【経済事件簿】福岡市発注工事に潜む病巣の実態 市の杜撰な設計と元請の責任放棄
福岡市が発注した公共工事の現場で、信じがたい事態が発生していた。市による杜撰な設計と担当職員の無責任な対応を発端として、さらに工事を請け負った元請業者の管理能力の欠如と責任転嫁も加わり、施工を担った下請業者が多額の損失を被るという問題が発生していたのだ。市民の税金が投入される公共事業に潜む病巣の一端が、垣間見えたかたちだ。
発端は市側の
「あり得ないミス」の連発
今回起こったすべての問題の発端は、福岡市側が提示したあまりにも杜撰な設計にあった。そもそも公共工事の入札において、業者は行政側から提示された図面や設計書を基に積算を行い、入札に参加する。しかし、今回問題となった福岡市内の3カ所の道路改良工事では、その大前提が根底から覆されていた。
工事を受注した元請の建設業者(以下、A社)を通じて、現場での工事を実質的に担った下請の建設業者(以下、B社)が受け取った図面では、工事に必要な材料が設計書にきちんと反映されていないという事実が発覚。とくに、3カ所ある工事箇所のうち、ある1地区の工事に至っては、必要な材料が丸ごと記載から漏れていたのである。鉄筋をコンクリート内で正しい位置に保持するためのスペーサーブロック(通称:サイコロ)のような、基礎的な部材すら計上されていなかったという。
B社の実質的オーナーは、「福岡市から提示された図面は、とてもそのまま使えるようなものではなく、またイチからつくり直さなければならないような図面でした」と語る。
この言葉からは、今回のミスが単発のものではなく、市の公共事業における設計の不備が常態化している可能性も示唆する。というのも、市の委託を受けて設計を行っているコンサルタント会社が適切に業務を行っているのか、そして市がそれをき
ちんとチェックする機能を有しているのかという、根本的な疑問を抱かせるからだ。
さらに、工事を進めていく過程で致命的な問題が次々と露見する。側溝の蓋を取り外し、コンクリートを打設する工事においては、用意された材料の寸法が側溝の幅より広く、物理的に設置できないことが判明。そこでB社側は市の担当者に対して、図解を交えて何度も説明を繰り返したが、市担当者がその内容をきちんと理解できていたかは、あやふやだったという。B社側は「それでは実際に見てもらうしかない」と、実際の現場で材料が入らないことを確認してもらって、ようやく問題を認識してもらうという有り様だった。
最大の欠陥は、コンクリートの厚みに関する問題だった。当初の設計では厚さ200mmとされていたが、現場の状況では150mmしか確保できないことが判明したのである。コンクリート構造物の強度は厚みに大きく左右されるため、これは構造物の安全性に関わる重大な設計ミスである。そのためB社は、強度計算上150mmで問題ないという市の見解を得たうえで、現場の状況に合わせて設計を150mmに変更するよう協議を重ねた。
しかし、この当然の指摘と是正要求が、さらなる混乱と悲劇を引き起こす引き金となるとは、誰が予想できただろうか──。
理解不足と機能不全で
「検査不合格」の結果に
そもそもの杜撰な設計に加え、その後の市側の対応も無責任と言わざるを得ないものだった。この工事を担当する市の職員は、B社オーナーによれば「まだ配属されて年数が浅いのか、工事の内容自体をまったく理解できていない」有り様だったという。前述の通り、設計ミスを指摘されても内容を理解できず、B社が現場で実演して見せるまで問題を把握できないレベルだったのである。
さらに深刻なのは、行政プロセスの完全な停滞である。通常であれば市は、業者からの質問や協議に対して「ワンデーレスポンス」──つまり“その日のうちに”指示や通知などを行うという暗黙のルールが存在する。これは所定の工期内に工事を完成させることを目的として、発注者と受注者が意思疎通を図り、工事現場において発生する諸問題に対する迅速な対応を実現するためのものだ。しかしB社側がコンクリート厚の変更に関する協議書を提出した際、市担当者からの返答は2週間以上もなかった。B社が元請のA社を通して何度も催促しても、なしのつぶてだったという。
