【特別寄稿】政府は長期的合理性に基づくインフラメンテ計画を推進すべし
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京都大学大学院教授 藤井聡 氏
埼玉県八潮市の道路陥没事故以来、大手テレビや新聞社を中心としたいわゆる「オールドメディア」では、全国各地のインフラの老朽化対策には膨大な予算が必要である一方、それだけの予算は国家にはなく、従って地方部のインフラ老朽化対策をせずに見捨てるべしとの論陣を張っている。しかしその方針は、地方のみならず国家全体の衰退を導く極めて愚かしいものであることを、技術的議論を踏まえたうえで客観的に論ずる。
埼玉県八潮市における道路陥没事故の衝撃
京都大学大学院教授 藤井聡 氏 八潮市の下水管の老朽化を原因とする道路陥没事故は、大きな衝撃を日本中に与えた。トラック運転手がその陥没した穴に落ち込む人的被害が出たことが、その衝撃をさらに決定的なものとした。
その事故のメカニズムはすでにさまざまなメディアで報道されている通り、交差点地下10mにある直径4.75mの下水道管が、下水から発生した硫化水素が空気に触れることで発生した「硫酸」によって損傷し、穴が空いたのが原因だった。そして、その穴から下水管上部の「土」が入り込み、下水管上部に空洞が発生、下水管上部の土が管内に流入する事態となった。その管内に流入した土は、下水管内部を流れる下水によって流下し続け、流入土がどんどん拡大、空洞がますます広がっていくこととなった。そして、その空洞が地表の道路面に近づき、最終的に道路が陥没することとなったのであった。
オールドメディアが展開 財務主導のインフラ論
テレビを中心としたオールドメディアでは、この陥没事故以来、インフラのメンテナンス(維持管理)の議論が喧しく論じられるようになった。その背景には、コンクリートでつくられた橋梁やトンネル、下水管、上水管などのインフラの平均的な寿命は「50年」であり、50年が経過すればインフラの基本的機能が急速に失われることになる、という工学的事実があった。結果、今回のような事故や、2012年の笹子トンネルの崩落事故に代表される人命に関わる大事故が生ずることとなったのである。
そして、建設後50年が経過した「老朽化インフラ」の割合は下の図のように、近い将来、半数前後に達することが予期される状況にある。
こうした状況は一般国民にとってみれば、普段毎日何度も何度も、そこかしこで利用しているインフラが、いつ何時壊れ、自分の身が危うくなるかもしれないという強い「恐怖心」を惹起することになった。
これは「コロナ恐怖」と同様、オールドメディアが「視聴率」を確保する大きなチャンス、となる。かくしてオールドメディアは、八潮市の道路陥没のニュースを連日取り上げると同時に、インフラ老朽化問題そのものをさまざまに取り上げることとなった。
ただし、オールドメディアの論調は、判で押したように同様のもので、概ね次のようなものであった。
「インフラ老朽化対策は、年間12兆円ものお金がかかる。でも、それだけのオカネなんかないんだから、優先順位を決めて、必要なものは維持して、不要なものはなくしていくことが賢明だ。つまり、“インフラのトリアージ”や“コンパクトシティ”が必要だ」。
要するに、八潮市の事故の背後には、古いインフラの老朽化問題があるが、それに対応するにはものすごいオカネ(国交省の試算では、年間12兆円と言われている)がかかる、しかし、そんなオカネはないから、必要性の低いインフラは「捨て去っていく」ことが必要になる──というのが、オールドメディア上の一般的な論調になっていたわけだ。
老朽化めぐり緊縮は「善」支出拡大は「悪」なのか
たとえば、その具体的な報道例として、下記のようなTBSの2月4日の「News23」の報道がある。その要旨は、次のようなものであった。
(1)今までの日本は兎に角、後先考えず拡張ばかりしてきた。
(2)その結果、インフラ老朽化対策に年間12兆円ものカネがかかるなんてことになってきた。しかし、それだけのカネなんて日本にはない。
(3)そんな状況なのに、政治家が人気取りのために「減税しろ」といい、有権者はそんな政治家を愚かなことに支持している。そんなことをすればますます予算がなくなり、対策ができなくなり、インフラ老朽化は止まらず、今回のような事故が増えることになる。
(4)だから能登半島の震災復興もすべてやればいいわけじゃない、ということを国民は冷静に理解すべきだ。
要するに彼らは、田舎のインフラは必要性が低いから、見捨てればよいのだ、と指摘したわけで、そのわかりやすい例として、かの大地震が襲った能登半島の復興なども、全部が全部やらなくていいじゃないかと、名指しで切り捨てを示唆したのである。
さらに、どうしても田舎も救いたいというなら「増税」(あるいは利用料金引き上げ)が必要だ、とも主張したのである。
つまりTBSは、「田舎を救いたいならカネを出せ、カネが出せないというなら、四の五の言わずに田舎を見捨てよ!それは地震のあった能登半島も同じだぞ!」という見解を報道したわけである。
極めて不道徳な主張と言わざるを得ないが、TBS側はむしろ、能登などの田舎のインフラにカネをかけるほうが不道徳だ、と指弾したわけである。
こうしたTBSの見解はいうまでもなく、財務省、あるいは財務省をバックに据えた自民党税調会長・宮沢洋一氏をはじめとした自民党主流派幹部の人々が繰り返し主張している「緊縮財政」の主張そのものであり、有り体にいうなら、地域や命よりカネが大事だ、と言わんばかりの主張となっている。
それでは一体全体、どちらが不道徳なのだろうか?財務省なのか、それとも積極財政に基づくメンテナンスの速やかな遂行を主張する側なのか?
