2025年10月1日に「改正住宅セーフティネット法」が施行された。背景には、単身高齢者世帯や低所得者などの住まいの確保が難しい「住宅確保要配慮者」が増加しつつあるという、社会の大きな変化がある。今回の改正は、受け入れに難色を示すことが多かった民間の賃貸住宅への入居を、より促すものだ。そこで、ここでは法改正の内容や制度の仕組みに加え、福岡県内でこれまでに取り組まれてきた具体的な動きや課題などについて、確認する。
「居住サポート住宅」を新たに創設
次に、「残置物(遺品)処理に困らない仕組み」の普及がある。これまでは入居者死亡時の残置物処理には、相続人の了解を取ることが必要で、業務の負担になっていた。新たな制度では処理を円滑に行えるようにするため、居住支援法人の業務に入居者からの生前の委託に基づく残置物処理を追加している。さらに、「家賃の滞納に困らない仕組み」の創設がある。従来は「登録家賃債務保証業者制度」があったが、主な基準は「暴力団員の関与がない」「不当な方法で取立をしない」などとし、適正な家賃債務保証の確保が目的とされていた。改正法では「認定家賃債務保証業者制度」が創設され、入居者の緊急連絡先を親族などの個人に限定しない、つまり緊急連絡先を居住支援法人とすることも可能にするなど、入居者の家賃債務保証を正当な理由なく断らないという、入居者にとって利用しやすい制度としている。
もう1つ、大きな変更点が「入居後の変化やトラブルに対応できる住宅」の創設だ。具体的には、従来のセーフティネット住宅に加え、新たに「居住サポート住宅」が設けられた。これはICTによる安否確認や訪問などによる見守り、入居者の生活や心身の状況が不安定になったときに福祉サービスにつなぐなどのサービス提供が行われるもの。たとえば入居者が生活困窮者なら、居住支援法人などは自立支援機関や福祉事務所と連携し、入居者が就労支援や生活保護の利用など、ひとり親なら母子家庭などの支援センターを通じて、専門の支援員から相談や助言、子どもの学習支援などを受けられるようにするものだ。
以上のように、改正住宅セーフティネット法では、入居者の死亡リスクや入居中のトラブルを、従来よりも回避しやすくすることにとくに重点が置かれている。逆にいえば、単身高齢者など要配慮者の入居者に対して、賃貸住宅の家主の拒否感が根強く残っていることが、改正法の中身から強くうかがえる。国土交通省が作成した資料【図4】によると、高齢者と障がい者の入居者に対して、約7割の家主が拒否感を示している。
単身者向けの民間賃貸市場が脆弱なケースも
25年11月28日、北九州市居住支援協議会と中間市居住支援協議会の共催による「居住支援セミナー~地域で支える居住支援のあり方について考える~」が北九州市小倉北区で開催された。このセミナーの内容が、改正住宅セーフティネット法と、それが必要とされる住宅確保要配慮者の状況について詳しいので、以下ではその議論内容について紹介する。
同セミナーでは、国土交通省住宅局安心居住推進課の田中規倫課長による基調講演と、北九州市の住まい支援センター、中間市の居住支援協議会事務局の担当者による活動報告の後、「北九州市・中間市の居住支援のあり方」と題するパネルディスカッションが行われた。
中間市は高齢化率が県内でも上位に入る水準で、生活保護受給率も県平均を上回っている。住宅形態に関しては、民間賃貸が全体の9%程度と推計されるなど、賃貸住宅市場が脆弱で、とくに単身者向けの低家賃物件が著しく不足していることが明らかにされた。また、単身者が求める低廉賃貸ストックがほとんどなく、家賃負担が重くのしかかる住民が多くなることが懸念される。このような背景から、実際の住まい相談では、家賃負担の軽減を求める声が最も多いが、地域の物件構造上、希望に合う住居がほとんど見つからない現実について報告された。
北九州市については、支援内容が「物件探しへの同行」「不動産会社や保証会社との交渉」「生活保護や訪問看護など制度への接続」「転居後の居住継続支援」などで構成され、単なる住宅確保ではなく、生活そのものの再構築を支える点が大きな特色であることが説明された。実例として30代男性のケースが紹介されたが、<家族との折り合いが悪く転居を希望したものの、本人に説明能力が乏しく、不動産側から入居を断られた。しかし、住まい支援センターが本人の背景を丁寧に聴き取り、最適な物件を一緒に検討し、同行し、心療内科と協働して訪問看護の導入も手配。無事に入居に至り、現在は支援を受けながら生活を営んでいる>とし、住まい支援が「入居できたら終わり」ではなく、生活の安定と定着支援まで含む総合的な支援であることを示す事例などが紹介された。
