【特別寄稿】「責任ある積極財政」こそ突破口 インフラとAI投資で日本再生を

京都大学大学院
工学研究科教授 藤井聡 氏

 長期停滞と人手不足に直面する日本経済にとって、インフラ整備とAI導入は成長力を取り戻すための重要な投資である。しかし、緊縮財政のもとで企業や地域の基礎体力は弱まり、新技術を活用する余力も失われつつある。公共投資、補助金、AI支援を一体で進める「責任ある積極財政」こそ、日本再生の突破口となる。

インフラは日本の発展を支える要

京都大学大学院 工学研究科教授 藤井聡 氏

    インフラは、日本の発展の要である。道路、鉄道、港湾、空港、河川、上下水道、通信網、エネルギー施設などの社会基盤は、日々の暮らしと経済活動を支えるだけでなく、国家の成長力そのものを左右する。インフラ投資には、大きく分けて2つの効果がある。1つは、事業そのものが需要を生み出し、雇用や所得を拡大させる「フロー効果」。もう1つは、整備されたインフラが長期にわたって地域の生産性、防災力、移動可能性、産業立地力を高める「ストック効果」だ。

 前者は、景気を浮揚させ、デフレや長期停滞からの脱却を促す。後者は、地域の成長力や災害への強靱性を引き上げ、人口減少や国際競争の激化、資源・エネルギー危機など、さまざまなリスクが高まる時代においても、衰退を回避し、着実に成長していく力をもたらす。つまりインフラとは、「公共事業」であると同時に、国民の生命と財産を守り、企業の投資を促し、地方の未来を拓き、国家の自立性を支える、最も基礎的な国家戦略なのである。

緊縮財政が奪った成長への投資

 ところが、こうしたインフラ推進の最大の妨げとなってきたのが、長年にわたる日本政府の「緊縮財政」という財政態度であった。日本は世界的に見ても例外的なほど、公共投資や内需拡大に慎重な姿勢を取り続けてきた。その結果、経済は長期にわたって停滞し、企業は十分な収益を上げられず、民間投資も抑制されてきた。これがさらに日本経済の競争力を低下させ、経済低迷を長期化させている。

 長期停滞は、企業の体力を奪う。企業が利益を上げられなければ、設備投資も研究開発投資も人材投資も進まない。賃金を十分に引き上げることもできない。賃金が上がらなければ、労働者の購買力は高まらず、消費も伸びない。消費が伸びなければ、企業収益も伸びない。こうして日本経済は、需要不足、低収益、低賃金、低投資という悪循環に陥ってきた。

 さらに、長期的な人口減少傾向は、各産業における人手不足問題を深刻化させている。もちろん、十分な賃金を提示できれば、人手不足を一定程度緩和することは可能である。しかし、長引く経済停滞のために、多くの産業、多くの企業は十分な利益を確保できず、必要な賃金を提示できない。その結果、人手不足が解消されず、それがさらに各産業・各企業の成長を妨げるという悪循環が生まれている。

 つまり現在の日本経済は、長引く経済低迷に対処できず、いかなる政策や投資を進めるにも基礎体力が不足している。文字通り「八方塞がり」の状況に置かれている。そして、その必然的な帰結として、日本経済を力強く成長させるはずのインフラ投資までもが、十分に進められない状況に追い込まれているのである。

AIは切り札だが導入には体力が必要

 この閉塞状況のなかで、近年大きな注目を集めているのがAIだ。AIは世界的に急速に普及し、今や多くの産業において生産性向上の中核技術となりつつある。日本においても、AIを適切に活用すれば、事務作業の効率化、設計・施工管理の高度化、維持管理の省力化、人手不足の緩和など、多方面で大きな効果を期待できる。

 たとえば、近年のインフラ事業では、計画、設計、発注、契約、協議、住民説明、環境対応、補助金申請、施工管理、検査、維持管理に至るまで、事務手続きが極めて複雑化している。AIを活用すれば、膨大な書類作成や照合作業、工程管理、過去事例の検索、リスク分析などを効率化できる。さらに、現場における測量、点検、画像解析、異常検知などにもAIを導入すれば、限られた人員でより高い品質と安全性を確保できる。

