鹿児島大学名誉教授
ISF独立言論フォーラム編集長
木村朗
今年4月29日で就任100日を迎えたトランプ大統領は、ウクライナ問題ではトランプ政権発足以来、停戦の実現と戦争の終結に向けて積極的に動いてきました。トランプ大統領は、そう遠くない時期での米露首脳会談開催と4月20日までにウクライナ戦争を終結させることを目指していたとも伝えられています。
ここで、ウクライナ停戦交渉の具体的経緯と停戦実現に向けた課題・問題点を考えてみたいと思います。
1.トランプ・ゼレンスキー首脳会談決裂が意味するもの
ウクライナ問題でトランプ大統領は、1月20日の政権発足以来、プーチン大統領との2月12日の電話会談に続き、米露高官協議を2月18日にサウジアラビアの首都リヤドで開催するなど、ウクライナでの停戦の実現と戦争の終結に向けて積極的に取り組んできました。
トランプ大統領が、プーチン大統領との米露首脳会談開催についての準備を着々と進めるなかで、ウクライナやヨーロッパ抜きの米露だけのトップ交渉には強い反発も出ていました。
こうしたなかで、トランプ大統領は、2月28日に急遽ウクライナのゼレンスキー大統領との首脳会談をワシントンで行いました。この会談にはヴァンス副大統領も同席しました。
この会談の途中から、4月20日までにウクライナ戦争を終結させることを目指しているトランプ大統領はロシアの賠償と自国の安全保障確保などウクライナの国益だけを一方的に主張するゼレンスキー大統領に対していらだちを隠そうとしませんでした。話し合いの終盤にかけてトランプ大統領に助け舟を出すかたちで会話に参加したヴァンス副大統領とゼレンスキー大統領との間で激しい言い争いが展開されました。
結局、今回の首脳会談は前代未聞のかたちで物別れに終わりました。その結果、予定されていたウクライナの鉱物資源の権益に関する合意文書は署名されず、共同記者会見も中止となりました。
2.トランプ・ゼレンスキー首脳会談の評価と波紋
ここで指摘しておきたい重要なポイントは、以下の通りです(敬称略)。
- トランプは、ウクライナ戦争はバイデンとオバマが引き起こした、自分が大統領であったら戦争は起きなかった、と明言しています。
この見方はシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授やフランスのエマニュエル・トッドさん、ジェフリー・サックスさんなどが前から指摘されていたことです。 - またトランプは、ウクライナ戦争はロシアの勝利ですでに決着がついており、今後ともその戦況は変わることはないとの現実的な状況認識をしています。
- その一方で、ゼレンスキーはウクライナの敗北を認めず、ロシアに領土返還だけでなく、ロシア側に賠償さえも求めています。これは実現不可能なことで幻想にすぎません。
- いま一番重要なことは、一日も早く停戦を実現してこれ以上の犠牲者を出さないようにすることです。そのためにはいまは戦争の正当性を争うのではなく、戦況を正しく捉えたうえで現実的な解決策を模索することです。そうでなければプーチンを交渉の席に着かせることは不可能です。
- ゼレンスキーが強気なのは、イギリスやフランスがウクライナ支援を続けて戦争が継続することを願っているからです。
- ウクライナやヨーロッパのロシアに対する強硬な対応は最悪の場合、核戦争を含む第三次世界大戦を招きかねないものです。それはある意味で狂気であると言わざるを得ません。
- トランプはそのことを恐れているからこそプーチンに対して柔軟な対応を取っているのです。
- ゼレンスキーは昨年の段階で選挙の洗礼を受けていないある意味で非合法な大統領となっています。そのゼレンスキーは、アメリカなどの要求で今後実施される予定の大統領選挙で落選するか、その前に辞任する可能性があります。
またこのトランプ・ゼレンスキー首脳会談について、国務長官のマルコ・ルビオ氏は次のような見方を明らかにしています([米国ルビオ国務長官がCNNに出演〜会談の裏側を語る(全訳)]からの抜粋。
https://ameblo.jp/gikou89/entry-12888434460.html:
