【国】今年度予算から見る 国土強靭化とインフラ対策事業
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日本全国で、老朽化したインフラの更新が喫緊の課題となっている。その課題は単にインフラの更新としてではなく、「国土強靭化」という、より多角的な戦略施策の一環として進められている。2025年度の国土交通省のインフラ関連予算における国土強靭化政策の存在感と、インフラの実際の管理者である福岡市がどのような予算建てで取り組んでいるのかを含めて、国ならびに福岡市の老朽化インフラ対策の方向性を確認する。
八潮市の道路陥没事故 甚大な影響と被害
1月28日に埼玉県八潮市で発生した道路陥没事故は、転落したトラックに乗っていた運転手の行方が、1カ月以上経った3月中旬の時点でもいまだにわかっていない。陥没の原因は、1983年に敷設されて40年以上を経た下水道管の破損だ。破損した箇所はちょうど下水管がカーブする地点であり、硫化水素が空気に触れて硫酸が発生したことでコンクリートの腐食が進み、下水道管上部が崩壊したと考えられる。発生当初、直径10mだった穴は周囲が崩落して徐々に拡大し、約1週間で直径約40mまで広がった。
だが、被害はそればかりではない。事故現場周辺では、商店の営業や日常生活に大きな支障が生じた。また、崩落した下水管が広域の下水を集める幹線であったため、下水利用の制限が呼びかけられるなどして、影響を受けた流域住民は約120万人におよんだ。埼玉県は運転手男性の捜索作業と並行して、5月中旬ごろを目標に下水道のバイパス工事を進めることとしている。また、2月末の埼玉県議会では、陥没した道路や下水道管の復旧工事費用を盛り込んだ約40億円の補正予算が可決された。事業者への補償なども含めると、被害総額は数百億円規模になるとみられている。
存在感を増す「国土強靭化」政策
公共事業関係予算は、小泉政権(2001~06年)における構造改革の一環として抑制が強力に推進され、12年まで減少の一途をたどった。しかし、11年に発生した東日本大震災の教訓を踏まえて13年に成立した国土強靱化基本法と、12年の笹子トンネル崩落事故を契機に14年に国土交通省が取りまとめた「インフラ長寿命化計画」によって、局面は大きく変わった。この計画で国交省は、道路・河川・下水道・港湾などといったインフラについて、ライフサイクルを延長させるための維持・管理・更新を推進することを示した。それ以降、国交省関係の公共事業費予算は、5.2兆円程度で推移するようになる。
続いて21年に取りまとめられた「第二期インフラ長寿命化計画」では、それまでの取り組みに加えて、近年の気候変動の影響による災害の激甚化への対策も踏まえつつ、予防保全への本格的な転換を含めた25年までの実施目標が示された。そのための18年からの「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」では政府全体で3年間で7兆円規模、それに続く「5か年加速化対策」では5年間で15兆円規模の費用が計上された。これにより国交省関係の公共事業費予算は、補正予算も合わせると年間7兆円前後で推移するようになった。
13年の国土強靱化基本法で政策用語として確立した「国土強靱化(ナショナル・レジリエンス)」は、英語で災害や緊急事態から立ち直る能力やその取り組みを表す「disaster resilience(災害強靭性)」と紐づく概念となっている。その概念がおよぶ範囲は、インフラ耐震化などの整備のみならず、AIによる気象予測といったDXの推進や、事業体が災害時でも事業を継続することができるように事業継続計画(BCP)を策定することなどを含めた、多角的な取り組みによる防災・減災の施策までを包括するものとなっている。このように包括的な施策概念として「国土強靭化」が存在感を増すなかで、インフラ整備を含めた公共工事が国土強靭化政策のなかでどのように位置づけられるかが、今後の公共事業の方向性を占ううえで大きなポイントとなってきている。
国土強靱化推進会議 26~30年度も15兆円規模
内閣官房は、国土強靱化政策を総合的に推進するための会議体として国土強靱化推進会議(議長・小林潔司京都大学名誉教授)を設置し、そのなかで国土強靱化政策の方向性についての議論を行っている。23年7月以降12回にわたって開催された同会議は、今年2月、国土強靱化実施中期計画の策定方針案を公表した。そのなかで示された方向性としては、今後発生が予想される巨大地震や激甚化している水害への対応として、国土強靱化をさらに加速化・深化させるために「施策の重点化」と省庁を超えた「施策連携強化」の必要性が挙げられている。
具体的には、昨年、能登半島を襲った1月の地震と9月の豪雨災害を念頭に、半島の防災・強靱化や、上下水道・送電網・住宅・建築物などの耐震強化と、複合災害や2次災害への対応強化を掲げ、その実現のためにDXによるインフラメンテナンスの効率化・高度化を盛り込んだ。また、八潮市の道路陥没事故を踏まえて、「緊急性を要する損傷箇所の集中的な修繕・更新、防災・減災対策との一体的推進」も追記された。
