ネット取引の「ダークパターン」排除へ NDD認定制度が10月15日スタート ~(一社)ダークパターン対策協会・小川代表理事に聞く~
デジタル取引において消費者を欺く手法「ダークパターン」の排除が重要課題として浮上している。政府も対策の検討に着手したが、現時点ではダークパターンを包括的に規制する法制度はなく、とくに“グレーゾーン”の手法が野放しとなっているのが実情だ。そうしたなか、新たな取り組みが始まっている。(一社)ダークパターン対策協会の「NDD認定制度」について、代表理事の小川晋平氏に話を聞いた。
(聞き手:(株)データ・マックス 松本悠子)
日本におけるダークパターンの実態

小川晋平 代表理事
──日本国内のダークパターンはどのような状況にありますか?
小川晋平氏(以下、小川) デジタル取引が拡大するなか、ダークパターンによる消費者被害が広がっています。その背景に、インターネット通販などでダークパターンを使用すると短期的に儲かることがあります。
代表的な例として、次のようなものがあります。サプリメントをネット通販で購入する際に、不適切なNo.1表示や口コミが出てきたり、「今だけ800円でお試しいただけます」と表示されたりします。さらには、「大人気商品なので在庫があとわずかです」「このページは閉じると2度と出てきません」といった申し込みを焦らせる表示が出てくることもあります。
消費者は「安価で1回限り」と思い込み、クレジットカード情報や住所を入力して購入します。ところが1カ月後に2回目の商品が届き、定期購入契約であることを知ります。ネットで契約したにもかかわらず、解約はネット上でできず、コールセンターに電話すると「ナビダイヤルで20秒ごとに10円かかります」とアナウンスが流れます。10分、20分待ってもつながらず、あきらめてしまう人も少なくありません。ようやくオペレーターにつながっても「半年で計4万8,000円を支払わないと解約できない」「それ以前なら解約料がかかる」と規約を持ち出されます。しかも規約は小さな文字で書かれており、何度もスクロールしなければ表示されません。
ウェブサイトは無法地帯
このような手法がパターン化され、ウェブ制作ベンダーもダークパターンに対する意識が低い業者が多く、「これをやると儲かりますよ」と無邪気に提案します。これが広がり、高齢者や社会経験が浅い学生などが、ダークパターンに引っかかりやすい状況が生まれました。スマホは総務省のガイドラインやApple、Googleの審査によって一定の歯止めがありますが、ウェブサイトは無法地帯となっています。
ダークパターンを意図的に用いるサイトもあれば、知らず知らずのうちに用いているサイトもあります。もちろん、誠実に運営されているサイトもたくさんあります。両方が混在しているのですが、消費者にとってはどのサイトを信用すればよいのかが不明です。そのうえ、消費者はダークパターンのサイトに吸い寄せられる傾向があり、誠実な企業が悪質な企業に負けてしまうわけです。
このような状況はよくありませんが、法規制が追いついていません。明らかな法令違反に対しては、特定商取引法や景品表示法で取り締まることができます。また、個人情報の詐取につながり得るクッキーの取扱いについては個人情報保護法や電気通信事業法でも取り締まりは可能ですが、ダークパターンを包括的に取り締まる法律はありません。そして、違法行為として取り締まることができないグレーゾーンの部分が大きいというのが、日本の現状です。
──グレーゾーンのダークパターンの問題を解決するためには、今後どのような対応が必要でしょうか?
小川 最終的には包括的な法律をつくることが求められるでしょう。それによって、当協会のような組織が不要になればベストであり、究極的なゴールだと思います。当協会も、新たな手口や消費者被害が多い手法について、消費者庁・総務省・個人情報保護委員会などに情報提供し、法整備について話をしていくつもりです。
しかし、まず大きな問題は、ダークパターン対策を所管する官庁が決まっていないことで、包括的な法律をつくることが困難な状況にあります。
NDD認定制度創設 背景と目的
──そうした状況のなか、NDD認定制度を創設した経緯は?
