鹿児島大学名誉教授
ISF独立言論フォーラム編集長
木村朗
米国は1月2日深夜から、ベネズエラへの大規模な軍事攻撃を行い、ニコラス・マドゥロ大統領夫妻を逮捕、拘束して米国内に連行しました。
そこで、今回はこの米国によるベネズエラ攻撃を取り上げて、その狙いと背景を考えてみたいと思います。
2.米国のベネズエラ攻撃の狙いは何か(続き)
③ 西半球における米国の覇権の再確立~「モンロー主義」から「ドンロー主義」へ~
トランプ政権は、昨年12月5日に、新しい「国家安全保障戦略」を発表した。この新しい国家安全保障戦略は、「グローバル覇権」を目指してきた米国の戦略は誤りだった、と評価している。そして、「グローバル覇権」を目指す戦略を、「西半球」という「地域覇権」を目指す戦略へシフトすることを宣言している。
この国家安全保障戦略は、1823年の「モンロー主義」をトランプ流に修正して現代に蘇らせるもの、すなわち「現代版モンロー主義」=「ドンロー主義」である。
その具体的な狙いは、4点ある。第1に、中国・ロシア・イランによる港湾・エネルギー・通信インフラの支配を阻止すること、第2に、南米での資源確保を進めるエネルギー安全保障の強化、第3は、国境管理を国家安全保障の最優先課題にして移民流入を阻止すること、第4は、麻薬組織をテロ組織と見なし、麻薬対策として軍事行動を正当化することである(「米国国家安全保障戦略とトランプ版モンロー主義」木内 登英のポートレート 26年01月06日)。
今回の米国の軍事介入には、麻薬取締・テロ撲滅という名目以上に、「アメリカの裏庭」であるベネズエラやキューバなど、反米を掲げる国々に、さまざまな支援・協力を行う中国やロシアの影響力増大を阻止する狙いがあったと思われる。
トランプ大統領は、第一次政権の18年、国連総会の一般討論演説で、「我が国はモンロー大統領以来、西半球への外国の干渉を拒むことを正式な政策としてきた」と表明している。もしトランプ氏が20年の選挙に勝利していたら、1823年の米国のモンロー主義宣言から200周年の2023年に、「現代版モンロー宣言」である「トランプ宣言」を打ち出していたであろう。
トランプ大統領は、それをいまの26年に、「我々は南米における支配を再び確立した」として、「ドンロー主義」(「米州自由貿易機構」をつくりラテンアメリカ全体を1つにする)として打ち出している。そのために、米国の意に沿わないベネズエラ、キューバ、メキシコ、コロンビア、ニカラグア、ペルーなどの政権を倒そうとしている。
「マドゥロ追放の軍事作戦を急展開で成功させたことで、政権転覆を狙うトランプ政権はますます勢い付き、キューバをはじめとするほかのラテンアメリカ諸国を照準に据えた」(米国とキューバの交渉に関する内幕本を書いた、ピーター・コーンブルー氏)
3.米国のベネズエラ攻撃に対する反響と今後の展望について
トランプ米大統領は1月3日、南部フロリダ州の私邸で記者会見し、米軍によるベネズエラのマドゥロ大統領拘束を正当化し、政権移行まで米国がベネズエラを「運営する」とし、ベネズエラ側が協力しない場合は再攻撃すると警告した。この警告の対象は、実はベネズエラだけではない。米国は、米国政府と友好関係を維持しながらロシアや中国、イランを支援する非同盟諸国をもはや容認しないことを示したのだ。
「植民地支配とは、まさにこういうことだ。我々は南米を我々の裏庭だと考えている。そこに住む人々の主権など、我々にとってはどうでもいいことなのだ。」(ガーランド・ニクソン)
緊急で開かれた1月5日の国連安保理で、ディカルロ事務次長はグテレス事務総長の声明を読み上げ「(米国による)1月3日の軍事行動に関して、国際法が尊重されなかったことを深く懸念している」と述べた。
米国のウォルツ国連大使は「トランプ米大統領は外交の機会を提供し、緊張緩和を試みた。だがマドゥロ氏はそれらを拒否した」と自国の行動を正当化した。そのうえで「マドゥロ氏は単なる起訴された麻薬密売人ではない。彼は非合法な大統領であり、国家元首ではなかった」と述べた(このウォルツ国連大使の発言の裏には、24年7月28日にベネズエラで大統領選挙が行われマドゥロ氏が3選をはたしたが、不正選挙疑惑が敗れた野党陣営から出されて激しい抗議行動が引き起こされるという経緯があった)。
ベネズエラのモンカダ国連大使は「1月3日の出来事は国連憲章に対する米国政府の明白な違反だ」と非難した。「国家元首の拉致や主権国家への爆撃が容認されるのであれば、武力こそが国際関係の真の仲裁者であるという(誤った)メッセージを世界に送る」とも警告した。
またトランプ大統領は、1月3日の記者会見で「議会には連絡しなかった。「議会は情報を漏らす傾向がある。漏れていれば結果は違っていた」と公然と語っていた。これは事実上、大統領が議会を無視して戦争を始めたことを意味する。憲法上、宣戦布告の権限は議会にある。だが、主流メディアはこの点をほとんど追及しなかった。
さらに深刻なのは、視聴者・読者側の反応だ。トランプ支持者の多くは、ベネズエラ介入を「強いアメリカの復活」として歓迎している(メディアの沈黙と大衆の無関心──この組み合わせが、米国の無法な対外介入を可能にしている「大統領が『拉致』される時代──ベネズエラ介入が暴く米国の真の姿」) 。
「憲法上の分離権は死んだ。行政府が好き勝手に戦争を始め、議会は黙認し、メディアは質問すらしない。これはもはや憲法に基づく政府ではない」(ガーランド・ニクソン、米国の独立系ジャーナリスト・政治評論家)
