【新会長インタビュー】人口減少時代の広域連携と九州の新産業飛躍ではたす役割
(一社)九州経済連合会
会長 池辺和弘 氏
6月、(一社)九州経済連合会の新会長に九州電力(株)・代表取締役会長・池辺和弘氏が就任した。九州経済は、新生シリコンアイランドとして飛躍しつつある一方で、人口減少がもたらす社会や経済の構造変化など直面している課題も多い。九経連は県境を越えた広域経済団体として、観光、農業、人材育成、エネルギー戦略などを含めた諸課題に対してどのような視座をもつのか、話を聞いた。
(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役会長 児玉直)
深刻化する人口減少と
九州広域連携の視座
会長 池辺和弘 氏
──6月に就任された際に、九州として1つのまとまりをもつ構想を示されました。ところで、かつて20年程前には、(一社)九州経済連合会(以下、九経連)など主要経済団体と九州地方知事会とで構成する九州地域戦略会議が「道州制」の導入に向けた提言を出しました。そのときの提言では国・都道府県・市町村で重複する行政制度の改革の必要性などが訴えられ、九州が1つにまとまることが良いのではないかという動きでしたが、結局、うまくいきませんでした。
池辺和弘氏(以下、池辺) 当時はまだ政府の方で地方の自立ということに対して抵抗が大きかったのではないでしょうか。しかし、今は国も、地方で深刻化する人口減少問題などを背景として、それぞれの地域の実情に合わせてやっていくことが必要だという認識を示しています。
人口減少は九州のみならず日本全体が直面する深刻な問題です。私は大分県の現在は日田市になっている上津江村の出身ですが、私が小・中学生だった1970年前後に3,000人ほどいた人口が、今では1,000人程度まで減少しています。当時は村内の道路保全などを地域で協力して行っていました。しかし、過疎化が進んだ結果、もはやそのような機能を維持できなくなっている地域が日本中にたくさんあります。人口が減少するということは経済における労働力不足の問題ばかりでなく、社会を形成している地域や街が、それまでと同じ仕組みでは成り立たなくなるということです。これは過疎地ばかりの問題ではなく、都市部においても共有すべき問題で、これに取り組むために経済界として広域で連携することが必要だと考えています。
ただし、「道州制」とか「九州が1つの自治体になる」といった、都道府県に分かれている行政区域を1つにまとめてしまうとでもいうような言い方は慎重にすべきであると思います。より柔らかいアプローチで、まず経済における広域連携として九州各地域がまとまり実績を積み重ね、それぞれの地域の実情に合ったルールの運用を国に提言していくことなどを考えています。
──各地方自治体の首長との連携についてはどうですか。
池辺 九州地域戦略会議の構成メンバーである各県知事や経済団体トップは、九州の発展のためには一体的な取り組みが必要という思いを共有しており、各県知事や市長間もこれまでになく連携が取れていると思います。経団連が「新たな道州圏域構想」を打ち出していますが、経団連の十倉会長(当時)も九州地域戦略会議について「地域による率先した広域連携の良い例」として挙げており、全国的にも注目されています。
たとえば、福岡県内の自治体の首長についていえば、7月25日の朝から博多駅で『マイナビ ツール・ド・九州2025』のプレツアーセレモニーが開催されましたが、前日まで青森県で開かれていた全国知事会議に参加された服部福岡県知事も駆けつけてくれましたし、大変フットワークが軽く活動しておられる印象です。福岡市の髙島宗一郎市長と北九州市の武内和久市長の間でも「一緒に協力していこう」という気持ちが見え、かつてなく自治体の枠を超えた連携の機運が高まっています。
観光資源の宝庫「九州」
九州一体での誘客が必要
──具体的にどのような分野で連携を想定しますか。