小川 調査結果から、ダークパターンを経験した消費者は全体の86%に上ることがわかりました。金銭的な被害を受けた人は30%で、1人あたりの平均年間被害額は3万3,000円と推計されます。私が所属している(株)インターネットイニシアティブ(IIJ)は、日本のインターネットの大動脈を運営している会社のため、インターネットの安心・安全を守ることが会社のミッションです。形骸化した同意とダークパターンの問題を2001年から研究していましたが、被害の拡大を知り24年7月にNDD認定制度の素案を考案しました。放置しておくとさらに消費者被害が拡大するため、急ぐ必要があるということで、その後、迅速に取り組んできました。
日本では法律が追いついていないため、まずは民間で対応するしか方法がありません。そこで、誠実な対応を企業に促すためには民間主導の仕組みが必要と考えたわけです。その結果として、誠実なウェブサイトをひと目で判別できる仕組みを整備することになりました。
現在、学識経験者や法曹関係者、企業関係者などで「ダークパターン対策協会」を立ち上げ、NDD認定制度によって、誠実な企業がわかる仕組みの普及を目指しています。
誠実な企業を認定
内容と審査プロセス
──NDD認定制度の内容や、認定されるまでの流れを教えてください。
小川 制度の名称はNon-Deceptive Designの略で、欺瞞的なデザインでないことを意味します。海外ではダークパターンからこの表現へ変わってきていますが、伝わりやすさの観点から、協会の名称にはダークパターンを用いています。
NDD認定制度は、誠実なウェブサイトであることを当協会が審査し、認定マークを付与するという仕組みです。制度の整備には、政府関係者(消費者庁、総務省、個人情報保護委員会事務局、経済産業省)にも協力していただきました。

この取り組みを広げることで、ダークパターンを用いているサイトがあぶり出されていきます。消費者からすると、安全なサイトであることがひと目でわかります。ネットリテラシーの高い人は自力で判別できますが、それが困難な高齢者や若年層などに、認定マークを目安にしてもらえるようにしたいですね。
審査は今年10月15日から開始します。審査ガイドラインは、有識者、企業のウェブ責任者、政府関係者が一緒になって作成しました。
審査は3段階に分かれます。1段階目は申請企業による自己審査で、当協会が無料配布する「自己審査チェックシート」を用いて、自社がダークパターンを使用していないか確認してもらいます。無料で誰でも実施でき、この段階で完了しても構いません。当協会としては、各社が自主的に確認・是正する動きを重視しており、多くの企業に活用してほしいと考えています。
2段階目と3段階目は有料審査です。2段階目は「認定審査機関」による審査、3段階目は当協会による最終審査となります。認定審査機関には適格消費者団体のほか、地方銀行のコンサルティング子会社やIT子会社にも参画してもらう予定です。ダークパターンを利用する中小企業が全国的に多いため、地域金融機関のネットワークや専門性を活かし、審査を進めていく考えです。
3段階目では当協会が最終チェックを行い、通過すれば認定マークを付与します。審査は通常2週間で終了しますが、不備があれば30日以内に是正する必要があります。是正できれば合格、できなければ不合格となるため、結果が出るまで最大1カ月半ほどかかります。
大企業から申請開始と予想
──NDD認定制度に対する企業の反応や、ダークパターンに対する消費者の反応はいかがでしょうか?
小川 とくに大企業では「これはやらないといけないね」ということで、非常に好意的に受け止めていただいています。まずは、大企業から認定の申請がスタートするのではないかと予想しています。
消費者からは、「ぜひやってください」というポジティブな声が寄せられています。7月15日には、当協会内に「ダークパターンホットライン」という通報窓口をオープンしました。ネット通販などでダークパターンを見つけた場合に、報告してもらうという取り組みです。ホットラインに対する消費者の認知度はまだまだ低いのですが、すでに多数の情報が寄せられています。さまざまな企業のウェブサイトについて、「こんなダークパターンがある」といった内容です。
ホットラインに寄せられた情報を分析して、今後は3カ月に1回の頻度で、統計情報を含むレポートを発刊していきます。レポートでは消費者に向けて、このような手口が流行っているので注意してほしいという注意喚起を行います。企業に向けては、このような手法を用いると消費者に嫌われるという点を伝えていきます。さらに、当協会の正会員の企業(現在18社)には、個人情報を伏せたうえで、詳細な内容を報告する予定です。
各機関との連携
──行政や民間との連携の仕方は?
