タワマン大規模修繕工事をむさぼる長谷工リフォーム その手口の実態(3)談合阻止の経緯
AMT一級建築士事務所代表
都甲栄充 氏
タワマンの大規模修繕工事の受注をめぐり、水面下で繰り広げられた、談合を望む側と望まない側の闘いは、参加業者による見積もりの提出期限を迎えて、決着したかに見えた。だが、各社の実態を精査すると、金額とは別のところで、コンプライアンスを無視し、マンション管理組合をあざむこうとする建設業者の性分が浮き彫りになった。(株)AMT一級建築士事務所の都甲栄充代表によるタワマンシリーズ第3回は、最終契約業者の決定と、住民側が得た利益を明らかにする。
入札結果
各社から提出された見積もり金額は、以下の通りであった。
・A社 2億8,000万円
・B社 3億2,000万円
・C社 3億9,000万円
・D社 3億6,000万円
・長谷工リフォーム(以下「長谷工リ」)
3億5,000万円
C社に「ガチンコで行く」と宣言した長谷工リの金額と、同じく大手のD社の金額が近接していることから判断すると、今回このタワーマンションの大規模修繕工事にかかる適正かつ妥当な工事金額の水準は、3億5,000万円程度だと判断することができる。
工事を発注するに当たって、発注する管理組合が注意しなければならないことは、金額だけで決めると「安かろう、悪かろう」に陥ってしまう危険がある、という点である。
顧問建築士として関わったこのマンションでは、見積もり金額に加えて、各社のプレゼンテーションを聞き取ったうえで、参加条件との適合の如何を精査した。
最安値を付けたA社は「工事実績」の条件は満たしていたが、具体的な工事方法や工期などについて、説明が『抽象的』という印象を受けた。さらに、現場代理人への聞き取りでは、突っ込んだ質問にあやふやな回答しかなされず、経験不足は明らかであった。
B社は、参加条件が緩和されたことで手を挙げたのであろう。「ダメ元」で参加した感がありありと伝わってきた。現場代理人との面接では、当然に質問に答えられない場面もあった。
大手の2社は失格
大手であるD社と長谷工リは、金額とは別に、それぞれに「信義則違反」が発覚した。
D社は公募した条件の1つ、「直近5年間で工事中に死亡事故などの重大な災害を起こしていないこと」に抵触していた。
マンション管理組合が「条件を調べない、調べられない」とでも思っていたのであろうか。
大手ですらこのような態度なのだから、素人の集まりであるマンション管理組合が、業界全体からなめられ「カモ」にされているのではないかという疑念は、増すばかりであった。
もう1つの大手、長谷工リも管理組合に対し、不誠実な姿勢で見積もりに参加していた。提出された「誓約書」に違反していたのだ。
見積もりに参加する際の「誓約書」は、①談合をしないこと、②過去に同様の工事をした管理組合と訴訟などになっていないこと、③重大な労働災害を起こしていないこと、④反社会的勢力が経営に関与していないこと――を誓約させるものであった。
長谷工リは、①は疑惑として端に置くとしても、②の訴訟等の部分を隠して見積もりに参加していた。長谷工リは、過去に請け負った千葉県浦安市内のマンションの大規模修繕工事において、管理組合から手抜き工事などを指摘され、裁判所の調停で100万円を支払って和解していたのだ。
長谷工リに関しては、後にさらに重大な「信義則違反」が発覚した。マンションの1住民として修繕委員となって「見積もり参加業者からC社とD社を外せ」と要求してきたYが、同社の元社員だったのだ。Yは、最初から最後まで自らの素性をひた隠しにしていた。この件に関して、長谷工リから管理組合に対する説明は、いまだなされていない。
住民の利益は1億6,000万円!
