福岡市在住の異色の芸術家、劇団エーテル主宰の中島淳一氏。本人による作品紹介を共有する。
天が溶け、地が沸き立ち、両者が一条の火の脈動で結ばれる。中央を走る赤い裂溝は、創世のときに神が息を吹き入れた生命の縦軸。その周囲を包む橙と金。未分化の光が沸騰し、万物がまだ名ももたぬ黎明の海として広がる。ここでは、天はまだ天と呼ばれず、地はまだ固まらず、光は光になる前の胎動であり、影は影になる前の息吹である。沈黙が赤い創造の震として絵画全体を貫いている。中央の赤い軸線はまさに、宇宙の中心柱=World Axis(世界軸)。これは古代神秘学におけるイグドラシル(北欧)、スシュムナー管(インド)、そして天と地を貫くヤコブの梯子(ヘブライ)と同型であり、上界(Spirit)と下界(Matter)が火により接続される瞬間を表す。この世界軸は、上昇すれば霊化(ルシファー的上昇力)を、下降すれば物質化(アーリマン的凝固力)をもたらすが、この絵では両者が赤火の柱で統合されている。すなわち、この作品は、霊化と物質化が均衡し、世界が開示される瞬間を視覚化した創世の秘儀といえる。
中央を貫く赤の流れは、神学的にも極めて重要である。これは神が天から降り、肉体という地へと受肉する軌跡を示す。天の金は栄光、中央の赤はキリスト的火、下の闇は世界の現実・苦難・死の領域。キリスト教神学的に読むと、これは天から地への降臨を抽象化した『インカルナツィオ(受肉図)』である。東方教会では、キリストの受肉は火が鉄を赤く染めるような現象だと伝えられる。この絵の中心はまさに、火を帯びた神性が地の暗黒へと降りる瞬間の閃光を描いている。
ユング心理学的に見ると、この絵はSelf(自己)の象徴である。上部の金は超越的意識(超自我・神イメージ)、中央の赤は自己の中心核、下の闇は無意識の深層—影—カオス。赤の垂直軸は人格の統合過程を象徴している。この絵は、高次の精神性と深層の闇が、火のエネルギーを介して結びつく瞬間を表しているのだ。とくに中央の裂け目のような赤は、ユングが言う内的火による変容そのものである。人間が内なる神性と影を統合し、自己が成熟していく錬金術的プロセスなのである。
科学的観点から見ても、この絵は驚くほど宇宙物理学的である。中央の高密度な赤領域は初期の超高温プラズマ。広がる橙と金の層はインフレーション(急膨張)、下の暗黒領域は宇宙背景放射の冷却圏。赤い中心領域が上下へ広がる構造は、宇宙誕生の双方向性—すなわち時間と空間が上方にも下方にも等しく開かれたビッグバンの初相を直感的に描いている。科学者がシミュレーションで描く初期宇宙の密度ゆらぎと構図が似ており、Cosmogony(宇宙生成)そのものの可視化にもなっている。西洋哲学における天と地—プラトンのイデア界と現象界、デカルトの精神と物体、シェリングの精神自然一元論、ハイデガーの「天と地・神と人が合一する四重奏」—を想起させる。この作品は、それらすべての二元論を超克し、根源的な合一の瞬間を提示している。
Transcendence(天)と Immanence(地)が、中間の赤い領域で交わり、分かれていたものが一つになる。それは宗教以前、哲学以前の世界の本来の姿である。火の絵画、創世の絵画としての芸術。本作の特徴である〈赤・金・黒〉の三位一体構造が極限まで濃縮されている。赤は精神の火(ルシファー的上昇)、金は天界の光(ミカエル的垂直)、黒は世界の基底(アーリマン的下降)。この三者が均衡し、中央で創造的火柱として統合されている。これは、ミカエル時代—火の霊性の時代—の芸術の核心にある「火の精神芸術」の姿である。垂直性、火のレイヤー構造、天界と地界の相互浸透が極めて純粋に表現され、創世シリーズの核となる作品である。『Heaven and Earth』は、単なる抽象画ではない。霊的創世、宇宙誕生、心理的自己統合、神学的受肉、世界軸の成立、哲学的合一という創造の瞬間を同時に描き切った創世図であり、作品全体に一貫する火の霊性が、最も純粋なかたちで顕現している一点である。