小川 行政については、審査ガイドラインの作成で協力していただいた消費者庁・個人情報保護委員会・総務省との関係があります。この3省庁はダークパターンに関わる法律を所管していますので、連携して取り組んでいます。あと、経済産業省などとも連携しています。
また、長い目で見たときに、子どもの教育が大事だと思っています。子どものころから、消費者を騙す手法に関する知識を身に付けて、騙されないようにすることが大切です。そこで、文部科学省に、家庭科の授業でダークパターンの教育を実施できないかと相談しているところです。
当協会では動画を制作し、近く公開する予定です。それを使って、家庭科の授業で子どもたちに教育を施してほしいと希望しています。まずは興味をもつ家庭科の先生からスタートし、今後5年ぐらいで全国に広がればいいなと思います。
先ほど地方銀行の話が出ましたが、ダークパターンは金融犯罪やネットショッピング詐欺にも使われています。金融犯罪を減らすことを目的に、金融庁の協力もいただき、全国銀行協会や全国地方銀行協会などご紹介いただいたことから、各地方銀行の協力を得られ始めています。
このほかにも民間との連携として、経団連や日本商工会議所にも周知の協力をいただいています。安全・安心にインターネットを利用できる環境をつくるのが当協会の目的ですが、消費者のいうことが必ずしもすべて正しいとは思っていません。というのも、一部のモンスターカスタマーが、何もかもダークパターンだと騒いで、SNSなどで暴れているケースもあるからです。
ダークパターンをめぐっては、過度に企業が有利になるように誘導しているかどうかが問われるわけですが、過度かどうかの判断基準は人によって異なります。適切なマーケティング活動までダークパターンと切り捨てるのは問題があります。無条件に消費者に与するのではなく、どうすれば消費者と企業がより良い信頼関係を築けるのかという観点から、当協会は悪い企業をたたくのではなく、誠実な企業を認定する取り組みを目指しています。
ホットラインのレポート発刊
──今後の取り組み予定をお聞かせください。
小川 直近の動きとしては、10月15日にNDD認定制度の審査を開始します。その際には、メディア向けの発表会を開催するつもりです。7月15日にも発表会を開催しましたが、それ以降、さまざまなテレビ番組や新聞などで取り上げていただきました。ワールドビジネスサテライト、NHK、TOKYO MX、ABEMA Prime、Nスタなどと露出が増えています。多数のオンラインメディアにも取り上げていただきました。
今後もメディアでの露出を積極的に行っていき、皆さまにダークパターンの問題とNDD認定制度について知っていただきたいと考えております。
あと、前述したように、当協会のダークパターンホットラインに寄せられた情報を取りまとめて、第1号となるレポートを11月ごろに発行する予定です。
当協会の取り組みを広げていくためには露出を増やすことが必要で、メディアの皆さんの力を借りて、少しずつデジタル取引の環境を変えていかなければならないと思っています。肌感覚ですが、おかげさまで良い方向へ進んでいるのかなと感じています。
【文・構成:木村祐作】
<プロフィール>
小川晋平(おがわ・しんぺい)
阪神大震災以来、ディザスタリカバリ、事業継続計画、リスクマネジメント、プライバシー保護を研究・実践する。IIJグループのプライバシー保護対応を主導し、ビジネスリスクコンサルティング本部を立ち上げた。プライバシー保護の実践のなかでダークパターンの問題に気づき、誠実なWebサイトを審査・認定する制度を考案。有識者、政府等の協力を得て、2024年(一社)ダークパターン対策協会を設立、代表理事に就任した。ネット時代における消費者と企業の信頼関係の構築と消費者被害の削減に奔走している。
<INFORMATION>
(一社)ダークパターン対策協会
【事業者向け】ダークパターン対策ガイドライン・自己審査チェックシート・NDD認定制度要綱 ダウンロードページ
【消費者向け】ダークパターン・ホットライン