住宅産業は「内憂外患」

施工現場の様子。建築基準法の改正に加え、中東情勢など住宅産業を取り巻く環境は大きく変化している
施工現場の様子。
建築基準法の改正に加え、中東情勢など
住宅産業を取り巻く環境は大きく変化している

    住宅産業が今、「内憂外患」の状況に置かれている。内憂については、2025年4月の改正建築基準法の全面施行という制度変更が、住宅着工の遅れを招いている。外患は、中東情勢の緊迫化。それにともなう材料・部品調達の滞りが顕在化し始めており、こちらは先行きがまったく見通せない状況だ。今後、住宅価格のさらなる高騰や、引き渡し時期の遅延、あるいは調達力の低い中小住宅事業者の経営逼迫を招きかねない。

4号特例の縮小と
省エネ基準の適合義務化

 改正建築基準法における大きな変更点は、「4号特例」の大幅な縮小である。木造2階建までの小規模な住宅においては、建築確認申請の際に構造計算書などの提出が一部省略される特例が認められていた。これは、戦後の住宅不足のなかで効率的に供給を行うための仕組みであったが、現代においては「耐震性や安全性のチェックが不透明である」という懸念を常に抱えていた。

 この特例が縮小されたことで、現在はほぼすべての新築住宅において、厳格な構造審査が義務付けられている。それにともない事業者が直面しているのは、膨大な事務的・技術的負荷である。これまでは図面数枚で済んでいた確認申請が、詳細な壁量計算や柱の接合部のチェック、さらには構造の安全性を証明する数多くの書類を検査機関に提出することが求められるようになった。その結果、着工までに要する期間が数カ月単位で延びるという事態が全国で常態化している。

 提出図面をチェックする側である指定確認検査機関も、厳しい状況に置かれている。審査すべき項目が激増した一方で、審査側の専門員が不足しているため、改正から1年が経過した現在も、確認済証の発行までに要する期間が長期化。「以前の2倍以上に延びている」(ある確認検査機関関係者)という話もある。そのため、かつては数週間で済んでいた審査が、今や2カ月待ち、3カ月待ちとなることも珍しくない。審査機関の窓口には、着工を急ぐ事業者からの問い合わせが殺到し、より審査に時間がかかることになっている。

住宅取得コストが一層の上昇

 さらに、今回の改正におけるもう1つの柱が、すべての新築住宅に対する「省エネ基準の適合義務化」である。「2050年のカーボンニュートラル実現」に向けた国の方針に基づき、断熱性能などで一定の基準を満たしていない住宅は、そもそも建築の許可が下りないことになった。

断熱性の向上に寄与する木製トリプルガラスサッシ
断熱性の向上に寄与する
木製トリプルガラスサッシ

    しかし、この「質の向上」は、当然ながら建築費の上昇につながっている。断熱材の厚みが増し、窓サッシも高断熱なものへとグレードアップしなければならないからだ。法改正による事務コストの増加と、部資材のスペックアップが重なり、住宅価格は改正前と比較して数百万円単位で押し上げられる結果となった。事業者は、このコスト上昇分をいかに消費者に納得してもらうか、あるいは自社の利益を削るかという、厳しい選択を迫られている。

 とくに深刻なのが、リフォーム事業者への影響だ。大規模なリフォーム(大規模の修繕・模様替え)を行う際には、現行の法規への適合が求められるケースが増え、想定外の補強工事が必要になったりすることで、手間の増加はもちろん、工事金額の上昇にもつながってしまうからだ。省エネ改修をともなわないリフォームであっても、建物の構造に関わる部分に手を付ける場合、前述の厳格化された審査の対象となる。

 新築事業とリフォーム事業を展開している福岡市内の中堅ハウスビルダーは、「受注に関してはある一定規模の確保ができているが、確認申請の長期化から着工・引き渡しがずれ込んでいる。当社では1棟当たり単価のアップができているため、売上減少は事業計画の想定内に収められているが、それができない事業者は厳しい状況を強いられているのではないか」と話している。建築基準法の改正は、日本の住宅の省エネルギー性能という質的向上、脱炭素社会の実現を目的とするものであったが、実務上のハードルは国などの想定を超える高さとなり、現場に立ちはだかっている。