池辺 インバウンド誘致といった観光面で連携が必要です。九州はすばらしい観光資源が無数にあるにもかかわらず、まだ十分に活用しきれていません。また、インバウンドを誘客するには、名前を覚えてもらうということがすごく大事で、「東京」「京都」は名前も観光地としての特徴もよく知られており、それを目当てに観光客が押し寄せます。九州にインバウンドにきてもらうには、個別の県名や地名を覚えてもらうのではなく、まず『九州』という名称で覚えてもらいリピーターになってもらうことが有効ではないかと思います。そのためには九州の各県が個別に行っている観光政策を連携させることが重要で、自県への観光客誘致だけではなく、九州全体としてインバウンドを誘致できるような戦略が必要だと思います。
九経連の具体的な取り組みとしては「九州MaaS」を推進しています。また、今年で3回目となる国際的な自転車ロードレース『ツール・ド・九州』を開催します。10月10日~13日までの日程で、開催地は長崎県、福岡県、熊本県、宮崎県、大分県です。自転車ロードレースは欧米で大変人気のあるスポーツで、広い地域にまたがるレース観戦を通じて地域の魅力を知ってもらうとてもよいイベントです。かつて2019年のラグビーワールドカップの際にも欧米の観光客が長期滞在していました。長期滞在を好む欧米からのインバウンドを呼び込む仕掛けとして、『ツール・ド・九州』が一大イベントとなるように取り組んでいます。
半導体関連・DCの集積と
エネルギー戦略の展望
──九州経済のこれからとして最も注目されるのはTSMCの熊本進出に象徴される半導体関連産業の進出ラッシュです。
池辺 九州全体がこのように盛り上がるのは実に何十年ぶりといってもよい状況ではないかと思います。九州のさまざまな地域で民間投資を含め具体的なプロジェクトが活発化しています。熊本のTSMCだけでなく、長崎のソニー工場の増設、北九州の半導体後工程の工場進出など、九州全体がサプライチェーンとしての存在感を増し、地域の活性化に大きく貢献していくと思います。また、今後は製造だけでなく、研究開発拠点としての地位も確立していくべきだと考えています。
──4月に台湾貿易投資センターが福岡市に開設されました。台湾は九州への企業進出などを進めるにあたって窓口となる機関の機能強化を進めています。
池辺 九経連も今年4月に事務局内に「新生シリコンアイランド九州推進部」を新たに設置しました。専任4名、兼務3名、計7名のスタッフを配置しており、ここが窓口となって会員企業や台湾との連携を強化し、サプライチェーンの強靭化に向けた取り組みを推進していきます。
──半導体産業と並んでデータセンターの立地としても九州は注目されています。
池辺 データセンターの需要地は現状では首都圏や大阪が中心ですが、大規模災害などへの対応を含めて、それらの中心需要地を補完・代替する中核拠点として北海道や九州への期待が高まっており、実際にデータセンター用地としての引き合いも多数話がきていると聞いています。
──その際に課題となるのは電力だと思いますが。
池辺 半導体工場の新設やデータセンターへの電力供給は、九州が関連産業の集積地としてこれからも継続的に飛躍していくにあたって重要なファクターだと認識しています。現在のところ、半導体工場やデータセンターの進出が相次いでもこの先10年は電力需要に対応できる見込みです。しかし、電力は足りなくなってから考えても間に合いません。発電所を建設するには15年から20年かかるため、その先の電源確保について、今から検討する必要があります。
電力確保つまり供給の計画を練るには、需要とともに考える必要があります。国が策定するエネルギー基本計画において、電力需要見通しが出されますが、21年に策定された第6次エネルギー基本計画では「電力需要は増えない」とされていました。これはCO2排出量削減と絡む事情によるもので、30年度の電力需要は、社会全体の電化の進行を需要増加要因として見込みながらも、省エネルギーの徹底によって需要を抑えるとしており、トータルで需要は減少あるいは横ばいと見る設計になっていました。これでは新しい産業を見据えての、長期的視野での新電源確保といった計画準備を積極的にとることができなかったのです。
