住宅産業が大きな転換期を迎えている。市場縮小の勢いが加速していることはもちろん、消費者の住宅取得に関する状況や価値観が従来に比べて大きく変化していることが背景にある。一方、住宅産業には地球温暖化対策や災害への備え、増え続ける空き家といった、社会課題への対応も強く求められるようになっている。ここでは、住宅産業における主要な課題を洗い出し、そこから垣間見える新たなトレンドを探る。
危うくなった「内需の柱」
住宅産業は長く、日本の内需の柱と見なされてきた。新たな住宅建設による経済効果はもちろん、入居にともなう家具や内装品、家電などの耐久消費財関連産業への波及効果があり、それら産業の雇用維持効果も期待されてきたためである。ところが、こうしたポジショニングが今、危うくなりつつある。急速な少子高齢化などにより、新築市場の縮小が加速しているためだ。とくに主要な住宅取得層であるファミリー世帯が減少しており、世帯年収の伸び悩みを反映して持ち家率も低下傾向にある。
図①は、2000年代に入ってから24年までの年間新設住宅着工戸数の推移を示したものである。2000年代前半までは年間120万戸になることもあったが、直近5年間は80万戸レベルが定着している。とくに24年は79万2,098戸と80万戸を割り込み、これはリーマン・ショックの影響を強く受けた10年以来で、この20年で2番目の低水準(1番目は10年)である。今後はさらなる新設住宅着工の減少と、それにともなう住宅市場の縮小が進むと見られる。こうした動きは、内需の柱としての住宅産業の位置づけを、さらに低下させる可能性を孕む。
建設コストの高止まりも影響し、この状況は当面続くと見られる。また、大工などの施工従事者の減少・高齢化も改善する見込みは薄い。24年は、こうした課題が顕在化したエポックメーキングな1年と位置づけられる。
このような情勢の下、住宅産業はこれまで経験したことのない未知なる市場縮小期を迎えようとしている。住宅産業の先行きを考えるうえで難しいのは、市場縮小が進む一方で、対処を迫られる社会課題が山積していることであり、この点も合わせて住宅産業の未来を「未踏」と表現すべき所以である。
象徴的な住宅大手の海外への進出
ここで、直近の住宅市場の動向について確認しておく。この5年間の動きのなかで、とくに注目すべき点は戸建住宅市場の縮小が著しいことである。持家(注文住宅)はコロナ禍前から低調に推移しており、巣ごもり需要があった21年こそ前年を上回ったが、それ以降は再び前年を下回る状況となった。それに加えて、これまで注文住宅の取得が難しい若年一次取得者層の受け皿となってきた比較的堅調だった分譲戸建も、23年以降は前年割れとなっている。その結果、これまで好調だった大手パワービルダーも在庫調整に追われるようになった。こうした状況を受けて、積水ハウス(株)や大和ハウス工業(株)、住友林業(株)といった大手ハウスメーカーが、海外展開を本格化するようになっている。日本の住宅企業の海外進出は、転換期にある住宅産業の象徴的な出来事といえそうだ。【図②】

米国ラスベガスで供給した住宅
福岡に目を移すと、全国平均に比べて着工減の勢いが強い。ある大手ハウスメーカー関係者は、「所得水準が全国平均に比べ低いことが影響している」と分析している。また、全国有数の大都市・福岡市とその周辺は、土地価格の上昇による影響も大きい。米国・トランプ政権による関税引き上げの影響や、コメなど食料品を含む物価上昇により、消費者マインドの低下は避けられない状況にあり、25年以降も福岡・九州の新築市場は厳しい状況が続きそうだ。
変わる消費者の状況と価値観
消費者の状況も、かつてとはずいぶん異なっている。デフレ下で給与の上昇が抑えられてきたことで、住宅取得をめぐる環境が厳しくなっているためだ。とくに近年は、資材費や人件費の高騰によって住宅価格の上昇が続き、マインドの低下がさらに進んでいる。
一方で、世帯人数など家族の在り方も変化している。厚生労働省「国民生活基礎調査の概況」によれば、日本の平均世帯人数は1950年代の5.0人から2022年には2.23人へと減少した。高齢者の単身世帯の増加や晩婚化にともなう出生数の減少が背景にあり、結果として新設住宅の床面積も縮小傾向にある。国土交通省「住宅経済関連データ」によると、23年度の新設住宅1戸あたり平均床面積は持ち家で114.0m2(04年度は134.2m2)、分譲住宅で87.6m2(同95.9m2)となっている。
こうした変化は、住宅に対する価値観にも影響をおよぼす。その象徴が「平屋建て」ニーズの高まりだ。着工ベースでは全体が減少するなか、平屋建ては13年度の3万7,258戸から23年度には5万8,154戸へと56.1%増加している。平屋は二階建てより建築条件が緩く、土地価格が比較的低い郊外で持ち家を求める場合に、低コストで取得しやすい。世帯人数が3人程度であれば十分な居住面積を確保できることもあり、「平屋建てブーム」と呼ばれる状況が生まれている。