 加えて、いわゆる「フィジカルAI」、すなわちAIを搭載した建設機械や点検ロボット、人型ロボット、さらにはAIと連動した遠隔操作システムなどが実用化されれば、現場の人手不足を大幅に緩和する可能性もある。熟練技術者の経験や判断をAIに補助させることで、技術継承の困難さを補い、若手人材の育成を加速することもできるだろう。

 しかし、ここで注意すべきなのは、AIは「使おう」と口でいうだけで使えるものではないという点だ。AIを活用するには、システム導入、データ整備、業務フローの見直し、機器の購入、人材育成、試行錯誤の時間など、さまざまな初期投資が必要だ。さらには、AIを使いこなす人材を育てるための教育投資、現場に合わせて運用を改善するための組織投資も欠かせない。

 ところが、多くの企業や現場は、その初期投資を行うだけの基礎体力を失いつつある。長期停滞のなかで利益が圧迫され、人手不足への対応だけで精一杯となり、新技術への投資に踏み切る余力がない。だからこそ、本来であれば起死回生の一手となるはずのAI活用すら、多くの企業や現場では実現できないのである。

地方建設会社の事例 AI導入の壁

 ここで、1つの事例を考えてみたい。ある地方の中堅建設会社は、道路補修や橋梁点検、河川工事を地域で担っている。近年、技術者の高齢化が進み、若手採用も思うように進まない。現場代理人は複数の工事を掛け持ちし、書類作成や写真整理、発注者との協議資料の作成に追われている。社長は、AIによる書類作成支援や、ドローン画像を用いた点検支援システムを導入すれば、現場の負担を大きく減らせることを理解している。

 しかし、実際には導入が進まない。理由は明快である。第一に、システム導入費が高い。第二に、既存の業務を止めて社員に研修を受けさせる余裕がない。第三に、導入してもすぐに効果が出るとは限らず、数年間は試行錯誤が必要になる。第四に、公共工事の発注方式や提出書類の形式が従来型のままであれば、AIを導入しても効果が限定される可能性がある。

 この会社にとって、AI導入は合理的である。しかし、単独の民間企業の判断だけでは、リスクが大きすぎる。もし政府がAI導入費の一部を補助し、研修費を支援し、公共工事の書類様式やデータ形式をAI活用に適したものへと整備すれば、この会社は導入に踏み切れるだろう。そして同様の支援が全国で行われれば、建設産業全体の生産性は大きく向上し、人手不足の緩和、賃上げ余力の拡大、インフラ整備力の回復へとつながっていく。

 この事例が示しているのは、AI活用の成否は、単に企業の意欲や技術の有無だけで決まるのではないということだ。初期投資を誰が支え、制度を誰が整え、需要を誰が創出するのか。その点で、政府の役割は決定的である。

積極財政こそ閉塞打破の道

イメージ    では、八方塞がりに見えるこの現状を打破するには、何をすればよいのだろうか。

 こうした問いを立てたとき、最も重要な選択肢として浮かび上がるのが、現在、政府が打ち出している「責任ある積極財政」の推進である。

 責任ある積極財政とは、日本経済の停滞を打破し、民間の投資意欲を回復させ、国民所得を拡大し、供給力を高め、国家の安全保障と強靱性を確保するために、政府が必要な分野へ戦略的に財政支出を行うことである。

 その第一歩は、マクロ経済でいうところの総需要を十分に創出することだ。需要が不足している限り、企業は投資を控え、賃上げも進まない。従って、国内の供給力を活用し尽くすだけの需要、さらには供給力を引き上げる誘因となる需要を政府が創出する必要がある。そのための代表的な政策手段として、減税、公共投資の拡大、補助金の拡充が挙げられる。

 減税は、国民所得を直接的に拡大し、消費を刺激する。とりわけ消費税の減税は、物価高に苦しむ家計を支え、消費意欲を回復させる効果が期待できる。公共投資は、政府自身の支出を通じて需要を創出すると同時に、将来の成長力を高める資産を残す。補助金は、資源・エネルギー価格の高騰、技術導入の初期費用、農業や中小企業の所得不安定性など、民間だけでは対応しにくい課題を支える手段となる。