「我々は国際法の範囲内で活動する国家ではない。我々は誰にも説明責任を負わない、ただアメリカ国民を除いては。そしてアメリカ国民はこの愚行を受け入れている。それこそが今日最大の課題だ」(スコット・リッター)
次に、ベネズエラ内外の政治動向を見てみよう。
米軍に拘束されたベネズエラのマドゥロ大統領は、1月5日にニューヨーク連邦地裁に初めて出廷し、「私は無実であり、無罪だ」「私はまともな人間で、今なお自国の大統領だ」と主張した。
ベネズエラでは、デルシー・ロドリゲス副大統領が憲法の手続きに従って暫定大統領に就任し、米国の行動を「野蛮行為」と断じ、その目的は「我々のエネルギー資源、鉱物資源、天然資源の奪取だ」と断言した。しかし、トランプ大統領のベネズエラへの第二次攻撃の脅しを受けてから、その態度は徐々に変化している。
1月4日夜、ロドリゲス暫定大統領はトランプ米大統領宛ての声明で、「私たちの国民と地域に必要なのは、戦争ではなく平和と対話です」と述べ、さらに「国際法の枠組みのなかで、発展を目指す協力的な議題に基づき、永続的な地域社会の共存を強化するため、米国政府に協働を呼びかけます」と表明した。
そして、このロドリゲス暫定大統領の後釜を狙っているのが、ワシントンによるベネズエラ政権転覆工作の代理人として知られる野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏だ。マチャド氏のノーベル平和賞受賞には、マルコ・ルビオ米国務長官の強力な後押しがあったという。
このマチャド氏は、イスラエルのガザ攻撃を支持する一方で、アメリカに対して「ベネズエラに攻め込んでくれ」と懇願していた。しかし、トランプ大統領は、マチャド氏はベネズエラ国民に支持されていない、と発言している。
今後のベネズエラ情勢はトランプ政権の動向との関連で揺れ動いていくことであろうことはたしかだ。
・英国やフランスなど欧州の西側諸国には、マドゥロ氏の拘束を前向きに評価する声が強いが、軍事行動への批判も出ている。EUはこれまで米国のウクライナ・ロシア政策に対抗する姿勢を見せてきたが、今や米国の国際法違反を全面的に支持する姿勢に変わった。そのなかでも、スペインのサンチェス首相は、マドゥロ政権を承認していないとしながらも、国際法に違反する行為だと非難した。また、グリーンランドを領有するデンマークのマルクス・ラッセン国連大使は「危険な前例となる。国際法や国連憲章はすべての加盟国が尊重すべきだ」と批判していることは注目に値する。
・中国は、今回の攻撃を「主権国家に対する露骨な軍事力の行使」と非難した。今回の米国の軍事介入は、麻薬対策という名目以上に、「アメリカの裏庭」であるベネズエラやキューバなど、反米を掲げる国々に、さまざまな支援を行う中国の影響力が増すことを阻止する狙いがあるとする。
・ロシアは、プーチン大統領が最初の公式対応として、マドゥロ氏の釈放を即座に要求した。ロシア外務省は6日、ベネズエラの副大統領だったロドリゲス氏が暫定大統領に正式に就任したことを歓迎する声明を発表した。「国家主権と国益を守るベネズエラ政府の努力」に敬意を示し、必要な支援を引き続き提供すると主張した。
・米国の軍事攻撃に対し、ブラジル、メキシコ、コロンビアなど中南米諸国などからは「主権侵害」「力による現状変更」という批判が出ている。一方、アルゼンチンが米国への支持を表明しているのが注目される。
・日本では、高市早苗首相が唯一の同盟国である米国の今回の行動に対し、その是非に直接言及せず、「ベネズエラにおける民主主義の回復および情勢の安定化に向けた外交努力を進めていく」と語っている。これに対して、高市総理は「ベネズエラの民主主義」が取り戻されるように、と言っているが、まずトランプ大統領に「民主主義を取り戻せ」というべきではないか、との批判も出ている(立憲・川内博史議員)
最後に総括すると、今回の米国のベネズエラ攻撃の目的は、麻薬対策・テロ撲滅というのは口実であり、石油資源の収奪、中国・ロシア・イラン・キューバとの関係遮断、西半球での地域覇権の確立が狙いであった。トランプ大統領は、ベネズエラの次の標的を、イラン、キューバ、メキシコ、コロンビアなどに定めている。すでに国内情勢が混乱しているイランへの軍事行動は始まっているようだ。
この他にも、トランプ大統領は、デンマーク自治領グリーンランドについては、「占領」(場合によっては武力行使もあり得る)を示唆していたが、最近ではグリーンランドの「購入」契約という新たな方策に転じたようだ。しかし、こうしたやり方は、デンマークをトランプ政権とEU双方にとって厄介な立場に追い込み、EUが米国の常軌を逸したやり方にどう対応するかをめぐって、ウクライナ戦争への対応も含めて、EUの分裂とNATO機能不全といった新たな危機を引き起こす可能性もある。
国際法秩序を無視して世界の安定に逆行する動きを強める「ならず者国家」米国とどう向き合っていくのか。こうした難題を、国際社会とともに、日本も突きつけられている。
☆参考文献
・{大統領が『拉致』される時代──ベネズエラ介入が暴く米国の真の姿}
オルタナ図書館—Alzhacker 2026年1月4日
☆関連動画
学カフェ2026年1月8日(上野康弘):米国によるベネズエラ攻撃の狙いは何か?【時代の奔流を読むby木村朗】※編集済み完全版
(了)








