福岡大学名誉教授 大嶋仁
長尾良一氏(長尾治療院院長、唐津市)を知っている人はそう多くはあるまい。NetIB-NEWSで何度か紹介されてはいるが、「知る人ぞ知る」といった知名度だ。
しかし、氏の見識はたしかで、その基礎は中医学にある。中医学とは古代中国の医学理論に基づいた医療であり、それを日本化した「漢方」とは一味も二味も異なる。
氏と最近会ったのを機に、さまざまなテーマで話してもらった。以下は、そのいくつかを選んでまとめたものである。
3 自然破壊
中医学の立場、すなわち「全体を見る」という立場からは、単に身体の病だけでなく、精神の病も見えてくるにちがいない。また、社会の病気も見えてくるであろう。しかし、ここではまず、長尾良一氏の現代日本における自然破壊について述べてもらうことにする。
「私が今の日本でひどいと思うことの1つが自然破壊です。もともと中医学は古代中国の世界観の産物で、その世界観は宇宙全体を視野に入れて、その基本構造を明らかにするものですから、中医学に習熟すれば、宇宙のこと、地球のこと、世の中のことが見えてくるんです。私はこの中医学の立場から、人間と自然の関係を考えてきました」
このように言う氏は、古代中国の世界観が単なる直観ではなく、観察と厳しい吟味から生まれ出たものだと主張する。「こんなことは、中国人だけが言っていることではなく、現代の西欧の科学者も認めていることなんです。これからはますます中医学が注目されるようになるでしょう」。
氏が問題にしたのは、「地球温暖化」といった抽象的なことではなく、「化石燃料の枯渇」といった言い古された事柄でもなかった。日本人が自然をどう扱ってきたか、あるいは自然の何を見てきたか、そこに焦点を絞っての話だった。
つねづね日本人が西洋人などに比べて「自然」を大切にしていると思っていた私は、日本人は自然破壊をも極端なかたちで推し進めていないと思っていた。ところが、氏の話を聞くと、それが幻想であることが分かった。
「あなたのいう日本人は、だいぶ前の日本人ですね。今の日本人は、ちがう考えで動いている。ひとたび西洋文明に触れたとたん、自分たちの伝統の良いところを捨て去ってしまったんです」
このように言う氏は、日本における自然破壊のプロセスを以下のように説明する。
「まず、日本では戦後に山にたくさんのスギの木を植えました。戦争で木材がなくなったため、早く成長する樹木を育てる必要があり、そのためにスギが選ばれたのです。ところが、スギは常緑樹であるため、広葉樹のように落葉することがありません。したがって、秋から冬にかけて、その葉が地中で養分と化し、それが地下水に交じって海まで流れ込むことがないんです。枯れ葉が地下水に流れ込むとミネラルを含んだ良質な水になり、その水が海に注ぎ込むと海水を冷やし、豊かな滋養を含んだものにし、結果として海藻が育ちやすくなるんです。海藻が育てば、ウニや小魚や貝類が繁殖して豊かな海産物となるだけでなく、海洋全体が活性化される。こうした好循環は、スギの植林からは得られないんです」
つまり、落葉樹の代わりにスギばかり植えたのが良くなかった、ということだ。それにしても、海藻の減少はあまり知られていない話ではないだろうか。
氏は続けた。「海藻が増えれば、実はCO2の増加も防げるんです。地球温暖化は地上のCO2量の増大によると言われていますが、海藻が育てば地球温暖化の勢いも食い止める可能性が広がるんです」。
この考え方は、世の環境保全運動家のそれとはまたちがう。まさに、中医学的な全体論から出てきたものなのだ。
氏の話を聞いていて痛感するのは、私たちに求められているのは宇宙・地球・人間の構造的理解であり、生命運動の循環サイクルを見る眼であるということだ。そして、そのような視点で世界を見ることこそが、現代世界をよい方向に導いてくれると思えてくるのである。
「そもそも、自然破壊の起こるところでは家庭崩壊も起こり、社会も崩れます。今の日本ではひきこもりが増えているでしょう。これなんか、社会が1つの全体として機能していない証拠ですよ。社会が全体として機能していないということは、人々にも社会を1つの全体として見る眼がなくなっているということです。皆がみな自己主張するようになったら、社会は終わりです」。
このような氏の言葉を聞いて思い出したのが、先ごろのサッカーのワールドカップで優勝したスペインチームだ。私はサッカーの熱心なファンではないが、スペインの強さは、個々の選手の高い技術や溢れる闘志だけにあるのではなかった。むしろ、どんな時も冷静に、チーム全体を考えて1人ひとりが動いている、そのチームワークだったのだ。これを最初から最後まで貫くことを選手たちに教え込んだ監督の手腕は尊敬に値する。世界の並み居る強豪国のなかで、スペインのチームが最も見事に組織化され、個が全体に溶け込んでいるように見えた。
日本チームもその点ではよかったのかもしれない。組織の力はいかんなく発揮されてもいた。だが、スペインとは精度がちがった。個と個の対決場面での強さもちがった。日本チームは技術的には高いものがあったが、「強さ」という点で見劣りした。勝利に対する執念の差なのだろうか。否、サッカーの求めるある種の美意識の鍛錬の差、そう言うべきかもしれない。
長尾氏に話を戻せば、氏が重視する「全体を見る」ことは現代の医学に欠けるものである。現代の医療とは、身体の一部分の対症的治療、すなわち患部治療なのだから。必要とあらば手術もし、臓器の一部を切除もするのだが、それがほかの部分にどのような影響をおよぼすのかというところまでは見ない。これが現代医療の弱点なのである。
このことは臓器移植についても言えることだろう。臓器はほんとうに代替可能なのか?ある組織内の一部分を切り取って別の組織に移し替える。それがうまくいく場合もあるだろうが、いかない場合も多いのではないか。
(つづく)









