしているのである。

図表12 米国失業率と財政赤字(対GDP)推移

 とは言えAI革命のスケールは過去の技術革新のレベルを超えており、生産性の向上がもたらす利潤の拡大による潜在的貯蓄過剰と労働余剰は著しく大きいと推測される。供給力超過からデフレに陥るリスクは潜在的に大きいと考えられる。株式信用(株価上昇を通した購買力向上)と財政政策の役割はさらに大きくなっていくと考えられる。

 新産業革命が根付く土壌を規制緩和、既得権排除と言う形で推進しつつ、減税による需要創造を推し進めるトランプ政権の経済政策は、おおむね妥当と考えられる。これに対置した民主党のハリス候補の政策は「自社株買いに4%の増税を課し、法人税率を引き上げるという企業増税と弱者救済」という社会主義色の強いものであり、資本主義の危機に対する対応としては問題の多いものであった。

終わりに

 米国資本主義は(1)中国の異形の台頭、(2)AI産業革命と言う二つの決定的要因によって大きな転機に差しかかっている。しかし資本主義体制の、「余剰貯蓄の退蔵と恒常的需要不足」、というマルクス、ホブソンが指摘した根本的矛盾は抑え込まれている。よってトランプ政権の米国資本主義再構築と言う挑戦も、成算はあるのだ、と主張したい。

(了)

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