しかし、今年2月に策定された第7次エネルギー基本計画では、AI・データセンターやEV・産業電化の進展などを背景に、22年度の約0.9兆kWhから40年度には0.9兆〜1.1兆kWhへ増加すると電力需要予測が増加方向に改定されました。これによって九州の「新生シリコンアイランド」としての電力需要の増加を見込んで、電源確保に向けた長期計画の検討が可能になりました。
人手不足問題
農業と人材教育
──人口減少の結果、各産業における人手不足の問題が深刻さを増しています。
池辺 人手不足が最も差し迫っているものの1つが農業です。九州の農業従事者の70%が65歳以上であり、このままでは20年後には多くの農家が消滅してしまう状況です。その対策として早急に農業の機械化と大規模化、そしてこれを企業の力で推進することが不可欠と考えますが、現状はまだまだこれからの段階です。九州の農畜産品は海外でも高い評価を受けており、イギリスを訪問した際は、鹿児島黒牛がそのままの名前でブランド牛として扱われているのを見ました。そのような農畜産品の輸出拡大を進めていくことと同時に、すばらしい九州の農畜産業を絶やさないために、まず農業継続の危機への対応が喫緊の課題だと思います。
──産業界全体として人手不足にどのように対応すべきでしょうか。
池辺 人手不足に対しては、AIをはじめとした新技術の活用を地域や産業界全体で促進することによって、労働力のカバーを考えていかねばなりません。AIに任せることができるホワイトカラーの仕事はAIに代替してもらい、その一方で人間でなければできない仕事、たとえば、電気工事や看護、保育、営業などに人材をシフトさせる必要があるでしょう。そのような労働力の再配分を行うには、人材の再教育が必要です。仕事とキャリアアップ、そして労働人口移動の循環をスムーズにするリカレント教育の普及が重要で、その場所として大学がはたす役割が求められていると思います。
他方、大学がこれまで教育対象としてきた高校新卒学生の減少はますます深刻になります。出生率はこの10年で急速に低下し、とくにコロナ禍以降はさらに減って昨年は70万人を切りました。これからの大学は高校新卒学生への教育だけでなく、リカレント教育の場としての役割をはたすために、大学ごとにそれぞれの特色や専門性を強化することなどが必要になるのではないでしょうか。
また、人手不足の解決策の1つとして考えられる外国人材の受け入れについては、さまざまな議論があるようですが、人口減少が進むなかで、介護や看護といったどうしても人の手を使わなければならない業種では外国人材の受け入れは避けられません。外国人材受け入れが社会的な軋轢を生まないように制度を整えることが必要だと思います。
企業の社会貢献
自主的な動きが重要
──近年は企業の社会的責任も重視されるようになっています。
池辺 企業のCSRやSDGs対応の重要性はこれからも増していくと思います。しかし、九経連は「旗振り役」として、特定の社会課題への取り組みを企業に要請するようなことはしません。九経連が行うのは「社会課題に対して目を向けよう」という基本的なメッセージを送ることです。大切なのは、各企業が経済活動を行うなかで認識した課題に自主的に取り組んでいくことであって、また、九経連としてはそのような環境を整える手伝いをすることが重要だと考えます。個人的には、ヤングケアラーの問題などの解決に目を向けることが必要ではないかと思いますが、九経連として特定の課題を提起することは考えていません。
しかし、冒頭にもお話ししたように、それぞれの地域や企業の実情に応じた仕組みを国に対して提言していくことなどは考えられると思います。たとえば、「健康経営優良法人」に認定された企業には、より柔軟な労働時間制度を認めるなど、企業が自主的に社会貢献を考え、実行できるような枠組みを求めることが考えられます。
【文・構成:寺村朋輝】
<COMPANY INFORMATION>
代 表:池辺和弘
所在地:福岡市中央区渡辺通2-1-82
設 立:1961年4月
<プロフィール>
池辺和弘(いけべ・かずひろ)
1958年生まれ。大分県出身。81年東京大学法学部を卒業後、九州電力(株)入社。同社発電本部部長、経営企画本部部長、執行役員、常務を経て、2018年代表取締役社長、25年代表取締役会長に就任。20~24年電気事業連合会会長。25年(一社)九州経済連合会会長に就任。