プレゼンテーションではあまり差が出なかったC社、D社、長谷工リのうち2社が条件違反で「失格」となり、残ったのはC社だけであった。
ところが、問題は「価格」だった。C社の提示した金額は4億円近いもので、長谷工リなどの見積もり金額から私が適正かつ妥当と判断した金額よりも高かった。そして、ここからが私の腕の見せどころだ。
C社がここのタワマンの大規模修繕工事を「元請工事の実績」に挙げられる利点などを強調して、ネゴシエーションで、3億4,000万円を切る金額で契約締結に漕ぎつけたのだ。
この金額は、談合がなかった場合の適正かつ妥当な価格だったと、私が「建設のプロ」として断言する。
根拠を明かそう。マンションの顧問建築士として大規模修繕工事に臨む前に私が行ったことは、大まかな見積もり金額の算出と、管理組合側の予算枠の確保だった。そして、この見積もり金額を算出する際に見習ったのが、談合を取り仕切るコンサルタント会社がよく使う手法であった。
大半のコンサルタント会社は、自前で工事の見積もり金額を算出しないで、受注予定業者に算出させている。私も、談合をしそうな業者に大まかな金額を算出してもらった。その金額は約5億円だった。談合排除に失敗した場合も想定して、この5億円を管理組合側の「予算額」としたのだ。
参加業者間で談合が成立したうえで見積もり合わせが行われていれば、契約金額は予算を少し下回った、管理組合にも喜ばれる4億8,000万円前後になっていたことであろう。今回は、談合を排除した結果としての見積もり合わせであったため、3億4,000万円を下回ることができた。
管理組合の予算額5億円と差し引きすれば、住民側に1億6,000万円もの利益をもたらす結果となった。
【注意】
今回掲載のタワーマンションは、建物規模などでは一般的なものである。しかし、今回の大規模修繕工事の対象規模(工事範囲)は、一般のタワマンの半分程度である。その理由は、新築竣工直後より外壁面から漏水が発生し、竣工から8年目頃にやっと漏水原因が判明したので、事業主と施工業者からの申し出により、漏水事故に対する再調査・漏水補修工事およびこの際漏水に関係する外壁面の大規模修繕工事を「無償」で施工したいという申し出があり、竣工後10年の直前にその工事が完了した。今回は、その無償工事の際、漏水に関係のなかったバルコニーや中央部吹抜けなどが工事範囲であったため、一般のタワマンの50%前後の工事対象規模となった点にご留意願いたい。
それゆえ、一般的に500戸前後のタワーマンションでは、現時点では、設計予算として12.5億円前後。そこで談合されれば11.5億円前後。談合を防止できれば7.5億円前後になるものと推測される。結果として談合されてしまうと、管理組合にとってはおよそ4億円もの「負担増」となる。
推計6,000億円
20階以上の高さがあるタワーマンション(超高層マンション)は、全国に1,500棟近くある。談合で1棟当たり4億円ほど余分に費用を払わされると推計すると、タワーマンションの住民は、1,500棟の全体では、大規模修繕工事のたびに単純計算で6,000億円もの修繕積立金を建設業者にむしり取られている、という推計が成り立つ。
これだけの暴利をむさぼっていては、さすがに公正取引委員会も黙ってはいられなかったのであろう。公取は3月、独占禁止法(不当な取引制限)に抵触する可能性があるとして、リフォーム工事会社やコンサルタント会社など約30社に対して一斉に立ち入り検査を始めた。
長谷工リを初め、私が顧問建築士を務めるこのマンションの見積もりに参加した業者も、公取による検査の対象となっている。
(つづく)
<プロフィール>
都甲栄充(とこう・ひでみつ)
福岡県北九州市生まれ、明治大学工学部卒業。大成建設(株)、住友不動産(株)を経て、2009年に(株)AMT一級建築士事務所を開設。主な資格は、一級建築士、管理建築士、一級建築施工管理技士、宅地建物取引士、管理業務主任者、監理技術者、特定建築物定期調査員。(一社)日本建築学会司法支援建築会議・元会員、東京地方裁判所・元民事調停委員(建築裁判専門)、(一社)日本マンション学会・元会員、八王子市マンション管理組合連絡会・元会長。