【業界を読む:コメ業界】米価統制の代償、価格介入が壊すコメの市場原理と農の安全保障

 米価上昇が続くなか、政府は流通の「ブラックボックス化」や業者の利益拡大を問題視し、価格引き下げに動いた。しかし、それは市場メカニズムを歪め、農家の経営判断と増産意欲を削ぐ結果を招いている。価格統制でも農家保護でもなく、価格形成を市場原理に委ねることこそが、価格安定への一歩となる。食糧安全保障の面も含めて、本当に守るべきものは何か。

感情に流れる政策 数字が語る現場

 6月5日、小泉進次郎農水相は農水委員会で「米の流通はほかの食品と比べても極めて複雑怪奇」とし、「ブラックボックスがある、という指摘が多々寄せられている」と述べた。また「社名は言わないが、ある大手米卸業者の営業利益は前年比500%」だと中間流通業者を悪者に仕立て上げた。消費者から喝さいを浴びたが、実情を知る農家や流通業者ら関係者からは「現実を無視した表層的な理解」と落胆の声が聞かれる。

木徳神糧(株)の米穀事業業績推移

 「前年比500%増」という小泉発言は、コメ卸大手の木徳神糧(株)の2025年12月期第1四半期決算に基づくと見られている。同社のセグメント別業績における米穀事業の営業利益は24年同期の3億9,500万円から19億2,900万円へと増加した。数値のインパクトは大きいが、同期の営業利益率は6.19%。たしかに卸売業としては高水準ではあるものの、24年12月期の同四半期は1.61%、さらにコロナ禍が直撃した20年12月期は通年でわずか0.31%にすぎなかった。数年にわたって米卸が低収益で推移してきたのが実情だ。大臣が「250%超」と指摘したと見られる(株)ヤマタネの営業利益率は4.6%。悪い数値ではないが、暴利とはいえない。

 米の流通構造が異質なのは事実だろう。約3カ月間の収穫量を集中的に買い付け、12カ月かけて販売する。JAなど流通業者は年間を見据えて在庫管理と出荷のタイミングを調整している。需要が突発的に増えたからといって即座に在庫を全量放出すれば、秋の収穫前に市場から米が消える危険性がある。農業全般に詳しいある大規模農業家は、「吉野家から牛丼が消える事態が起きかねない」と警告を鳴らす。

 また、先の「ブラックボックス」発言も「(米を)隠し持っている」という言説の引き金となりJAや中間流通業者に対する消費者の不信感を高めた。「米にもトレーサビリティを導入すべき」という声も上がったが、米トレーサビリティ法は2010年より段階的に施行されている。取引に関する記録作成・保存が義務化され、事業者間や消費者向けに産地情報の伝達も義務づけられている。取引記録には、品名、産地、数量、日付、取引先、搬出入場所などが明記されており、事業者間での流通ルートや消費者への産地表示も義務づけられている。

米穀3社の業績

価格上昇の本質は需給ギャップ

 このようにJAや中間流通業者を悪玉に仕立てる言説が流布されるなか、米価上昇の実際の原因について業界関係者は一様に「需要が供給を上回った結果にすぎない」と指摘する。

 「平成の米騒動」が起きた1993年産では、総需要971万tに対して記録的冷夏により生産量が783万tにとどまった。その結果、現在の備蓄米制度が始まった。2003年産でも供給不足が起きたが、それ以降は需要が徐々に減少し続け、需給バランスも大きく崩れることはなかった。とりわけコロナ禍においては業務用需要の落ち込みもあり、需要は大きく減退していた。

 こうしたなかで23年産の生産量791万tに対して総需要が804万tと、11年産以来12年ぶりに需給が逆転、「令和の米騒動」の引き金となった。長年にわたって多くの生産者を採算割れに陥れる水準で推移していた米価が、ここにきてようやく労働力や投入資材・肥料のコストに見合う水準に達しつつあった。だが政府は、米価格の高騰を政治問題化するかたちで価格引き下げを実行した。多くの生産者が意気消沈した。複数の生産者は減反政策については「相応な理由があった」と否定していないが、流通業者は「需給を的確に把握して来なかったことが問題」と指摘する。「どうせ備蓄米を放出するのであれば半年早期に供給不足を認めて手を打っていれば局面は変わった」とも指摘している。