中東情勢の緊迫化で
部資材調達が困難に

 2026年2月末には、新たな懸念すべき事態が発生した。アメリカ・イスラエルによるイラン攻撃に端を発する、中東情勢の急激な緊迫化である。住宅には平均1万点以上ともいわれる部資材が使われているが、その製造過程において、石油由来のものも多くあるからだ。

 たとえば、屋根の防水を担うアスファルトルーフィング、壁や床の裏側に敷き詰められる断熱材、部屋の内装に使われるビニール壁紙、さらには木材を接着するための接着剤、外壁の隙間を埋めるシーリング材などは、すべてが石油を原料としている。さらに細かく見れば、構造躯体に用いられる木材や鉄鋼、コンクリートなどの素材の製造・加工・輸送などにも、石油は欠かせない。

 これにより、大手部資材メーカーの一部では値上げのほか、「新規受注の停止」という措置まで取られ始めている。ある住宅事業者は、断熱材の供給がこれまでの半分以下に絞られたことで、現場では「構造躯体の施工は完了したが、断熱材が入らないために壁を閉じられない」など、いわゆる「工程のストップ」が見られるようになったと指摘している。

 影響は、キッチンやユニットバス、トイレといった住宅設備にも波及。中東情勢に端を発するエネルギーコストの上昇は、物流コストを増大させ、特定の部品1つが届かないだけで製品全体が出荷できないという、サプライチェーンの分断も招き始めている。

 東日本大震災の発災後は、国内のサプライチェーンが寸断され、一時期、住宅産業に大きな混乱を招いた。その際は代替品の納入などでしのぎ、その後、比較的早く部資材不足は沈静化した。しかし、今回の事態は国内だけの問題ではないことから、震災以降のようなレジリエンス性は期待できない。参考にすべきは、1970年代のオイルショックであろう。

オイルショックで大きく市場が減退

 日本の住宅着工数は戦後の高度経済成長とともに右肩上がりを続け、オイルショック直前の73年には約191万戸という、日本史上最高記録に達した。しかし、同年10月に勃発した第4次中東戦争に端を発するオイルショックにより、状況は一変。74年には132万戸(前年比約31%減)と、わずか1年で60万戸近い着工が消失した。さらに翌年には約120万戸(73年比約37%減)まで落ち込んでいた。

 そうした過去の経緯を踏まえてか、国土交通省は4月13日、「中東情勢などを踏まえた対応について」と題する通知を住宅生産関係団体宛に送付した。内容は、経済産業省など政府全体で対応していることに加え、建築主への情報提供や住宅建材・設備の変更の手続き、住宅建材・設備に関する情報収集への協力、セーフティネット貸付などに関するものとなっている。住宅部資材の価格高騰や調達難による混乱の沈静化を図る狙いがあるものだが、極端な騒動につながらないか、注目されるところだ。

 というのも、当時も多くの石油由来の部資材が市場から消え、物不足への不安から資材メーカーや問屋による「売り惜しみ」や「買い溜め」が横行し、混乱に拍車がかかった。建築資材に至っては「時価」で取引されるほど価格が暴騰し、当初の見積もりで家を建てることが不可能になり、多くの契約が破棄や凍結に追い込まれた。そのため、この時期に多くの地場ビルダーが倒産したり、住宅事業から撤退することとなった。つまり、オイルショックは住宅産業のパラダイムシフトの契機となったのだ。

住宅産業はパラダイムシフトの時代へ

 では、現代版オイルショックでは、どのような変化が見込まれるだろうか。それは、新築からストックへの明確なシフトである。日本においては空き家の数が900万戸を超え、ただでさえ住宅余りの状況にある。加えて、物価高が新築住宅の取得を難しくしているなかで、より本格的に「新築住宅志向」が終焉を迎える可能性がある。

中古住宅のイメージ。今後は空き家活用が進む可能性も
中古住宅のイメージ。
今後は空き家活用が進む可能性も

    また、これまで木材は大部分が住宅用に供給されてきたが、今後は非住宅にも広がっていくことが予測される。構造躯体を鉄骨やコンクリートで形成していた非住宅は、それらの製造、調達、物流に多大な石油資源を要する。森林資源が豊富な日本、とくに九州では調達がしやすいため、現在の状況は非住宅の木造化に有利に働きそうだ。

中東情勢に関する情報を発信する政府のポータルサイト
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【田中直輝】

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