孫正義氏の強気の姿勢と投資家が懸念するリスク(後)

国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

 ソフトバンクグループの成長戦略を支える中核資産が、半導体設計大手のアームである。孫正義会長は、OpenAI、アーム、データセンターを結び付け、AI時代の物理インフラを押さえる構想を進めている。しかし、その原資はレバレッジ経営に依存しており、市場は財務リスクとともに、孫氏の独走態勢や後継者不在というガバナンス上の不安にも目を向けている。

アームが支える
ソフトバンクグループの投資戦略

イメージ    言うまでもなく、アームはソフトバンクグループの保有資産の核であり、今回の最高益達成を裏から支える最も安定したエンジンとなっています。スマートフォン向けが中心だったアームですが、主要なクラウド事業者(AWS、Google、Microsoft等)が自社開発するAIデータセンター向けプロセッサの約半数にアームの基本設計が採用されるまでに拡大しました。

 しかも、AIモデルの巨大化にともない、データセンターの「電気代」と「冷却コスト」の削減が世界的な課題となっています。アームの低消費電力設計は、コストに悩むAIインフラベンダーにとって最大の強みとなり、ライバルのIntelなどから急速にシェアを奪っている模様です。

 アームの株価・企業価値が強固であるため、ソフトバンクグループはアーム株式を担保とした「マージンローン」を135億米ドル(約2兆円以上)規模に増額。ここで得たキャッシュを自社株買いや、次のOpenAIへの追加出資、データセンター投資の原資に回すという持株会社特有の財務戦略を可能にしています。結果的に、アームは2026年5月6日に発表した26年3月期決算で過去最高の売上高を記録しました。

 孫会長は、これまでの「ネット上のアプリ(ソフトウェア)への投資」から、AIを現実世界で動かすための「物理的インフラの構築」へ完全に舵を切っています。ソフトウェア(OpenAI)、半導体(Arm)、そしてインフラ(データセンター・電力)までを垂直統合で支配する「ASI(人工超知能)のエコシステム」の確立を狙っているわけです。

 アームを通じた設計ライセンスビジネスの提供にとどまらず、ソフトバンクグループ自らが自社データセンター向けの「独自のAIチップやシステム」を構築する計画を進めている最中です。自社製造したチップをクラウドサービスとして外販・提供することで、NVIDIA依存を脱却し、より高い付加価値と収益性を追求しようとしています。

レバレッジ経営への市場の疑念

 ソフトバンクグループは、保有する資産(株など)に対してどれだけ借金があるかを示すLTV(ローン・トゥ・バリュー)を最も重要な財務指標に位置づけています。現在の水準(26年3月末時点)では、LTVは17.0%(プロフォーマベースでも20%程度)となっており、ソフトバンクグループの安全基準である「平時25%未満」を十分にクリアしています。アームの株価高騰により、担保となる「保有株式価値」が47.7兆円にまで膨らんだことが低水準を維持できている理由です。

 一方、26年に入り、OpenAIなどへの超巨額投資を実行するために40億ドル規模のブリッジローンなどを実施。これにより、一時的にLTVが25%〜33%程度まで急上昇する局面があり、米格付け大手のS&Pグローバル・レーティングは「格下げの目安である35%に迫るリスクがある」として、見通しを「ネガティブ」に設定し警戒を強めています。

 孫会長は、OpenAIのアルトマンCEOと緊密に連携し、OpenAIの次世代AIモデルを最速・最省電力で動かすための「アームベースの専用AIチップ」と「次世代巨大データセンター」を融合させたインフラプロジェクトを共同で推進しています。

 現在のソフトバンクグループは、アームの価値向上によって「17.0%」という強固なLTVをつくり出し、その信用力を担保に巨額の資金を借り入れてOpenAIの株式13%をもぎ取るという、極めてダイナミックなレバレッジ経営を行っています。投資家は、この「借金で未来の知能を買い占める」スタイルが持続可能か注視しているわけです。

 26年5月13日に「純利益5兆円」という過去最高益を発表したものの、翌14日の東京株式市場では下落に転じるなど、利益確定売りを誘う一因となりました。投資家が「最高益」という目先の数字を好感しつつも、格下げリスクに象徴される「未上場AI株への過度な依存」を警戒している証拠です。