 また、価格が下落し始めるなかで、先述の大規模農業家は今後の事業環境の悪化を予測する。今年の新米と備蓄米、流通が始まる輸入米が市場に流れ込んでくる。すでに今年度産を高値で契約している中間業者は逆ザヤでの販売を余儀なくされる可能性があり、資金体力の乏しい企業は淘汰されていくという。

一般的な米製造・流通プロセス

競争力なき生産者と準備なき消費者が迎える未来

 佐賀県のある生産者は、23年産米まで1俵(60kg)あたり1万6,000円で販売してきた。自らの米に誇りをもち、「佐賀の米は本当においしい」と胸を張る。離農する先輩からの依頼もあり借り入れ面積を増やしてきたが、1枚あたりの面積が小さく生産性を上げるのは難しく、収益確保に苦慮しているのが実情だ。徐々に買い上げ金額が上がってきたが「せめて3万円は欲しい」と語る。

 今回の政府介入は米生産者から価格決定権を奪うことになりかねない。こうしたなかで収益を上げている先述の農業事業家は「自分で買手を見つけることが重要」と語る。また「今は消費者が価格に敏感になっている。おいしいお米を価値相当の値段で売るチャンス」とも指摘する。実際に北部九州で一定規模を生産する米事業家は「食品メーカーや飲食店らと直接契約をしている。体制に影響なく安定供給をしていくだけ」と一連の騒動から距離を置く。先述の大規模農業家は、「顧客をもたない生産者、調達先をもたない消費者」の先行きを心配する。「補助金支給はさらなる値引きを余儀なくされるだけ。海外産野菜との価格差がなくなったことを経験してきた。米でも同じことが起こる。海外が米を安く売ってくれなくなる」と語る。

水稲作付事業体推移&消費者購入単価

農地保有自由化へ舵切る“小泉改革”

 令和の米騒動をめぐる政府の対応は、米の適正価格をめぐる問題だけでなく、日本の食糧安全保障をも脅かす事態を招きつつある。食糧安全保障というと世間的には食糧自給率の面からばかり語られがちだが、先述の農業家は株式譲渡制限のない企業が農地を保有することこそ安全保障に関わる重大事と見ている。すでに小泉農水相が「岩盤規制を壊す」と発言し「農地所有適格法人」の規制解除を匂わす。安全保障を脅かしかねない政策に鋭敏な農業関係者らは、政府はもはやそこに舵を切ったと判断している。

 現実には農業はすでに自由化されている。現在、上場企業や株式の譲渡制限のない株式会社は農地を保有できないが、農地を借りて農業に参入することは可能だ。現在の仕組みでは「農地中間管理機構」が仲介に入り、企業は農地を賃借するかたちで農業に参入できる。この場合、農業生産の実態があるかどうかを定期的にチェックし、耕作放棄が確認されれば賃貸契約を見直すこともある。賃貸であれば農地法の枠内で制御が効く。外国人や海外企業による土地の所有をめぐっては、現在すでに、たとえば、海外在住の外国人が関東地区の田舎に土地を買い、そこに都市部から持ち込んだ物品を放置する事例などが発生しているという指摘もある。固定資産税も取れず行政はお手上げだといい、これから農業でも同様のことが起きる可能性がある。

 すでに複数の上場企業の子会社が農業で事業化に成功しており、本気でやろうと思うところは現状でも参入可能だ。長期ビジョンをもてない企業が、採算化前に撤退しているのが現状だ。

 また、先述の「農地所有適格法人」の規制解除となればその管理網が崩壊する。農業家が警鐘を鳴らす未来は、外資による中間流通M&A、農地保有、その後に訪れる価格の乱高下と、耕作放棄地の増加だ。激変するのは間違いないが、短絡的に価格下落を喜んでいる消費者が望む未来ではない。

米を巡る主な動き

【鹿島譲二】

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