居住サポート住宅の全国第1号
「プラザ抱樸」
北九州市が10月1日付でNPO法人抱樸からの申請を受け、居住サポート住宅の全国第1号として認定したのが「プラザ抱樸」(北九州市小倉北区)。賃貸マンションの1住戸を、家賃2万9,000円(その他に共益費、居住サポート費用など)で貸し出している。安否確認(1 日1回)と見守り(月に1回以上)を行うほか、福祉サービスへのつなぎなども行う。単身生活は営めるものの、日常的な見守りや、専門的な生活支援が必要な人に向く。安心安全な住まいの確保と、伴走型支援による生活の維持を目指すものとなっている。

理想と現実の間に横たわるギャップ
ディスカッションでは、(一社)北九州未来づくりラボの宮地弘行理事長が報告を行った。同団体は不動産・建築・司法専門職から自治会、大学までを巻き込んだ体制をつくり、空き家の再生を通じて、住まいや居場所に困る人へつなぐネットワークづくりに注力している。また、売却しづらい再建築不可物件や老朽住宅など、「負動産」をマスターリースで引き受け、住宅確保要配慮者へ市場より低廉な家賃で提供する取り組みも行っている。そのうえで、「滞納やトラブルの懸念を払拭するには、団体や管理人、行政、外部団体などが連携して見守りを行い、安心して貸せる環境を用意することが大切だ。しかし、その一方で居住支援法人などにとっては、リフォーム費用を考えると採算を確保するのは極めて厳しい。官民の知恵を組み合わせ、このギャップを埋めるかが最大の課題」(宮地理事長)と問題提起した。
北九州市都市整備局住宅部住宅計画課長・藤尾直彦氏は、市内約50万戸の住宅のうち、8万戸が空き家であり、政令市のなかで高齢化率が最も高いこと、市営住宅が約3万3,000戸と突出して多いこと、居住支援協議会が不動産会社や福祉・障がい者団体などを束ねる協議とマッチングの場として機能していることなどを紹介。セーフティネット住宅の登録は目標6,000戸に対して約5,900戸に達しているものの、「住宅確保要配慮者専用の『専用住宅』は11戸にとどまる現状が最大の課題」(藤尾課長)と明言した。また、高齢者や障がい者が相談しやすい「住まい探し協力店制度」、14の居住支援法人の活動を紹介するチラシや動画、ガイドブックなど、情報提供の工夫を重ねているが、「制度の存在が家主や不動産業者に十分浸透していないことも大きな課題」(藤尾課長)と述べた。
NPO法人抱樸(ほうぼく)理事長で北九州・中間の両市の居住支援協議会で要職にある奥田知志氏は、住宅セーフティネット法(国土交通省管轄)と生活困窮者自立支援法(厚生労働省管轄)がほぼ同時期に改正、施行されたことに触れ、「これはたまたまではない。住宅だけに困っている人はほとんどいないことを表している」と強調。また、そこに2つの法律の改正が重なり、厚労省と国交省が共管する枠組みとなったことについて、「住宅だけでは解決しない複合的な困難に、制度側がようやく追いつき始めたが、現場から見るとあと一歩の感が拭えない」(奥田理事長)などと述べた。
法改正で居住支援法人の業務として明記された、残置物処理も大きな課題の1つ。「居住支援法人が一般廃棄物処理の許可なく廃棄物を運搬すれば、個人で1,000万円、法人で3億円以下の罰金に至りかねない。知らずに動けばNPOが一瞬で消える」(奥田理事長)などと指摘した。
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住まいは、国民の健康で文化的な生活にとって不可欠な基盤であり、住生活基本法(06年6月施行)においては、その基本理念の1つとして住宅確保要配慮者の居住の安定確保が位置付けられている。改正住宅セーフティネット法の施行は、住宅確保要配慮者の居住の安定確保をさらに後押しするものではあるが、ここまで見てきたように克服すべき大きなハードルがいくつも存在する。その一方で、不動産会社やNPO法人のなかには、ビジネスとして一定の収益を上げながら、この難しい問題に取り組む企業も見られる。今後は、国や自治体はもちろん、企業や個人などさまざまな立場の人が知恵を出していくことが必要となる。今回の法改正がどこまで機能するか、今後の動向が注目される。
(了)
【田中直輝】

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