合理的な「予防保全」で予算は「半減」できる
この問題について、以下の諸点を考えれば明らかに、オールドメディア側の財務省的見解が「不当」であり、合理的科学的、そして、マクロ経済学的な事実を踏まえた老朽化対策を推進することこそが、「適正」かつ「公正」であるという<真実>が見えてくる。
まず、オールドメディアの財務省的見解が踏襲する「年間の12兆円の予算がかかる」という主張は、国土交通省が「もし事前の対策を何もせず、ただただ自然にインフラが壊れ、壊れた後に、新しいものをつくる」という、まったく計画性のない行政対応を繰り返した場合にかかるであろう年間出費額に基づくものである。ところが国交省は、その試算を公表すると同時に、もしも事前対策をしっかりと行った場合、老朽化対策費は圧倒的に圧縮できる、その場合は、年間の出費額はおおよそ6兆円程度に「半減できる」という試算も合わせて公表しているのである(上記資料参照/出典:国土交通省「国土交通省所管分野における社会資本の将来の維持管理。更新費の推計」〈2018年度〉)。
つまり、オールドメディア上の財務省的見解は、国交省が公表している試算の一部を「切り取って」、彼ら自身にとって都合の良い論調をつくり上げているに過ぎないのだ。
では、事前の合理的対策とは一体何かといえば、いわゆる「予防保全」というものだ。それは、第一に点検の質を上げ、頻度を上げ、何らかの不具合が見つかれば、大事に至る前に適切な処置を施していく、というものである。たとえば、今回の八潮市の事故についていうなら、現状の行政的制度では、5年に一度の点検が義務づけられており、問題の箇所は4年前の点検で「問題あり」であることが確認されていたが、その問題の程度から「5年以内に再点検」と定められていた。ところが、その再点検は実施されず、そのために事故が起こったのであった。しかし「5年に一度」や「5年以内に再点検」という頻度をもっと上げていれば、より深刻な問題となっていたことがあらかじめ発覚し、適切な処置が可能となり、今回の事故が未然に防げていたであろうと十分に考えられるのであった。あるいは、4年前に不具合が見つかった折に、丁寧な補修処置をしていたならば、事故が防げていたとも十分に考えられる。仮にそうできていたならば、そのメンテナンスコストは短期的には幾分上昇するものの、それは、今回行政がこの事故対応のために支払っているコストや、新たな下水道を再整備するために必要なコストよりも、圧倒的に低く抑えられることとなる。
以上は、「質の高い高頻度の点検と、丁寧な補修処置」によってメンテナンス費用が大幅に圧縮されるという話だが、それ以前に今回の事故は、下水管内面に硫酸で溶解することを防ぐためのプラスチック樹脂等の部材を貼り付ける処置を施していれば、未然に事故が防げたであろうとも考えられる。実際、埼玉県より予算が豊富な都道府県では、そうした処置を施した下水管が整備されている事例が数多く見られる。もちろん、そのための初期コストは高くなるものの、トータルのライフサイクルコストは大幅に圧縮することとなるのである。
こうしたより高度の施工技術や高度高頻度の点検補修技術は、日々の研究努力を通して今日さまざまに開発されている。従って、老朽化対策費用を一定程度拡大していれば、長期的なインフラ対策費用が圧縮されることになるのである。こうした諸点を加味し、トータルの対策費用を積み上げると、12兆円ではなく「6兆円」へと半減させることができるということを、国交省は試算を通して明らかにしているわけである。
それにも関わらず、財務省的論調に支配されたオールドメディアは「意図的」にこの事実を無視し、「オカネが非常にかかる、全部に対応することはできない」と煽る論調の報道を繰り返していたのであった。
将来を見据え合理的な国土メンテナンス計画を
写真はイメージです さらに、オールドメディアの論調は、対策を進めるには「増税/値上げ」や(対策費の)「積み立て」が必要だというものであるが、これもまた、根本的に誤った議論だ。なぜなら、「保全」を含めたインフラ投資については、基本的に税収や利用料だけに基づくものではなく、「公債」、すなわち銀行融資を基本とするものだからである。なぜなら、インフラは長期利用するため、その長期の間の収入を見通して、融資に対する返済を行うことが可能となるからである。従って、オールドメディアがいう増税/値上げ論は、根本的に誤りなのである。
