運輸評論家 堀内重人
概要
日本の地方経済は長期的な停滞に直面しているが、これを打開するヒントはクルーズトレインにある。クルーズトレインには、伝統工芸品が室内に飾られ、訪問地では郷土芸能が披露される。食堂車では、「地産地消」のもとで、季節の旬の食材を生かした料理が提供される。また、走行などの技術面では蓄電池技術が挙げられ、「旅行商品」として見れば、従来の薄利多売から「厚利少売」というモデルで価値を追求するなど、日本復活のヒントが詰まっていると言える。
はじめに
日本はバブル経済崩壊後、長期的な経済停滞に直面し、「失われた30年」とも言われてきた。先進国のなかでも経済成長が鈍い状況が続いている。この状況を打開するため、2000年代に入ると、小泉内閣は「観光立国」を掲げ、観光による地域活性化を通じて日本全体の活性化を模索するようになった。
21世紀に入ると、観光も団体中心のマスツーリズムから、参加・体験を通じて学ぶ産業観光などへと広がり、観光の在り方にも変化が見られる。
クルーズトレインはツアー形式で販売されるが、大口の団体旅行ではなく、30数人規模の小さな団体旅行である。訪問先では地元の伝統工芸品の製造を体験したり、郷土芸能に触れたりするなど、体験を通じて学ぶ産業観光の性格も持つ。車内の装飾には地元の伝統工芸品が使われ、列車によっては、車内で淹れた抹茶が和菓子とともに提供される。
食堂車では、旬の地元食材を生かした料理が提供される。地元の料亭やレストランでも同様で、地域経済を潤す仕組みとなっている。
技術面では、非電化区間も走行する「トワイライトエクスプレス瑞風」に、ディーゼル発電機で発電した電気でモーターを駆動する仕組みが採用されているほか、ブレーキ時に生じた電気を蓄電池に貯める仕組みもある。蓄電池などの技術は、今後、輸出品として発展途上国の電化に貢献する余地をもつ。
旅行商品として見ると、従来の薄利多売の商売から脱却し、付加価値を追求した厚利少売のビジネスモデルとなっており、それに見合う価格を設定しながらも、利用者の満足度が高い商品となっている。
本稿では、伝統工芸品・地場産業、郷土芸能、地産地消、蓄電池などの技術革新、旅行商品という視点から、日本復活の可能性を探りたい。
1.伝統工芸品・地場産業
クルーズトレインは、車内を飾る伝統工芸品や地場産業と「観光」を結び付けている。製造業と観光の結び付きは「インダストリアル・ツーリズム」、別名「産業観光」とも呼ばれる。
インダストリアル・ツーリズムは、地域経済の多角化、ブランド価値の向上、地場産業の再評価などを目的として、多くの地域で注目されている。製造現場を観光資源として捉え、一般市民らに開放し、見学や体験を通じて魅力を伝えるものである。
実例としては、食品、伝統工芸、ハイテク製品などの工場見学があり、さらに陶芸、鋳物、ガラス細工などのものづくり体験もある。
クルーズトレインでは、「ななつ星in九州」で組子の作製がコースに組み込まれ、「トランスイート四季島」では会津漆器への着色がコースに組み込まれている。
インダストリアル・ツーリズムには、製造業側と旅行会社・自治体など観光側の双方に利点がある。製造業側の利点として、以下の4点が挙げられる。
①ブランド認知度の向上
②自社製品やサービスの顧客づくり
③商品の付加価値向上
④土産品など新たな収益源の確保
一方、旅行会社や自治体側の利点として、以下の3点が挙げられる。
①地域独自の観光資源の創出
②リピーターの獲得とインバウンド需要の強化
③修学旅行や社会見学など教育的要素の提供
東京都墨田区では、伝統的なものづくりと観光を組み合わせた取り組みが進められている。
2.郷土芸能
1)神楽(かぐら)
JR西日本が運行する「トワイライトエクスプレス瑞風」は、「山陰本線下り」「山陰本線上り」のコースで島根県西部の石見地方を通過する。この地方は、日本の神道における伝統的な神事芸能である神楽が盛んな地域である。
今日「神楽」といわれるのは里神楽である。各地の神社や祭りで見ることができ、地域ごとに異なる特色をもつ。
神楽は日本各地で伝統芸能として受け継がれ、地域の文化や信仰と深く結び付いている。現在では、石見地方や伊勢地方などで観光資源としても活用され、祭りやイベントで披露されることが多い。
また、国の重要無形民俗文化財に指定されている神楽もある。
神楽を舞うには、道具や備品、衣装が必要であり、それらを製造する職人の存在が欠かせない。製作には多くの工程があるため、そのノウハウを生かして新商品や新産業へ発展させることが期待される。
2)雅楽
日本の伝統的な音楽である雅楽は、厳島神社で「トワイライトエクスプレス瑞風」の乗客のために奉納される。雅楽は日本の伝統芸能であるが、飛鳥時代に仏教とともに中国や朝鮮半島から伝わった音楽が起源とされる。奈良時代には宮廷や寺院で演奏されるようになり、平安時代には日本独自の楽曲や舞が加わって、現在の雅楽の形が確立した。
今日でも、雅楽は神社などで演奏されるほか、音楽ホールでの演奏会や海外公演も増え、世界的にも評価されている。
雅楽で使われる楽器は、西洋音楽のオーケストラと同様に、管楽器・弦楽器・打楽器の3種類に分類される。それぞれが独特の役割を担い、雅楽の荘厳な音色を生み出している。
雅楽では木製や竹製の管楽器が用いられるが、楽器製造には多くの工程がある。そのノウハウを生かし、新商品や新産業の発展につなげたい。
3.地産地消の食材
