九州の観光産業を考える(34)陽炎に揺らめくEXPO2025(1)

前提となる未来予想図

Society1.0からSociety 5.0への変遷(内閣府HPから引用)
Society1.0からSociety 5.0への変遷(内閣府HPから引用)

 日本政府が主催者の一翼を担う大阪・関西万博2025は、我が国の未来社会像であるSociety5.0の実現に向けた実証実験と位置付けられているとのこと。内閣府HPでは、Society5.0を「持続可能性と強靭性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」と記す。これに先立ち、第5期科学技術基本計画で提唱されていた「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」というSociety5.0のひな型が、夢洲会場の下絵にあるのだろう。このたびの博覧会では、その具体像としてAIやIoT、ロボティクス、ビッグデータなど(=サイバー空間)の先端技術の活用を標榜し、来場者へ向け、将来の日常生活内(=フィジカル空間)でのその寄り添いようを実展示で垣間見せようということだ。

 国家が実装を描く高等な社会テーマを、筆者1人の単日取材で見定めようはずもない。直射日光に焙られ、喘ぎ喘ぎ歩いて揺らぎ見えた会場内の様子を、拙い所感として述べるに留める。できるだけSociety5.0の未来像を現代の観光行動に投影し、リファレンスすることを試みるが、まとわりつく暑気とユスリカを払うのに気を奪われ、陽炎のようで、またぼやきめいた評論となることをお許し願いたい。

人工島・夢洲の荒野

 博覧会開幕準備期、工事区ごとに請負事業者は従業者の顔認証を実施し、出退勤管理をしていたと聞く。Society5.0への模範的な導入実験を開幕前に舞台裏で試行していたなんて、東京への対抗心を隠さない浪花の進取性ある気骨を思わせる。そのビッグデータ(?)を各工区横断的に何かの裏付け予測に利用していたかは不明だが、給料や通勤費の計算根拠にするだけで浪花商人がとどまるはずはないと信じたい。

 一方、海っぺりの荒野では、工事関係者によるウェブ会議が頻繁に催された。しかし、通信環境は快適ではなく、しばしばフリーズに悩まされたようだ。それまで人も住まず社会活動のなかった荒野に、十全な容量のインターネット回線が敷設されてはいないだろうし、心もとない電波受信表示に高速・大容量、低遅延、多数同時接続を期待するのも過大だ。博覧会不要の世評に抗い、受注業務に勤しむ関係者が工事を完遂できたのは、スマートなSociety5.0像ではなく、浪花のド根性か浪花の柔らか発想によるものだったのだと考える。

 晴れて迎えた開幕、東西のゲート前では気を急かせ参集した大勢の来場者のスマホに、公式アプリがなかなか起動しない。前もって、小さな液晶モニター越しに入場券購入システムへ入り込み、念入りと言おうか幾重にも仕掛けられた条件設定を根気強くクリアし、ようやくたどり着きゲットした自身の電子チケットが表示できない。表舞台となった荒野に立ちはだかるゲート前で、たとえ運転免許証やマイナンバーカード、健康保険証を掲げ見せ、入場資格者当人であることをフィジカルに訴えたところで、Society5.0世界のとば口たるサイバー空間は入場を許さない。

開場前のゲート外側ではパビリオン入館予約に大勢が“ポチッとな”競争に参戦
開場前のゲート外側ではパビリオン入館予約に
大勢が“ポチッとな”競争に参戦

 来場者は各自にスマホチケット購入を通信環境の整った場所で行ったので、まさか威力発揮最初の入場すんでで、チケット購入に費やした努力を嘲笑われる仕打ちに出くわそうとは、上方漫才の本場といえども、笑えないボケツッコミにずっこけただろう。青ざめた博覧会協会は、通信各社の移動基地局車をゲート付近へ配備し、当初の急場はしのいだ。現況、1日平均13万人程度の入場を捌けているが、博覧会成功の免罪符=総入場者目標値達成を賭けて、会期後半に1日当たり20万人を超える大量動員を幾度も計ったり、Society5.0像のクライマックス演出に、通信環境でいえば6Gレベルに相当するイベントを仕掛けたりしたら、スマホ画面で待機状態を示す渦巻は会場至るところでぐるぐる回り続けやしないだろうか。