さらにいうなら、インフラをメンテナンスしない場合(without)とした場合(with)とで比較した場合、経済活動が大幅に変わることになる。下水道が「なければ」それに関わる市民生活が継続できなくなり、経済活動も当該地域で不可能になるからである。それを踏まえた場合、「わずかなインフラ対策費の増強」が、膨大な経済メリットを与えることになる。オールドメディアの論調は、そうした経済メリットを一切考慮していない。
さらには、「能登などの過疎地のインフラは不要」などという論調も大きな間違いがある。そもそも政府は、「デフレ脱却」と「地方創生」を最も重要な政策目標に挙げている。
従って、数十年、さらにより長期に考えるなら、数世紀にわたって使用し続けるインフラの計画においては、デフレ脱却や地方創生を行ったうえで想定される将来の人口分布や経済状況を前提として、それぞれのインフラの維持更新の必要性の有無のみならず、新設の有無を考えることが求められるのである。それを前提とすれば、能登等の地方部の地方創生を考えるために、能登地域における道路や鉄道インフラの整備を超長期で想定する義務が政府にはあるのである。
そもそも、地方部の地方創生のために最も求められている取り組みは、国土計画で想定されるシビルミニマム(最低限必要なサービス水準)を確保するための全国高速道路計画、全国新幹線計画を基本とした地方インフラ投資なのである。
つまり、インフラというものについては、「長期的な国家・地域計画」に基づいて整備を推進し、かつ、維持管理していくべきだという、あらゆる国家がやっている当然の態度が求められているのである。
従って、万一「インフラの撤退」なるものが必要であるとするなら、それは、第1に予防保全を合理的に行ってメンテナンス費用を大幅に圧縮させ、第2にそのための予算は税収や利用料金でなく公債(銀行融資)を前提として調達すると同時に(税収や利用料金はその公債の返済に充当すべきもの)、第3にデフレ脱却を想定した「長期的な国家・地域計画」に基づく全国インフラ整備を通した地方創生を想定したうえで、それでもなお不要であろう思われるものがあれば、それに限り「インフラ撤退論」が成立することになる。
それにも関わらず、オールドメディアはこれらの3つの条件をすべて無視し、現状の需要が多い都市部を中心としたインフラだけメンテナンスし、それ以外の能登を中心とした地方部のインフラは「見捨てるべし」と論じたのである。そして、「見捨てたくないなら増税、値上げを受け入れろ」と脅迫紛いの論陣を張ったのである。
こうした議論に基づくインフラ撤退論、新規インフラ不要論を推進すれば、全国各地のインフラ整備は拡充されず、むしろ縮小していくことになる。そうなればインフラが撤退した地域のみならず、日本全体が着実に衰退することになる。インフラ無き国家は、そのうえで展開されるべきあらゆる産業活動、経済活動、社会活動が停滞し、中断せざるを得なくなるからだ。
従って、財務省主導のオールドメディアが展開する支出を縮小させるためのインフラ撤退論は、極めて非合理的であり、かつ非倫理的、さらにいうなら非人道的な主張であると言わざるを得ないのである。
我が国政府が、以上に論じた最低限の合理性と倫理性を兼ね備えた、国家のための長期的なインフラメンテナンス計画を立案し、着実に推進されんことを、心から祈念したい。
<プロフィール>
藤井聡(ふじい・さとし)
1968年奈良県生駒市生まれ。91年京都大学工学部土木工学科卒業、93年同大学院工学研究科修士課程修了、同工学部助手。98年同博士号(工学)取得。2000年同大学院工学研究科助教授、02年東京工業大学大学院理工学研究科助教授、06年同大学教授を経て、09年から京都大学大学院工学研究科(都市社会工学専攻)教授。11年同大学レジリエンス研究ユニット長、12年同大学理事補。同年内閣官房参与(18年まで)。18年から『表現者クライテリオン』編集長。『日本人は国土でできている』(共著、産経新聞出版)、『インフレ時代の「積極」財政論』(共著、ビジネス社)など著書多数。月刊まちづくりに記事を書きませんか?
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