公共投資、補助金、AI 一体で進めよ

 公共投資については、日本経済の成長を促す分野への重点投資が不可欠である。全国各地には、予算さえ確保されれば前に進めることができるインフラ計画が数多く存在する。北陸新幹線の敦賀以西の整備、西九州新幹線のミッシングリンク解消、地域道路網の強化、港湾機能の高度化、鉄道ネットワークの改善、堤防やダム、治山事業などの防災・減災投資、さらには南鳥島周辺のレアアース開発に必要な船舶・港湾関連施設などは、成長と安全保障の両面から優先順位の高い投資対象になり得る。

 補助金については、資源・エネルギー価格の高騰への対応が重要である。ガソリン、軽油、電力、ナフサなどの価格高騰は、家計だけでなく、物流、製造業、農業、建設業を含むあらゆる産業のコストを押し上げる。これを放置すれば、企業利益を増やすことなく物価だけが上がり、家計と企業を同時に苦しめることになる。適切な政府補助によって過度なコスト上昇を抑えれば、国内需要を守り、企業活動を支えることができる。

 また、地方再生の観点からは、農業者への所得補償も有力な内需拡大策である。農業所得の安定は、農家離れを防ぎ、食料安全保障を高め、地方経済を支える。安全保障の観点からは、エネルギー輸入ルートの多角化や、代替原油に対応する製油施設の整備支援も重要である。民間企業だけでは投資リスクが大きすぎる分野に政府が補助を行うことで、国家としての危機対応力を高めることができる。

 そして、AIを通じた生産性向上についても、政府補助を大幅に拡充すべきだ。AI導入のためのシステム購入費、人材育成費、データ整備費、実証実験費、フィジカルAI導入費を支援すれば、企業や現場は新技術の活用に踏み切りやすくなる。そうすれば人手不足は緩和され、生産性の向上によって業務コストが削減され、賃上げの余力も生まれる。賃金が上がれば人材確保も進み、さらに産業の供給力が高まる。

政府が動けば日本は再び成長できる

 日本は今、たしかに厳しい状況にある。長期停滞、人手不足、地方衰退、災害リスク、エネルギー不安、国際競争力の低下など、課題は山積している。しかし、それは政府が本来もっている力を十分に発揮せず、民間だけで問題を解決しようとしてきたからこそ深刻化しているにすぎない。

 もちろん、政府は万能ではない。しかし、民間企業にはない財政力、制度設計力、調整力、組織力をもっているのは事実である。さらには法令を改め、経済活動の前提条件を整え、需要を創出し、将来の成長分野へ投資を誘導する力をもっている。だからこそ、日本の閉塞状況を打破するには、政府の積極的な取り組みを加速させるほかにない。

 重要なのは、政府支出の拡大を過剰に恐れることなく、国家の未来にとって必要な投資を見極め、それを果断に推進する点にある。インフラ投資は、景気を支え、地域を支え、防災力を高め、成長力をつくる。AI投資は、人手不足を補い、生産性を高め、賃上げの原資を生む。エネルギー、農業、安全保障への投資は、国民生活の安定と国家の自立を支える。これらを一体的に進める財政運営こそが、真に「責任ある」積極財政なのだ。

 日本経済を再び成長軌道に乗せるためには、緊縮によって縮こまるのではなく、未来への投資によって供給力と需要を同時に拡大していく必要がある。インフラを整え、AIを活用し、地方を支え、賃金を引き上げ、国民が将来に希望をもてる経済を取り戻す。そのための最大の突破口が、「責任ある積極財政」である。

 この政策が、日本を長期停滞から救い出し、成長と強靱化を本格的に前へ進める原動力となることを期待したい。


<PROFILE>
藤井聡
(ふじい・さとし)
1968年奈良県生駒市生まれ。91年京都大学工学部土木工学科卒業、93年同大学院工学研究科修士課程修了、同工学部助手。98年同博士号(工学)取得。2000年同大学院工学研究科助教授、02年東京工業大学大学院理工学研究科助教授、06年同大学教授を経て、09年から京都大学大学院工学研究科(都市社会工学専攻)教授。11年同大学レジリエンス研究ユニット長、12年同大学理事補。同年内閣官房参与(18年まで)。著書多数、近著に『玉木雄一郎、「国益」を大いに語る』(ビジネス社)。

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