 当初目指した「並ばない万博」は、待たせるのもレジャー構成要素の捨て置けない一片であると納得していただける方便を、主催者として用意しておくのがよさそうに思う。

入場前にヒト改め

 転売・なりすまし防止、あるいは万博IDを登録することによる効率重視のDX管理を前提とする電子チケットは、紙のチケット発行を古生代の三葉虫のごとく絶滅せんとし、入場手続きから各パビリオン入館予約がすべてスマホ(インターネット)を通じたスマートな運用へ仕向けられた。が、入場ゲートでチケットが素早く表示されたとしても、持ち込み物の検査は別の手間として求められる。2001年9.11の同時多発テロ事件以降、大規模なイベントやテーマパークでは、セキュリティ態勢が強化された。入場時に手荷物検査が実施されるようになり、余計な時間とストレスを客へ強いることとなった。日本社会でも、通り魔的な犯罪行為は近頃珍しくない。当博覧会では弁当や飲み物の持ち込みを認めているし、身体検査や手荷物検査で少々の入場遅延や不快感はやむを得ないと甘受する人がほとんだと思うが、待たせない並ばない博覧会を謳った手前、ちょっとしたチグハグ感は残る。

パビリオン/イベント当日登録端末のモニター画面でも、確定までにそれなりの思案と手間を要す
パビリオン/イベント当日登録端末の
モニター画面でも、確定までに
それなりの思案と手間を要す

    Society5.0なら顔認識やら、凶器類・爆発物一切合財を透視し排除するAI駆使の手荷物検査装置で、危険因子排除は可能になっているのかもしれない。が、現在は金属探知ゲートをくぐらせる、怪しげな人物にはボディチェックを行う、不審物へは探知犬に匂いを嗅がせる、といったところが精一杯か。この博覧会、入場券や各パビリオンの入場予約はスマホチケットで手早くこなそうと図る一方、セキュリティはいまだ人の目によるチェックに頼るしかなさそうだ。鞄類を持ち主本人に開けさせ、係員が中を覗きこむ。同時に周辺視野や聴覚、嗅覚を駆使し、不審な挙動、定まらぬ視線、虚言妄言、やましい心で脈打つ心拍数、怪訝な緊張で汗ばむ人物の放つ体臭などで検める。

 ディズニーランドでは鞄のなかに係員が直接手を差し入れて触れることはせず、専用のスティックで中身をつつき動かし確認。破損や紛失が生じた際に、訴訟対象にならないようアメリカ流の仕儀であったが、インバウンド含め大勢の外国人が来場者に含まれるなか、万博係員は慎重に、ゆっくり急ぐレトロでフィジカルな対応をせざるを得ない。

寄らば大樹の陰

大屋根リングの足元は混んではいても、田園のあぜ道で一服するような安堵の光景が連なる
大屋根リングの足元は混んではいても、
田園のあぜ道で一服するような
安堵の光景が連なる

    この博覧会のシンボル、大屋根リング。呼び物となるはずだった空飛ぶタクシーも自動運転バスも不具合が生じ、早々に桧舞台から退いている状況だが(※バスは6/25に5台中2台がシステム改修を終え運行再開)、集成材による巨大な環状舞台は1人奮起し、この博覧会のレガシーを背負う。

 全周2,025mという木造構造物には分散して5カ所、エスカレーターが設けられ、20mの高みへ来場者を運び上げる。エスカレーターの乗り方で東京と大阪の、文化というか思考回路というか、違いがよく引き合いに出されるが、博覧会では昇降ステップ左右どちらのレーンを空けるでもなく、皆歩かず2列で乗っている。屋根リング上に未来行きの列車が待機しているわけでなく、乗車時刻に慌てる必要はないのだし、せかせかと混み合う地上の様子を、昇天しながらゆるり眺めるのもSociety5.0へのアンチテーゼかとも。

 現世のヒトの欲求を描き出しているのが大屋根リングの下部、グラウンドウォーク。会場全体の日除け・雨除け代わりは想定通りだが、居心地良かったSociety2.0の地べたを人々は、生来の本能の声に耳を傾け役立てている。農耕社会の様相が丸い細胞膜のごとく、リング内側で背伸びしてみせるSociety5.0幻想を、大らかに包み込む構図に見える。

草花80万株を冠す大屋根リング上では植栽保守管理部隊が大汗を掻いている
草花80万株を冠す大屋根リング上では植栽保守管理部隊が大汗を掻いている

 大屋根リング天蓋の遊歩道は、8区画に分け運営監視されているらしい。炎天下、日傘を差して周遊している人たちのなかには、円周外の大阪湾や円周内の会場造作を眺めているうちに、視野が霞み倒れ込む人も発生する。その対応はまだロボットが担ってはいない。最初に駆け付ける博覧会スタッフは、米国の警官が肩上に装着しているようなリアルタイム映像送信のカメラを通じて運営本部とやりとりし、医療関係者の的確な指示を得ながら対応に努める、という筆者が勝手に想像したSociety5.0版巡回運営ではない。Society5.0の医療・介護はオンライン診療、遠隔操作による手術、ロボット介護、AIによる支援が例示されるが、当博覧会はSociety3.5くらいのフィジカル運営で昏倒者を救護する。


<プロフィール>
國谷恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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