令和の米騒動に見る食の安全保障

令和の米騒動に見る食の安全保障    昨年春ごろから、スーパーのチラシの特売品からコメが消えた。特売だけでなく、通常の売場の棚も空になった。しかし、コメだけに目を奪われてはいけない。今、訪れているのは「食の大きな曲がり角」かもしれない。

 コメが連日話題になるのは、それが主食であり、日常の暮らしに深く根付いているからだろう。直近のデータでは、1世帯あたりのコメの年間支出は約1万5,000円、1人あたりの年間消費量は約50kgだ。これは、団塊の世代が育ち盛りだった1960年代の半分以下である。

 コメの値上がりが顕著になったのは、昨年夏ごろからだ。それまで5kgで2,300円前後だった価格が6月には2,500円を超え、8月には2,700円に達した。消費者は価格に敏感だ。このころから買いだめが始まり、店舗の在庫が急速に消えた。品薄になれば価格が上がるのは経済の原則である。今年に入ると、5kgの価格は4,000円を超えた。品薄の理由がはっきりしないのが不思議だ。1世帯の月間消費量は約10kg程度で、コメは半ば生鮮食品ともいえる。多くの消費者が数カ月分を買いだめすることは考えにくい。生産量が激減したわけでも、新たに大きな需要が生じたわけでもない。そんななかでの値上がりに、消費者は漠然とした不安を抱く。

 これに乗じて、政治家が政府備蓄米を活用したパフォーマンスを展開する。マスコミもそれをあおる。備蓄米の放出はその典型だが、なかには「備蓄米を酒造業者に」という声まである。しかし、酒造用のコメと主食用のコメは品種や精米の程度が大きく異なるため、実際には使用できない。こうした知識や情報がないまま、目先の受けを狙うのは政策ではなく、政術にすぎない。

 コメの価格は市場原理で決まる。品薄であれば価格が上がるのは当然だ。そう考えると、農林水産省が発表する生産量データ自体に問題があるのではないか。消費と生産のバランスが取れていれば、大きな価格変動は起こりにくい。減反や転作でコメ農家をコントロールしてきた結果や、作況指数の問題も疑われる。さらに、消費者の「コメ回帰」も影響している。価格上昇と前後して、購入量が従来比で3割近く増加したデータがある。急激な消費増だ。インバウンド需要の増加も一因としてささやかれるが、世帯消費が3割増えれば市場はたちまち行き詰まり、価格上昇の直接的な原因となる。

真実は何か?

 現実を確認するには、関係業者に話を聞くのが有効だ。コメの出荷業者や仲買業者は現場の事情に精通している。生産量が少ないという情報に接すると、彼らは在庫確保に奔走する。長年の取引先を失うリスクを冒すわけにはいかないからだ。価格の高低よりも、品物の有無が問題である。実際に、先物取引での高値買いも発生している。これは、政府発表とは異なり、現場の生産量が大幅に減少している実感があるからだ。

 今後の米価はどうなるのか。福岡の卸業者によると、昨年の高温気候の影響でコメの精米歩留まりが悪かったという。生産量自体は平均的だったが、市場評価の高い一等米が極端に少なく、二等米やくず米が目立った。そのため、小売業者への安定供給に不安が生じ、生産者からの買い取り価格が上昇し、それが店頭価格に反映された。さらに、円安やウクライナ戦争による小麦製品の価格上昇が、コメへの回帰を加速させた。しかし、備蓄米の放出と店頭販売により、「売り手市場から買い手市場」への転換が始まっている。これは卸業者にとって大きな問題だ。価格設定を誤れば、大きなリスクが生じる。彼らは変動する市場を注視しながら、複雑な売買戦略を練っている。

 コメの供給が十分か不足しているかは、この秋になれば明らかになる。もし大幅な生産量不足が確認されれば、事態は深刻だ。高価格が定着し、消費者にとってコメは安い方が望ましいが、生産意欲をそぐほど低価格では困る。農家にとって利益がなければ、生産の喜びも将来性も見いだせない。利益のない産業に人は集まらない。最終的には生産農家の消滅につながる。

 実際、コメ農家の平均年齢は70歳を超えている。この事実が生産環境の深刻さを物語る。「時給10円」と冷やかされる兼業農家が、多少の米価上昇で一斉に増産に踏み切るとは考えにくい。

 スーパーマーケットの売場をよく見ると、値上がりはコメに限らない。しょうゆやみそなどの調味料、カップ麺、菓子、小麦粉、果物のリンゴやミカンも軒並み高騰している。なかには価格を据え置き、内容量を減らした商品もある。生鮮食品も同様だ。たとえば、刺身は従来の一切れ10g程度から7~8gに薄くなり、寿司ネタも小さくなっている。リンゴのように調整が難しいものは、そのまま大幅な値上がりだ。価格を見て、思わず手を引っ込めてしまう。

 世界の人口は80億を超え、間もなく100億人に近づく。現在のところ、食糧の生産と消費のバランスは取れているが、地域や経済状況による格差は大きい。国家間の貿易は、政府の決定で輸出入が突然停止されるリスクがある。かつて「甲子園球場の内野が芋畑になった」歴史を思い出し、米騒動を機に、政治には「食は国防並みに重要」という戦略的認識を改めてもってほしい。

【神戸彲】

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