計画期間は26~30年度の5年間とし、事業規模は現在実施中の5か年加速化対策を上回る水準で、政府全体で15兆円程度としている。政府はこの方針案を基に、地方自治体などの意見も収集して計画素案をまとめ、6月に計画を閣議決定することを目標としている。
一般会計は115兆円
国の25年度の一般会計総額は、過去最大規模の約115兆1,978億円(前年度比1.023倍/以下、カッコ内同)となった。そのうち公共事業関係は予算段階で6兆858億円(1.001)で、所管別の内訳は国土交通省が5兆3,351億円(1.01)となっている。
国交省予算のうち建設に関わる主なものを見ると、気候変動にともなう災害リスクの増大や老朽化インフラの課題に対応するため、「流域治水」や「インフラ老朽化対策」に重点を置いた予算となっている。また、大規模地震対策や新たな法制度に基づく盛土安全対策など、多角的な防災・減災施策が展開されており、補正予算を含めた予算規模の拡大は、これらの課題に対する政府の積極的な取り組みを示している。
【コラム】
特定都市河川制度 1月に福岡県が初指定「特定都市河川」は、過去に著しい水害が発生するなどした河川を対象に、国や県が指定する制度だ。指定された河川は、雨水の貯留施設を整備する場合などに国からの補助率が上がるほか、流域で1,000m2以上の開発を行う際の雨水の貯留浸透施設の整備などが義務づけられる。
1月、福岡県は筑後川水系の金丸川、池町川、下弓削川の3つの河川を県内で初めて「特定都市河川」に指定した。久留米市を流れる3つの河川は、たびたび大雨による浸水被害を引き起こしている。県はこの指定を通して、ダムや堤防だけでなく、川沿いの土地も利用して流域全体で水を受け止めて水害被害を軽減させる「流域治水」を推進する。また、県では同じく筑後川水系の山ノ井川、大刀洗川、陣屋川の3つの河川についても指定を目指している。
国交省建設関係予算
(1)気候変動による水害や土砂災害の激甚化に対抗するための「流域治水」の加速化・深化として6,360億円(1.02)。24年度補正予算2,846億円を合わせて計9,205億円(1.48)。「流域治水」とは、従来の河川区域内中心の治水対策から、流域全体で水害を軽減させる取り組みへと転換する概念で、20年に政策概念として提唱されたもの。背景には、近年の気候変動による水害リスクの増大があり、対策として堤防整備、ダム建設・再生などの対策を加速するとともに、自助・共助・公助の観点に立って国と各自治体、企業・住民など流域のあらゆる関係者で水害対策を推進することを指針とする。
(2)南海トラフ巨大地震、首都直下地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震対策等の推進として2,032億円(1.04)、24年度補正予算1,279億円を合わせて計3,311億円(1.69)。
(3)密集市街地対策や住宅・建築物の耐震化の強化として185億円(2.44)、24年度補正予算4億円を合わせて計189億円(2.49)。
(4)線状降水帯、火山噴火などに関する防災情報等の高度化の推進として197億円(1.07)、24年度補正予算577億円を合わせて計774億円(4.19)。
(5)地震、豪雨、豪雪など災害時における物流・人流の確保として4,103億円(1.00)、24年度補正予算2,494億円を合わせて計6,597億円(1.61)。
(6)盛土の安全確保対策の推進として8,470億円の内数。24年度補正予算3,506億円の内数と合わせて計1兆1,975億円の内数。23年5月に施行された盛土規制法に基づいて、都道府県が実施する規制区域指定と盛土安全性把握のための調査や、対策工事への支援措置を通じて、盛土の安全確保対策を推進する。
(7)インフラ老朽化対策による持続可能なインフラメンテナンスの実現に7,889億円(1.03)。24年度補正予算1,560億円を合わせると計9,448億円(1.23)。インフラが持つ機能を将来にわたって適切に発揮できるようにすることを目的に、インフラ長寿命化計画に基づく取り組みや、広域的・戦略的なインフラマネジメントの取り組みなど、インフラ老朽化対策を推進する。地方公共団体が管理する道路施設については、各自治体の長寿命化修繕計画に基づく取り組みに対して財政的支援を実施する。また、国による直轄診断、修繕代行や研修を開催するとともに、道路橋の集約・撤去や包括的民間委託の取り組み促進によって地方への技術的支援を実施する。
(8)地域における総合的な防災・減災対策、老朽化対策などに対する集中的支援(防災・安全交付金)として8,470億円(0.97)。24年度補正予算3,506億円を合わせて計1兆1,975億円(1.38)。激甚化・頻発化する災害や大規模地震・津波に対する防災・減災対策と、予防保全に向けた老朽化対策など、地方公共団体などの取り組みを集中的に支援する。
【寺村朋輝】
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