「住宅は暮らしの箱。一定の質があれば良い」──。平屋人気はそうした価値観と、コストパフォーマンスを優先する消費者が増えていることの表れだ。平屋に限らず、二階建て住宅でも外観や間取り、設備仕様を限定した「規格型住宅」の存在感が高まっている。とくにコロナ禍で外出自粛が広まった際には、VR技術が住宅販売に活用され、自宅に居ながら住まいづくりを検討できる手軽さから、若年一次取得者層を中心に広く受け入れられた。
一方、内外装素材や生活動線など細部にこだわる、富裕層向けのカスタマイズ住宅ニーズも根強い。その結果、現在の住宅市場は低価格帯と中高価格帯に二極化し、前者をパワービルダーや地域ビルダーが、後者を全国展開のハウスメーカーや地域有力ビルダーが担う構図が定着している。
「アフォーダブル住宅」は日本でも広がるか

住宅の建設コストが膨らみ、土地価格も上昇傾向にあるため、住宅取得は庶民にとって高嶺の花になりつつある。そこで注目されるのが「アフォーダブル住宅」だ。これは低~中所得層が手ごろな価格で住宅を購入したり、無理のない家賃で居住できるよう制度設計された住宅を指し、行政が補助金などで支援する仕組みが欧米で普及している。日本ではマンション価格の高騰が続く東京都が25年度をメドに、子育て世帯やひとり親世帯などを対象にアフォーダブル住宅普及を目指すファンド創設を進めており、団地再生や空き家活用策も組み込まれる見通しだ。
福岡市では地価高騰などにより、庶民の住宅取得が難しくなっている。導入には慎重な検討が必要だが、空き家増加や団地の空室活用が課題となる福岡市・福岡県にとって、アフォーダブル住宅は有効な解決策となる可能性がある。
重要性が高まる省エネ住宅の普及
住宅産業が取り組むべき社会課題の1つに、地球温暖化対策がある。日本では家庭部門のエネルギー消費量が全体の約15%を占め、そのなかでも冷暖房が大きな割合を占めるうえ削減が進んでいない。「2050年カーボンニュートラル(脱炭素)」に直結する課題であることから、国は25年4月より現行の省エネ基準の適用を原則すべての新築住宅に義務化する。今後はZEH(Net Zero Energy House/建物の断熱性能向上と高効率設備による省エネ、太陽光発電などの創エネにより住宅で消費するエネルギーを実質ゼロにする住宅)レベルを、日本の新築住宅のスタンダードとする方針だ。
さらに22年10月、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」を改正し、20年ぶりに新たな断熱等級「6・7」が新設されるなど、省エネ性能強化の動きが加速している。断熱等級5以上を長期優良住宅の基準の1つとし、住宅ローン控除や不動産取得税の減税、住宅ローン金利の優遇など各種メリットを用意。自治体も断熱等級に応じた補助金を設定するなど、国と地方が連携して高性能省エネ住宅の普及を推進している。ただし、断熱材の増量や太陽光発電設備などの導入で建築費が上昇し、支援制度はあるものの、消費者が積極的に省エネ住宅を選択する動機にはなりきれていない側面もある。
そもそも人が住まいを求めるのは暮らしの質を高めるためであり、省エネを目的としているわけではない。そこで、省エネ以外の付加価値が注目されるようになった。その1つが「省エネ住宅が健康的な暮らしに貢献する」という点であり、近年はエビデンス(根拠)を示す調査が進む。代表例が国土交通省のスマートウェルネス住宅等推進調査事業による「断熱改修等による居住者の健康への影響調査」だ。14~18年度に2,310軒(4,131人)を対象とし、改修前後でヒートショック要因となる血圧や活動量を測定した結果、「暖かな住まいで健康診断数値が改善」することが報告されている。
このほか「暖かい住宅の普及率と患者数の関係」でも、普及率が高い自治体はそうでない自治体に比べて、高血圧性疾患や脳血管疾患の患者数が少ないことが明らかになった。25年、団塊の世代の平均年齢が75歳以上となり、日本はかつて経験のない超高齢社会を迎える。財政難と医療・福祉人材不足を背景に、国は「病院・施設から在宅へ」という流れを強めており、住宅の断熱性は一層重要性を増している。これまで欧米に比べて断熱性能に無頓着だった日本でも、高齢化の進行とエビデンスの蓄積によって価値観が転換しつつある。【図③】

