画家・劇団エーテル主宰 中島淳一
『戦争の起源』──縄文から弥生へ──
「戦争の起源」を考えるとき、多くの人は国家や宗教、あるいはイデオロギーを思い浮かべる。しかし、それらはすでに「争う構造」が完成した後に現れたものである。もっと根源的な地点まで遡るならば、戦争の起源とは、人類が「豊かさ」を手に入れた瞬間に始まったのではないかと思えてくる。
日本列島には、一万年以上にわたって続いた縄文時代があった。世界史的に見ても異例の長さである。しかも驚くべきことに、その長い時間のなかで、組織的戦争の痕跡は極めて少ない。もちろん小規模な衝突や殺傷はあっただろう。しかし、後の弥生時代のような、大規模な環濠集落や武器による集団戦闘の痕跡はほとんど見当たらない。
縄文人は、狩猟、採集、漁労によって生きていた。自然の恵みに依存した生活である。現代人の感覚からすると、それは不安定で貧しい暮らしのように見えるかもしれない。しかし、実際には縄文社会は驚くほど安定していたともいわれる。木の実、魚、獣。四季折々の自然の循環のなかで、人々は必要以上の「蓄積」をもたなかった。
ここに重要な意味がある。
蓄積が少ない社会では、「奪う価値」が小さいのである。
たとえば、巨大な穀倉地帯を持つ社会では、他者から奪うことで莫大な利益を得ることができる。しかし、木の実や魚を中心とした生活では、それを大規模に独占することは難しい。自然は共有物に近く、今日の獲物も明日には消える。つまり、「所有」という概念そのものが、まだ決定的ではなかった。
縄文時代の土偶を見ると、不思議なほど穏やかな気配がある。もちろん、そこに宗教的儀式や呪術性はあっただろう。しかし、それは後の国家宗教のような支配装置ではなく、自然との交感に近いものだったのではないか。火、水、森、月、死者。人々は世界を「征服」する対象としてではなく、共に存在するものとして見ていたように思える。
だが、その均衡を根本から変える出来事が起きる。稲作の伝来である。
大陸からもたらされた水田稲作は、日本列島に革命を起こした。稲作は安定した食料生産を可能にする。人口も増える。集落も拡大する。文明は飛躍的に進歩した。
しかし、その豊かさには代償があった。稲作は「水田」を必要とする。しかも水田は、誰でも自由に使える空間ではない。水を引き、境界をつくり、管理しなければならない。そこで初めて、「ここから先は自分たちの土地だ」という意識が生まれる。つまり、「所有」が生まれるのである。
所有が生まれると、防衛が必要になる。
防衛が必要になると、武器が発達する。
武器が発達すると、「敵」という概念が生まれる。
縄文から弥生への変化とは、単なる食文化の転換ではない。人間の精神構造そのものが変わった瞬間だったのではないか。
弥生時代の遺跡には、環濠集落が現れる。集落の周囲に深い溝を掘り、外敵から守る構造である。また、矢じりが刺さった人骨や、斬撃を受けた痕跡を持つ遺骨も見つかっている。これは偶発的暴力ではなく、明らかに「戦い」の時代の到来を示している。
豊かさが戦争の根源
つまり、人類は豊かになったから争ったのである。
貧しいから争うのではない。
守るべき財産が生まれたからこそ、人は殺し合うようになった。
この逆説は重い。
文明とは、単に進歩ではないのである。
便利さと引き換えに、人類は「比較」と「所有」と「恐怖」を手に入れた。誰かが多く持てば、自分は少なく感じる。誰かに奪われるかもしれないという不安が生まれる。その瞬間から、人間は他者を「敵」として見るようになる。
そして興味深いのは、この構造が現代でもほとんど変わっていないことである。
国家は巨大化した。
経済は複雑化した。
AIも宇宙開発も存在する。
しかし、その根底にあるものは、弥生時代とあまり変わらない。「資源を守る」「領土を守る」「利益を守る」という論理である。現代戦争の多くも、結局は土地、資源、経済圏をめぐる争いに行き着く。
つまり私たちは、いまだに弥生人なのである。
もちろん、縄文時代を単純な理想郷として語ることは危険だろう。そこにも飢えや死や苦しみはあったはずだ。しかし、それでも一万年以上にわたり、大規模戦争がほとんど確認されないという事実は重い。
人類は本来、戦争を宿命づけられた存在ではなかったのかもしれない。
戦争は、人間の「本能」ではなく、「構造」なのではないか。
もしそうならば、未来はまだ変えられる可能性がある。
縄文から弥生へ。
それは、日本列島における文明化の物語であると同時に、人類が「平和を失った瞬間」の記録でもある。そして私たちは、その延長線上を、二千年以上経った今も歩き続けているのである。