旅行中の最大の楽しみは、何といっても食事である。クルーズトレインの食事には、食堂車で提供される場合と、地元の有名レストランや料亭で提供される場合がある。いずれの場合も、地元産の旬の食材を生かした料理が提供されるため、「地産地消」が実現している。
クルーズトレインでは、1泊2日のコースでも1名あたり35万円程度の旅行代金を徴収する。乗客を満足させるには、著名な料理人が監修・プロデュースしたメニューを提供しなければならない。そのため食堂車にはシェフを5~6名乗務させるほか、従来の食堂車より広い厨房と充実した厨房機器を備えている。
その一方で、食堂の客定員は少なく抑え、2交替制を導入しながら、乗客にきめ細かなサービスを提供できる体制を整えている。
旬の食材を提供することは、農産物などに付加価値を与え、高い価格で販売できることにつながる。地域農業の振興に資するだけでなく、日本の農産物を輸出する際の競争力強化にもつながる。
4.蓄電池技術
「トワイライトエクスプレス瑞風」は、ディーゼル発電機で発電した電気や蓄電池に蓄えた電気で駆動する。今後の蓄電池には、大容量化や急速充電への対応など、性能向上が求められる。蓄電池による走行は、地球温暖化の一因となるCO2を排出しないだけでなく、NOxやSOxなどの環境汚染物質も排出しない。このため、非電化区間ではディーゼル車に代わるクリーンな輸送機関となる。
また、架線や変電所を要しないため、それらのメンテナンスコストを抑えつつ電化を進める余地がある。ただし、1回の充電で走行できる距離は30km前後にとどまるため、急速充電への対応に加え、走行距離の延長が課題となる。
蓄電池は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーで発電した電力を蓄えることができ、その電力を走行に活用することもできる。
政府は、2050年カーボンニュートラルを掲げ、温室効果ガス排出の実質ゼロを目標としている。それに向け、内燃機関から蓄電池車両を含む電気を動力源とする計画を推進しているが、蓄電池車は導入コストが割高である。普及には政策面での支援も重要だ。それが実現すれば、採算性の低いローカル線や非電化の第三セクター鉄道などの持続可能性は向上するといえる。
蓄電池は鉄道業界にとどまらず、発展途上国の電化にも貢献し得る。今後は、小型軽量で大容量の蓄電池の開発を進め、日本の主要な輸出商品へ育てていくことが望まれる。
5.薄利多売の旅行商品からの脱却
クルーズトレインによる観光形態の変化と旅行商品の差別化は、鉄道が単なる移動手段から「体験型の高付加価値商品」へ進化したことを意味している。
従来の旅行商品は薄利多売であり、「機能的価値」や「情緒的価値」が中心であった。クルーズトレインの誕生によって、そこに「体験的な価値」が加わり、それが差別化のカギとなった。思い出に残る体験を旅行商品に組み込んで提供することが、競争上の優位性を生むのである。
クルーズトレインでは、各列車によって旅行開始前のセレモニーの方法に違いはあるものの、共通しているのは、乗客とクルーの心のふれあいが旅行商品の価値の一部として機能している点である。つまり、旅行商品を「薄利多売」から「厚利少売」へと転換した。
これは旅行業に限らず、他の業界にも通じる。いつまでも薄利多売のビジネスモデルに依存していては、社員が疲弊し、自社の利益も向上しにくい。「厚利少売」の考え方は、企業が付加価値を高め、その価値を適正に購入してもらう方向へのビジネスモデルの転換を意味する。
6.各自治体への経済効果
今日の日本では、地方の活性化が喫緊の課題となっている。クルーズトレインが立ち寄れば、高付加価値観光としてその地域のブランド力が高まり、新たな観光客を呼び込みやすくなる。クルーズトレインは、単なる観光資源ではなく、東京一極集中の是正に向けた地域活性化のツールとしても注目される。
クルーズトレインは、新たに大規模な社会インフラを整備しなくても、既存の施設を情報発信したり、一般の観光客では体験できない場所を見学させたりすることで、他の旅行商品との差別化を図っている。公共事業に依存せず地方活性化を進められる点も特徴である。
クルーズトレインの登場は、ローカル線の価値も変えた。景色のすばらしいローカル線は、速度が出なくても「ゆっくり景色を堪能できる」というかたちでプラスの評価につながった。
また、クルーズトレインは周遊するかたちで上野駅、大阪駅、博多駅へ戻ることが多い。その運行を支えるにはローカル線が不可欠であり、「ネットワークの重要性」を再認識させた。さらに並行在来線の存続・活性化にも貢献し、各県や各自治体の欠損補助負担の軽減にもつながった。
まとめ
クルーズトレインは、車内に日本各地の名工の作品が使われたり展示されたりするだけでなく、訪問地では伝統工芸品の製造現場を訪れたり、郷土芸能が披露されたりするなど、日本の優れた伝統工芸や文化が詰まっている。食堂車で提供される料理も同様で、地元の旬の食材を生かした「地産地消」の考え方が取り入れられている。旅行商品として見ても、「薄利多売」のビジネスモデルから脱却し、価値そのものを売り出している。
日本は「ものづくり」を行う国であるが、高市内閣が目指す軍事産業を育成し、武器輸出で日本を復活させようとする考えは誤っている。これでは特定の企業や都市部にしか経済波及効果が及ばないうえ、日本が世界から攻撃されるリスクも負う。
やはり、地場産業・伝統工芸品や郷土芸能などをベースに、新商品の開発や新産業を興すことで、地方にも経済波及効果を及ぼし、日本全体の景気を底上げすべきである。
クルーズトレインを研究することは、日本復活への近道だといえる。