「Rubio points finger at Zelensky for breakdown of Trump meeting」(CNN、2025/3/1)
https://www.YouTube.com/watch?v=d1-bnv0YWbc)。
- ウクライナ戦争の長期化はバイデンの戦略だった。
- ゼレンスキーも意図的に戦争を続けようとしているのではないか。
- 彼(トランプ大統領)は選挙運動中からこの戦争は始まるべきではなかったと述べており、もし彼が大統領であったならば、この戦争は起こらなかっただろうと信じていますし、私もその考えに同意します。
- 彼はこの紛争を終わらせようとしています。我々の計画は非常に明確であり、それはロシアを交渉の場に引き出し、和平の可能性を探ることです。
- 今日署名されるはずだった合意は、アメリカが経済的にウクライナに関与することを約束するものでした。これはある意味、我々の関与を通じた安全保障の保証ともいえるでしょう。
私もこのようなマルコ・ルビオ氏の見方は、概ね妥当だと思います。いずれにしても、ロシア側に圧倒的な有利の現在の戦況を踏まえたうえでの現実的な領土・国境線確定やウクライナのNATO非加盟に向けた合意が今後、本当に実現できるのかが注目されるところです。
3.トランプ・ゼレンスキー首脳会談後の新たな動き
トランプ大統領はゼレンスキー大統領と2月にホワイトハウスで激しい口論となって以降、初めての会談を4月26日にバチカンで行いました。
トランプ大統領はゼレンスキー大統領について、「より冷静になっている。状況を理解し、合意を望んでいると思う」と述べるとともに、「よい会談だった。うまくいったと思う。これから数日間、なにが起こるか見てみよう」と評価し、停戦に向けた進展に期待を示しました。
トランプ米大統領はこの会談に先立つ23日に、ゼレンスキー大統領が南部クリミア半島をロシア領として認めない考えを示していることに関し「ロシアとの和平交渉で非常に有害だ」と不満を表明していましたが、今回の会談ではクリミア半島は議題に上らなかったと思われます。
ゼレンスキー大統領はバチカンでの首脳会談について、「もし共同の成果に達することができれば、歴史的なものになる可能性をもつ、非常に象徴的な会談だった」と投稿しました。ゼレンスキー大統領にとってこの首脳会談は、ロシアのプーチン大統領寄りの姿勢を見せるトランプ大統領を、ウクライナ側に引きつけられるかの重要な機会でしたが、その成果があったかどうかは今後の交渉の展開次第かもしれません。
一方、ロシア軍がウクライナに対し、無人機やミサイルで大規模な攻撃を行っていることについて、「非常に失望した。停戦に向けて協議を行っているのに爆撃したことに驚き、失望している」と改めて批判しました。そしてロシアのプーチン大統領に対し、ウクライナの民間地域を攻撃すべきではないと主張、ロシアと取引する第三国を制裁対象にする2次制裁が必要かもしれないと述べました。
このロシア軍によるウクライナの首都キーウへの攻撃はそれ以前に行われたウクライナ軍によるロシア軍幹部暗殺事件への報復として行われたとの見方もありますが、トランプ大統領の発言はそうした経緯を踏まえたものであったかは不明です。
(つづく)
2925年5月9日
木村 朗(ISF独立言論フォーラム編集長)
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☆ISF独立言論フォーラム主催の公開シンポジウム「トランプ政権とウクライナ戦争の行方 ~戦争終結に何が必要か~ 」(2025年が3月30日に開催)
・第一部 立命館大学名誉教授の安斎育郎氏
・第二部 元外務省欧亜局長・東郷和彦氏、青山学院大学名誉教授の羽場久美
子氏
・第三部 政治団体「一水会」の木村三浩代表、アジアインスティチュート所長のエマニュエル・パストリッチ氏
・パネルディスカッション前半:第四部
・パネルディスカッション後半:第五部
☆ISF主催公開シンポジウム「ウクライナ情勢の深刻化と 第三次世界大戦の危機」(2024年9月30日に開催)
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