鹿児島大学が「入浴時警戒情報」
鹿児島大学は23年から冬期(11~2月)に浴室内突然死を予防する〈入浴時警戒情報〉を提供している。期間中、同大のホームページやテレビ・新聞の気象予報で毎日確認できる仕組みだ。入浴死は主に65歳以上で多発し、突然死全体の10%以上、年間約1万4,000件と交通事故死の3倍に達する。警戒情報は同大学院医歯学総合研究科が県内の入浴死検視症例を地域別に疫学解析し、気象予測データからリスク指数を算出したもの。住まいと健康をエビデンスで結び付ける研究成果が、具体的な社会実装化されている好例といえよう。

レジリエンスという価値
光熱費削減など、経済的なメリットの啓発も重要だろう。たとえばZEH仕様の新築住宅では、太陽光発電による電気代の削減や余剰電力の売電収入、断熱性能の高さによる冷暖房費の減少といった“お得さ”に加え、国や自治体の補助金や住宅ローン金利の優遇措置も利用できる。ここまでは比較的知られているが、「省エネ住宅として評価が高いので中古市場でも売れやすい」「賃貸に出す際は光熱費の安さを訴求でき競争力がある」「最新素材の採用で断熱・耐震性能が高く長寿命のため修繕コストを抑えられる」などの資産価値に関わる側面は、消費者に十分認知されていない。

住まいのレジリエンス性を
高めるものといわれている
このほか、災害時のレジリエンス性の高さも見逃せない。停電で冷暖房が使用できなくなっても、省エネ住宅は一定時間室温を保てる。さらに太陽光発電設備があれば最低限の電力を確保でき、その結果、ストレスの多い公共避難所を避け、住み慣れた自宅で過ごす“在宅避難”の可能性が高まる。これは高齢者や子どもなど、いわゆる「災害弱者」にとってとりわけ重要だ。こうしたレジリエンス性は、金銭には換算しにくい価値である。
近い将来の発生が想定される南海トラフ巨大地震などの未曽有の災害リスクに加え、豪雨災害が頻発する現在、レジリエンス向上は住宅産業に課せられた重大な社会課題であることを改めて指摘しておきたい。
現実視され始めた3Dプリンターハウス
住宅産業が未知なる状況に直面しているのは、地球温暖化による気象変動や超高齢化・少子化に限らない。住宅供給の現場や仕組みにも、その影響は顕著に表れつつある。
【図④】は大工の就業者数推移を示したものだが、最も多かった1980年の93万7,000人から2000年には29万8,000人へと68.1%減少した。なかでも深刻なのは、将来を担う30歳未満の大工の割合が7%まで落ち込んでいる点である。それでも住宅施工の現場が成り立ってきたのは、木造住宅のプレカット化など施工の合理化で大工不足を補ってこられたからだ。
しかし、結果的に大工の賃金は抑えられ、若年層には「大工職は稼げない」というイメージが定着した。すでに住宅大手を中心に若手大工や職人の囲い込みが始まり、受注しても建てられない事業者も出ている。この流れを受け、DX(デジタルトランスフォーメーション)によるさらなる合理化が模索され、なかでも「3Dプリンターハウス」の普及を現実視する企業が増加。試験施工も活発化している。また、建設業界ではBIM(Building Information Modeling)が革新を進めるが、生成AIの進展はその飛躍を加速させるだろう。
暮らしの側面に目を移すと、今後普及が期待されているのが、スマートホームである。IoTとAI技術を活用し、家庭内スマートデバイスを連携させ、利便性を向上させる住宅を指す。たとえば外出先からスマートフォンで家電を遠隔操作したり、高齢者や子ども、ペットを見守るといった事例がある。音声操作で照明を調光する、といった連携もすでに可能だ。

とはいえ、実装成功例はまだ少ない。自動でカーテンを開閉する仕組みもあるが、専用センサーや開閉機構が必要で、コストが高い。従来家電の耐久性が長いため、スマート化のためだけに買い替える動機も弱い。つまりスマートホームは、まだ「必需品」には至っていない。それでも社会課題解決への期待は大きく、最近はスマート端末と宅配ボックスを連携させ再配達を不要にする仕組みが普及し始めた。これは「2024年問題」に直面する運送業界の効率化に資するとともに、消費者にとってもスムーズな荷受けが可能になる。
省エネ、高齢化対策、防災など多面的な社会課題と結び付けたスマートホーム展開には、大きな可能性がある。住宅産業の事業者は本来、暮らしに密着しユーザーニーズを熟知している。市場が大きな転換期を迎える今こそ、蓄積した住まいの知見とアイデアを応用・活用することが強く求められている。
【田中直輝】

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