この遅延は、現場の工程に致命的な影響を与えた。変更契約が完了しない限り、検査は受けられない。B社が提出した変更内容(厚み150mm)を反映した図面や数量計算書は、市側で放置され続けた。そして信じがたいことに、市の担当者は変更した図面ではなく、当初の誤った設計(厚み200mm)のまま変更契約の書類を作成し、本庁の検査課に提出してしまったのである。
B社側は、市とA社を通じたやり取りのなかで、変更後の図面(厚み150mm)が正式なものとして共有されていると信じ、それに従って施工を進めていた。しかし、検査当日、検査課の担当者がもってきたのは当初の間違った古い図面だった。当然のことながら、現場は図面と違う。
「厚みが足りない」──これが検査課の第一声であり、検査は不合格となった。
担当者の「逃亡」と
責任の所在の曖昧化
検査不合格という最悪の結果を受け、市の対応はさらに常軌を逸していく。なんと、一連の問題対応の中心にいた件の担当職員が、検査の翌日ごろから現場を放棄して休みを取り始め、事実上「逃亡」してしまったのである。自らが引き起こした混乱の渦中から、責任者が姿を消すという前代未聞の事態だった。
後任として対応にあたったのは、その職員の上司だった。この上司は、検査の場では「市側が100%悪い」と非を認めた。しかし、市側が非を認めたにもかかわらず、やり直し工事にかかった費用を市が負担するという話にはならなかった。市は、自分たちの設計ミスや監督不行き届きを棚に上げ、あくまで「施工ミス」という体裁で問題を処理しようとしたのである。責任の所在を曖昧にしたまま、そのツケをすべて業者側に押し付けようとしたのだ。
公共事業は市民の税金によって賄われている。その税金を使って、杜撰な設計で発注を行い、それをチェックすることもできず、問題が起きれば担当者が逃亡したうえ、組織としては責任逃れに終始する。これは、市民に対する重大な背信行為と言わざるを得ない。B社オーナーは、「大事な皆の税金ですから、適当な仕事をしないでください」と市に訴えたというが、この言葉は行政の在り方を問う、市民全体の叫びにも聞こえる。
現場管理能力が欠如した
元請の「丸投げ」体質
ここまで触れてきたように、市側の問題が深刻であることはいうまでもない。だが、元請であるA社の振る舞いもまた、建設業界に蔓延る悪習を体現するものであった。
そもそもA社は、公共工事を元請として管理・遂行する能力に著しく欠けていた疑いが強い。同社には6〜7人の従業員が在籍していたものの、B社オーナー曰く「きちんと管理できる者がいない」ため、実質的に工事を請け負える状態ではなかったという。そのため、実際の施工だけでなく必要な書類作成などもすべて下請のB社に任せるという、完全な「丸投げ」状態だった。
B社オーナーによれば、「私は(A社に対して)『現場に来なくていいですよ』とは、言った覚えはありません。にもかかわらず、A社は工事がスタートした直後に1回くらい現場に来たかどうかで、その後はまったく現場に来ていません」という状況だった。どこでどのような工事が行われたかさえ、元請が正確に把握していないという、驚くべき実態がそこにはあった。
本来であれば元請業者は、工事全体の安全管理、品質管理、工程管理に責任を負う。しかしA社は、その責務を完全に放棄していた。書類作成を含めてすべて丸投げで、現場にすら来ない──そのような状態で、どうして適切な現場管理ができるというのだろうか。
コミュニケーション不全と
致命的な情報共有ミス
A社の問題は、現場管理の放棄だけではない。元請として最も重要な、発注者(市)と下請業者(B社)との間をつなぐコミュニケーションが、まったく取れていなかったのだ。
A社の代表は連絡が非常に取りづらく、午前中に電話をしても返信が夕方になることが常態化していた。これが、緊急の判断や協議が必要な建設現場において、いかに大きな障害となるかは想像に難くない。そして、このコミュニケーション不全が、今回の問題を決定的に深刻化させた。
前述の通り、市は誤った当初の図面(厚み200mm)のまま変更契約を進めていた。このとき、市からA社には変更契約に関する書類や図面が送付されている。元請であれば、その内容を精査したうえで、その情報を下請のB社と共有して、間違いがないかを確認するのは当然の義務である。