 孫会長が主張する純資産価値(47.7兆円)に対し、現在の実際の時価総額(約14兆〜20兆円)は半分以下にとどまっています。格下げリスク(金利上昇時の利払い負担増など)が意識されることで、市場が付ける株価が本来の資産価値より低く抑えられる「ソフトバンク・ディスカウント」が解消されにくくなっているのが現状です。

 社債市場への波及という観点から見れば、ソフトバンクグループは「個人向け社債」の国内最大級の借り手です。格下げリスクが高まると、今後新しく発行する社債の「金利(クーポン)」を高く設定せねばならず、将来的な資金調達コストが増加する懸念があります。

 現在のソフトバンクグループの株価は、「OpenAIの成長率」と「S&Pなどの財務格付け」の綱引きによって決まっています。ファンドの投資先が「AIの勝者」で埋め尽くされていることは間違いありませんが、それが市場で正当に評価されるには、OpenAIの新規上場など、確実な「現金化」の証明が待たれる状況です。

孫正義氏の独走は強みかリスクか

 さらなる懸念材料もあります。孫会長の「独走態勢」は、単なる組織上の懸念にとどまらず、海外ファンドや市場が「最大のガバナンスリスク」として最も警戒しているポイントです。ワンマン体制のリスクに他なりません。

 過去に孫氏のブレーキ役(あるいは後継者候補)と期待されたアローラ氏や、元副社長のクラウレ氏、社外取締役だった柳井正氏(ファーストリテイリング会長)らが次々と去りました。現在の取締役会は孫氏のカリスマ性に異を唱えにくいメンバーが中心となっており、相互チェック機能が低下していると指摘されています。

 ファンドの意思決定も事実上ワンマンで、ビジョン・ファンド(SVF)には投資委員会が存在しますが、重要な超巨額投資(今回のOpenAIへの追加出資など)は、最終的に孫氏の「直感」と「トップダウン」で決まるケースがほとんどです。

 かつて孫氏の独断で巨額の資金を投じ、最終的に破産に追い込まれたWeWorkの苦い経験があります。海外投資家は、今回の「80兆円規模のデータセンター投資」やOpenAIへの過度な傾倒が、再び孫氏の「盲点」による巨額損失につながらないかを強く懸念しています。

 さらに、現在68歳の孫氏に万が一のことがあった場合、「次のソフトバンクグループを誰が率いるのか」がまったく不透明です。アームやOpenAIとの複雑な世界的ネットワークは孫氏の個人的な信頼関係で結ばれているため、同氏の退任はグループの瓦解に直結しかねないリスクと見なされています。

 財務の健全性やガバナンスを重視する欧州系のインデックスファンドなどは、この「1人の頭脳に数十兆円の資産が依存している状態」を嫌気し、ソフトバンクグループ株の購入を控える傾向があります。これが、株価が本来の資産価値より低く抑えられる一因となっているほどです。

 取締役会の承認やデューデリジェンス(資産査定)に何カ月もかける一般の投資会社と違い、孫氏はサム・アルトマン(OpenAI CEO)らと膝を突き合わせ、数日で数兆円規模のディールを成立させます。この驚異的な意思決定スピードこそが、OpenAIの株主枠(13%)をもぎ取れた勝因です。

 インターネット黎明期のヤフー(Yahoo!)やアリババ(Alibaba)、そしてアームの買収と、これまでのソフトバンクグループの最大の成功は、いずれも周囲の猛反対を押し切った孫氏の「独走」から生まれています。

 実際のところ、市場の評価は「孫正義という不世出の投資家に、自分の資産を賭けられるか否か」という1点に尽きます。ガバナンスの欠如をリスクと捉える慎重派(格付け機関など)からは批判されますが、同氏の「未来を見通す目」に全面的に託したいアグレッシブなヘッジファンドにとっては、独走態勢こそがリターンの源泉となっていることも否定できません。

 孫会長は過去に「60代で次の世代にバトンを渡す」と公言し、世界中から超大物リーダーを後継者候補として招聘しましたが、いずれも「投資方針のズレ」や「孫氏自身の引退撤回」により袂を分かっています。これらトップリーダーとの決別を経て、孫氏は「自分の後継者はAIそのものになるかもしれない」といった発言を強め、現在は具体的な「個人の後継者」を指名することを完全に放棄。後継者を人ではなくAIに委ねるしかないソフトバンクグループに明るい未来はあるのでしょうか?

(了)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

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