こんにちは、歯科医師の大村豊です。「健口から健康へ」第7回は、美容と舌トレーニングの意外な関係に注目します。肌のターンオーバーや姿勢改善といったテーマは、一般的には化粧品や運動習慣で語られることが多いですが、実は「舌の使い方」も見逃せない要素なのです。毎日のちょっとした意識の差が、顔の印象や全身の健康にまで大きな影響を与えます。
口元を整えて美肌へ
私たちの印象を大きく左右するのは顔の中心にある口元です。口呼吸や噛み合わせの乱れは、見た目に悪影響をおよぼすだけでなく、筋肉や皮膚のバランスを崩し、たるみやしわの原因となります。こうした問題に対応する方法として注目されているのが“MFT(口腔筋機能療法)”です。舌や口の周囲の筋肉を鍛え、正しい位置に戻すことで、噛み合わせや呼吸のバランスを改善する訓練法です。
舌をストレッチして動かすと、顔全体の血流が活発になり、肌のターンオーバー(細胞の生まれ変わり)が促進されます。その結果、透明感のある健康的な肌が育ち、自然なツヤが生まれます。さらに表情筋も活動的になり、頬や口角が引き上がることで、明るく若々しい印象を与えるのです。つまり舌のトレーニングは、美容医療や化粧品に頼らずとも、自らの力で美肌を育てる手段といえます。
舌の力が全身を変える
舌の働きは口の中にとどまらず、全身のバランスや健康にも大きく関わっています。舌の筋力が低下すると、頭や首を支える力が弱まり、ストレートネックや猫背、さらにはO脚などの姿勢不良につながります。これらの姿勢の崩れは呼吸の浅さや血流不良を招き、肩こりや腰痛の原因にもなりかねません。逆に舌圧を高め、舌を正しい位置に安定させることで、骨格のバランスが整い、自然に良い姿勢が保てるようになります。
また舌トレーニングは「咀嚼習慣」の改善にも直結します。よく噛むことの大切さは知られていますが、実際に一口30回噛むのは簡単ではありません。しかし舌圧が高まると舌が咀嚼モードに入り、無理なく噛む回数が増えていきます。噛むことによって唾液の分泌も促進され、消化器系が活性化します。とくに肝臓や胆のうの働きが高まり、胆汁分泌がスムーズになることで、食べ物の消化吸収が効率的に行われます。
その結果、食べ過ぎ防止や肥満予防につながり、血糖値の安定や代謝の改善といった効果も期待できます。さらに消化がスムーズになれば睡眠の質も向上し、肌の再生が促され、翌朝の顔色や表情が変わってきます。つまり舌の力は、食事・睡眠・美容・脳の活性といった生活全体の質を高める中心的な役割をはたしているのです。
舌ストレッチを習慣に
舌ストレッチの効果は、他の健康法では代替できません。化粧品のように外から働きかけるのではなく、体の内側から血流や代謝を改善する点が大きな特徴です。肌の若返り、姿勢改善、内臓機能の向上─そのすべてを同時に支えるのは、舌を意識して鍛える習慣ならではです。
もちろん、効果を得るには継続が必要です。一度や二度のトレーニングでは変化を感じにくいかもしれませんが、毎日数分間でも舌を意識して動かすことで、数週間後には肌の調子や表情の変化、姿勢の改善を実感できるでしょう。さらに長期的には、疲れにくさや集中力の向上といった効果も期待できます。
「健口習慣」を意識することは、健康と美容を両立する第一歩です。歯みがきやスキンケアと同じように、舌ストレッチを生活習慣の一部に取り入れてみましょう。毎日の小さな積み重ねが、明るくいきいきとした日常をつくり出します。
Let's Try! Tongue Stretching.
歯科医師 大村豊(おおむら・ゆたか)
1964年3月23日福岡県柳川市生まれ。福岡歯科大学卒業後、大学院で舌の発生学を研究。2002年10月に福岡市百道浜で大村歯科クリニックを開業し、予防歯学を重視した診療を展開。オーラルフレイルに早期から着目し、独自の口腔機能向上プログラムを通じて患者の生活の質向上を図る。現在も「口の健康が全身を支える」という信念のもと、研究と臨床の両面から口腔ケアの重要性を訴え続けている。