しかし、A社はこれを怠った。市からの図面を確認もせず、さらにB社に共有することもなく、そのまま市担当者に戻し、市担当者もまた確認なしに本庁に提出してしまったのである。B社が現場で正しい施工(厚み150mm)を行っている一方で、公式な契約書類上は誤った設計(厚み200mm)のまま。この致命的な情報の断絶が、検査での不合格と、その後のやり直し工事という悲劇を招いたのだ。
責任転嫁に加えて
悪質な契約不履行
やり直し工事が決まった後、A社の不誠実な対応はさらに加速する。やり直し工事にかかる費用の発生は、市の設計ミスとA社の確認ミスが原因であることは明白だった。にもかかわらず、市が追加の費用を負担しようとしないことに対し、A社は市側に抗議する素振りを見せなかった。これは、その後の公共工事における入札への影響を考えてのものだと推察されるが、それだけではない。A社が最初にB社に提示した補修費用の負担割合は、「A社4割、B社6割」という、理不尽極まりないものだったのだ。
これに対しては、B社オーナーも猛抗議。最終的には「A社8割、B社2割」の負担ということでA社側も渋々承諾し、この内容で合意書も交わされた。合意書には、やり直し工事の完了後1週間以内に費用を支払うことも明記されていた。
しかし、A社はこの約束を反故にする。支払期日当日になってB社が連絡すると、A社代表は電話に出ず。夕方になってようやく連絡がついたと思ったら、「すみません、払えません」「お金が8万ぐらいしかなくて」「資金繰りまで頭が回らなかった」という信じがたい言い訳に終始したのである。
その後、市からA社へは工事代金が全額支払われた模様だ。しかし、A社はB社に対して、当初の契約に基づく工事代金こそ払いはしたものの、合意書で交わしたはずの追加工事にかかった補修費用(約400万円)については、現在に至るまで一切支払っていない。それどころか再三の督促に対して、弁護士を通じて「(補修費用は)一切払う気はない」という内容証明郵便を送りつけてきたのである。これは、自らの責任を下請業者に完全に押し付け、合意さえも一方的に破棄する、極めて悪質な契約不履行である。なお以降、A社代表はB社側からの連絡を拒否し続けているという。
公共事業の健全性回復を
市は病巣摘出に取り組め
今回の事件は、発注者である市の「杜撰な設計と監督責任の放棄」という行政側の怠慢と、元請であるA社の「管理能力なき丸投げと責任転嫁」という企業の倫理欠如が複合的に絡み合って引き起こされた事件だといえよう。市は自らのミスを認めながらも金銭的な負担を回避し、元請はその市のミスと自らのミスを覆い隠すように下請にすべての負担を押し付けた。この二重の無責任構造の末端で、誠実に業務を遂行したB社が理不尽な損失を被ったのだ。
なお、今回の問題となった3カ所の道路改良工事の施工箇所は、ミスを指摘したB社の現場での誠実な施工により、現在は問題のないきちんとしたかたちで供用されている。一方で、A社は現在も市発注工事の入札に参加し続けていることを付け加えておこう。
杜撰な公共事業は、税金の無駄遣いであるだけでなく、市民の安全を脅かす危険性を孕んでいる。そして元請による下請への不当な搾取構造は、建設業界全体の活力を削ぎ、技術の継承を妨げる一因となる。市は、今回の事件を深刻に受け止め、設計・監理体制の抜本的な見直しと、職員の責任感の再構築に直ちに着手すべきである。また、A社のような無責任な業者を、公共事業から排除する仕組みづくりも急務だ。市民の信頼なくして、健全な行政運営はあり得ない。今回の事件を単なる一過性の不祥事として終わらせるのではなく、市の公共事業が抱える構造的な病巣を摘出し、浄化するための第一歩としなければならない。そしてそのための厳しい監視の目を、我々市民は持ち続ける必要がある。
【坂田憲治】
※本稿執筆にあたって、A社側および市担当者側へ取材を試みたが、回答を得られなかった。今後、本件に対して何かしらの進展があれば、当社ニュースサイト上で続報をお届けしたい。
▼社名を公開した完全版は、会員限定のIBデジタル版をご覧ください。
【経済事件簿・完全版】福岡市発注工事に潜む病巣の実態 市の杜撰な設計と元請の責任放棄









