新浪剛史氏は何を買ったのか?それが問題だ 日本のTHC厳格規制は正しいか

 2日、サントリーホールディングス(HD)の新浪剛史氏が違法成分を含む海外製サプリメントを輸入したとして、福岡県警の捜査を受けていたことが明らかになった。

 同日、サントリーHDの鳥井信宏社長が記者会見を行い、1日付で新浪氏が同社会長を辞任したことを発表した。会見で鳥井氏は新浪氏について「サプリメントに関する認識を欠いた行為は、当社の代表取締役として求められる資質を欠く」と語った。

 しかし、その会見では最も重要な点が明かされなかった。それは新浪氏が「何を買ったのか」ということである。

新浪氏が買ったのはCBD商品か?問題はTHC含有量

 報道によれば、新浪氏が海外から輸入したとされるサプリメントは「CBD(カンナビジオール)」商品であり、嫌疑の原因となった「違法成分」は「THC(テトラヒドロカンナビノール)」だという。

 CBDもTHCも大麻由来の成分だが、CBDにはリラックス効果や抗炎症効果があり、日本では合法的に利用できる成分である。一方、THCは陶酔感や幻覚作用などの精神活性作用をもたらす物質で、日本のみならず国際条約上は規制対象となっているが、規制の度合いは国や地域によって大きく異なる。CBDを抽出・精製する過程で微量のTHCが残留する場合があるが、問題は日本と海外で許容される規制濃度に極端な開きがある点だ。

 日本では、昨年12月の「麻薬及び向精神薬取締法」(いわゆる「麻薬取締法」)の改正によって、CBD商品などにごく微量なTHCが残留していても違法となり得るような、極めて厳しい基準が導入された。この法改正により、本人が合法と信じて購入した製品でも、実際には法令違反に問われる危険性が高まる事態となっている。

 今回は新浪氏という経済界の大物が嫌疑を受けているが、実は誰もが巻き込まれうる可能性がある事案といえるだろう。その危険性を明らかにするためにも、新浪氏が購入した商品が具体的に何であり、その製品に含まれるTHCが何ppmであったのかを公表する必要がある。

日本の厳格なTHC含有量規制

 昨年行われた大麻関連法の改正内容をおさらいしておこう。

 昨年12月、「大麻取締法」および「麻薬及び向精神薬取締法」(麻薬取締法)の一部改正法が施行された。従来、日本の大麻規制は「部位規制」によっており、大麻草の花穂・葉・未成熟な茎の所持や使用が禁じられる一方で、成熟した茎と種子は規制対象から除外されていた。しかし法改正によってこの部位規制は撤廃され、THCそのものが麻薬取締法の規制対象(麻薬指定)となり、製品中のTHC残留量によって違法か否かを判断する数値基準が初めて定められた。

 問題は、そのTHC残留量の上限値が非常に厳しいことである。オイル製品・粉末状製品は10ppm(0.001%)、水溶液状の製品は0.1ppm(0.00001%)、その他(菓子やカプセル等の固形物)は1ppm(0.0001%)以下という残留許容量が設定された。この基準を1つでも超えるTHCを含有する製品は麻薬取締法違反(違法な「麻薬」所持・販売等)に問われることになる。

 一方、海外では基準が大きく異なる。アメリカでは18年農業法によりTHC濃度が乾燥重量比0.3%(3,000ppm)以下はヘンプとして合法化された。EUでは市販されるCBD製品の基準は加盟国ごとに異なっており、0.2~0.3%を目安としている国もあれば、さらに厳しい規制を設ける国もある。これらに比べて日本の基準はケタ違いに厳しい。つまり、欧米で基準をクリアして「THCフリー」と謳われた商品であっても、日本では基準値を上回り違法となるリスクが高いということだ。

アントラージュ効果に対する理解の落差

 では、欧米でも同様にTHCが規制物質であるにもかかわらず、なぜ消費者向け市場では微量のTHCを含む製品が流通しているのか。その背景には、鎮静作用を期待してCBDを利用する際に、CBD単体のみを摂取するよりも、大麻に含まれる多様な成分(各種カンナビノイド類やテルペン類など)を同時に摂取したほうが、相互作用によって単一成分を上回る薬理効果が得られるとする――いわゆるアントラージュ効果(Entourage Effect)に対する関心が強まっていることがある。市場や医療現場ではこの効果を重視する傾向が広がっている。

 欧米のCBD市場では「フルスペクトラム」(大麻由来成分を幅広く含む)や「ブロードスペクトラム」(THCを除去しつつほかの成分を残す)といった製品が広く流通し、アントラージュ効果を期待してそれらを利用できる市場が形成されつつある。とくに米国や欧州では、医療大麻の文脈で「CBD単体ではなくTHCやほかのカンナビノイドを含む方がより有効である」という見解が浸透している。

 欧米の比較的緩やかな規制は、このようなアントラージュ効果を期待した製品の流通を実質的に許容する状況になっている。

 ではなぜ日本はこのように対極的なTHC規制へと傾いたのだろうか。それについては下記関連記事の「医薬品だけではない 生薬としての有用性」以降をご参照いただきたい。

【特集】日本伝統のスーパー素材 「麻」の復権に向けて~その可能性と、法改正の影響について~

厳格規制は闇市場形成を導きかねない

 このような日本のTHCに対する極端な潔癖主義ともいえる姿勢は、他の先進国におけるTHCの位置付けと大きく隔たりがあり、昨年の法改正は結果的に「意図せず違法」に陥る事態を招きやすい制度設計になってしまったといえる。

 経済学的観点から見れば、薬物規制を強化すればするほど、市場に出回る製品はより強力で危険な形態へと移行することが繰り返し観察されてきた(いわゆる「禁止の鉄則」と呼ばれる現象である)。今回の規制強化によって、本来規制されるべき高濃度THC製品や合成カンナビノイド製品が裏ルートで流通する危険性はむしろ高まっており、こちらのほうがよほど深刻な問題である。

 新浪氏の一件は、法改正がもたらす現実的なリスクを社会に可視化したかたちだ。司法の判断を待つと同時に、この制度の再検討が急務であるのではなかろうか。

 本日、経済同友会の定例記者会見に新浪氏が出席する予定だという。そこで彼は何を語るのか──。新浪氏本人の認識や、実際に自ら購入した商品の詳細について語るのか、注目が集まっている。

【寺村朋輝】

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