民主主義と独裁者
「戦争は人間の本能ではない」と断言したが、いまの時代の流れからいえば人類文明の滅亡の危険性が高まってきた。
最近、トランプとプーチンの違いがわからなくなってきたという人間が増えてきた。かつてなら、それは極論として片づけられただろう。アメリカは民主主義国家であり、ロシアは独裁国家。
自由選挙があり、報道の自由があり、言論の自由があり、政権交代が可能である以上、両者を同列に語ること自体が乱暴に思えた。
だが、世界は今、その「当然」を疑い始めている。
なぜか。理由は単純である。民主主義が、民主主義のかたちを保ったまま、内部から壊れ始めているからだ。
独裁とは、必ずしも軍服を着た男が戦車の前で演説することではない。現代の独裁は、もっと柔らかくもっと巧妙に、もっと“民主主義の顔”をして現れる。
選挙を否定しない。議会も残す。裁判所も存在する。テレビ局も新聞社も、形式上は生きている。だが、その内部で、少しずつ空気が変わっていく。
批判者は「国家の敵」と呼ばれる。異論は「裏切り」とされる。メディアは「フェイクニュース」と断じられ、知識人は「国民を見下すエリート」と攻撃される。そして、国家よりも、法よりも、制度よりも、「1人の男」が巨大化していく。
これは、歴史上、何度も繰り返されてきた構図である。ローマ帝国末期もそうだった。ワイマール共和国末期もそうだった。民衆は、混乱と不安のなかで、強い指導者を求める。経済格差。移民問題。犯罪不安。戦争。文化の分断。SNSによる怒りの増幅。こうした混乱が続くと、人々は次第に、自由よりも「即効性」を求め始める。面倒な議論はいらない。強く決断してくれる人が必要だ。敵を叩き潰してくれる人間が必要だ。
その瞬間から、民主主義は静かに壊れ始める。なぜなら、民主主義とは、本来、“遅いシステム”だからである。議論が必要だ。反対意見も必要だ。妥協も必要だ。手続きも必要だ。つまり、民主主義とは、「面倒臭さ」に耐える政治なのである。
独裁は違う。速い。命令は一瞬で通る。異論は排除される。反対派は沈黙させられる。だから、危機の時代には、独裁は魅力的に見える。だが、その代償は巨大だ。自由は、一度壊れると、簡単には戻らない。しかも現代では、独裁は「愛国」や「正義」の言葉を使って近づいてくる。
「国家を守るため」「国民を守るため」「腐敗したエリートを倒すため」そう語りながら、実際には、権力者自身が、国家と自分を同一化していく。自分への批判を、国家への批判にすり替える。
これが始まったとき、民主主義は極めて危険な段階に入る。トランプ政権をめぐって、多くの知識人が危機感を抱いているのは、まさにそこだろう。言論と異論の抑圧。政敵の訴追。司法判断への不服従。個人崇拝の創造。個人的利益のための権力利用。社会的弱者への中傷。こうした項目を並べると、確かに、従来のアメリカ民主主義とは異なる空気が生まれている。
しかも恐ろしいのは、支持者の多くが、それを「強さ」として熱狂している点である。独裁者は、恐怖だけで生まれるのではない。熱狂によっても生まれる。ヒトラーも、スターリンも、毛沢東も、最初から怪物だったわけではない。彼らは、民衆の期待と怒りによって肥大化した。つまり、独裁者をつくるのは、独裁者1人ではない。社会そのものなのだ。
もちろん、アメリカはまだロシアではない。中国でもない。選挙もある。司法も生きている。批判メディアも存在する。しかし、問題は「今どこにいるか」ではない。「どこへ向かっているのか」である。
民主主義は、ある日突然崩壊するわけではない。ゆっくり腐敗する。気づいたときには、戻れなくなっている。人類は、20世紀に、その恐怖を何度も経験した。それにもかかわらず、21世紀の我々は、再び「強い指導者」を求め始めている。
そこには、文明疲労がある。情報過多がある。SNSによる怒りの中毒がある。人々は、考えることに疲れ始めている。民主主義とは、成熟した精神を必要とする制度である。他人の意見を聞く忍耐。自分の誤りを認める知性。少数派を守る倫理。そして、「絶対的正義など存在しない」という感覚。
だが、現代社会は、その成熟を失いつつある。皆、即座に敵をつくり、即座に断罪し、即座に勝利したがる。その空気は、右にも左にも存在する。だから、本当に恐ろしいのは、トランプでもプーチンでもない。人間の内部にある、「自由より支配を求める欲望」そのものなのだ。民主主義は、制度ではない。精神である。もし、人間が、他人の自由を尊重する精神を失えば、どれほど立派な憲法も、どれほど巨大な国家も、内部から崩壊していく。








