悪の根源は貴方の忖度だ
突然「辞めろ」と迫られ、服部知事、貴方は「はて? 俺がなんで真っ先に辞任しなければならない」と怒り心頭に発していることでしょう。しかし、考えてみてください。貴方が最大の公約である「ワンヘルス」(人と動物の共生社会づくり)を決定したいきさつについては、貴方からの忖度で始まったと証言される方が多いですね。蔵内勇夫・福岡県議会議長は貴方に公約を強いるほどの権勢主義者ではなかったでしょう(当時はそこまで蔵内氏は権勢亡者ではなかった)。
思えば前回(2023年4月)の県議会議員選挙の夜、開票が始まる前から蔵内事務所において、知事は不安そうな顔をして座っておられました。当時の情勢予想では「蔵内県議は必ずしも絶対優勢ではなく接戦だ」と囁かれていたことは、ご記憶に残っておられるでしょう。その知事の恐々とした顔を目撃した筆者は、「蔵内議長の政治力を利用しないと、服部知事は県政運営を続けることに自信がないのだな」と結論付けました。
「銭、銭」にまみれた県政体質が跋扈するようになったのは、すべて服部知事、貴方の責任です。貴方の忖度の積み重ねが蔵内氏を慢心させ「俺は知事よりも権勢をもっている。偉いんだ」と自己錯覚に陥るように仕立てたのです。筆者は長い付き合いのなかで、蔵内氏については「ある程度のバランス感覚をもった政治家」と評してきました。しかし、彼も人間です。知事の貴方がへこへこするものだから、蔵内氏は権力に慢心した者に転落してしまったのです。
蔵内氏は来春、統一地方選挙には立候補せず
6月22日に記事「【蔵内“県政”を暴く(1)】蔵内勇夫さん、もう辞めたら」をNetIB-NEWSに掲載した。翌日、蔵内氏から筆者にメールが届いた。「ぜひ会いたい」という趣旨であった。2回ほどメールのやり取りをして、その週の土曜日に渡辺通にある蔵内議長事務所でお会いした。まず筆者にメールをくれた動機について、「貴方は見どころがある奴だと評価してきたから連絡した」と語ってくれた。「心証良し」は「心証悪し」よりは気持ちが清々しくなるものだ。
さて、服部知事、本題に入りましょう。蔵内氏は「コダマさん、俺は来春の県議会議員選挙には出馬しない。世間やマスコミから批判されていることに対しては真摯に受け止めている」とまず反省の意を示した。それから蔵内氏は今後について説明した。「いろいろと段取りを詰めている。責任を取るために懸念事項の改善を進めており、そのメドをつけないといけない。9月には県議会が始まるが、1日か2日には、来春の選挙には立候補しないと宣言することにしている。この情報を先んじて報道して良い」と話を終えた。
筆者は「そりゃあ、スクープになりますね。ごっつぁんです。早速準備しましょう」と感謝の念で応対し、スクープ記事をアップすることに決めた。
「ところで、蔵内議長、貴方が議員を辞めることを耳にしたら服部知事はびっくり仰天して辞任表明をするのではないでしょうか?」と問いただした。それに対して蔵内氏は「いや、知事自身が辞めるような判断はしないと思う」と淡々とした素振りで語った。これを聞いた筆者は、『なるほど蔵内氏は、「俺の方は俺で対策を練って打開していく。知事は知事で、自力で切り抜けていけば良いことだ」という腹積もりであるな』と読んだ。また、『服部氏に対しては意外とクールだな』という印象をもった。
まぁ、政治の世界では利用しあう価値が失われれば、冷たくなる行動習性が普通なのであろう。
忖度は通用しない、自力しか頼れない
服部知事、もうお分かりのことでしょう。忖度する相手がいなくなるのです。もう相手は貴方から離れて、我一人で行く道をつくり始めています。もし貴方に「頼る人がいなくとも俺はやって見せる」という自信があれば知事権力に執着してください。しかし、もし、その道を選択されれば、貴方の人生の終着点はボロボロになるかもしれません。
あと2年、世界獣医師会会長を貫く
服部知事、筆者が説明することでもないでしょうが、蔵内議長が県議選への立候補を断念した本当の動機は何でしょうか。蔵内氏は、「アホらしい、馬鹿馬鹿しい、県議活動をやっていても批判されっぱなしでやっちゃおれないな。辞めた、辞めた」と即刻、決断したのでしょうが、本音は別のところにあって、「世界獣医師会会長の任期は再来年4月までだ。世界を股にかけて活動できる。74歳まで世界に貢献ができるのであればメデタシ、メデタシ」というところでしょう。
服部知事、決断の参考にしてください。
服部誠太郎福岡県知事(写真:地方創生図鑑/内閣府地方創生推進室、CC BY 4.0)
服部誠太郎氏のプロフィール
(写真:地方創生図鑑/
内閣府地方創生推進室、CC BY 4.0)
服部誠太郎(はっとり・せいたろう)
1954年、北九州市生まれ。福岡県立小倉高校、中央大学法学部を卒業後、77年に福岡県庁へ入庁した。財政課長、総務部次長、福祉労働部長など県政の中枢を歴任し、2011年から副知事を務めた。21年に福岡県知事に初当選し、25年の知事選で再選をはたした。
中央政界出身ではなく、県庁で40年以上にわたり実務経験を積んできた行政官型の知事。農林、河川、財政、福祉、総務など幅広い分野に携わっており、県政運営の実務に精通している。
2期目の県政では、「人を育てる」「産業を育てる」「安全安心なまちをつくる」の3つを柱に掲げる。子育て・教育環境の充実、若者や女性の活躍支援、中小企業の賃上げやデジタル化支援を進めるほか、半導体、自動車、水素、スタートアップなどの成長分野を重点的に育成する方針である。
安全・安心の分野では、感染症対策、防災・減災、県土強靱化に加え、人と動物、環境の健康を一体的に捉える「ワンヘルス」を重視している。使用済みEVバッテリーの資源循環など、環境政策と産業振興を結び付ける取り組みにも力を入れる。
行政運営では「県民の皆様ど真ん中」を掲げ、県民の視点に立って政策を決断、実行する姿勢を示している。26年4月には県庁組織を改編し、人口減少、地域振興、人材育成、子ども・福祉政策を担う部門を強化した。
服部氏は、派手な政治的主張を前面に出すというより、長年の行政経験を生かし、人材投資、産業育成、安全・安心を軸に県政を着実に進める実務派の知事と位置付けられる。








