盤石だった蔵内体制
そもそも県議会のドン、蔵内前議長を頂点とする体制はどうして生まれたのか。1953年生まれの蔵内前議長は72歳。無所属で立候補した83年の県議選で落選したものの、87年の2回目の選挙で、当時の日本社会党の推薦を受け、現職を破った。2期目の途中で、自民党県議団に入った。以来10期連続当選を重ねたが、うち7回は無投票当選だった。ちなみに91年は無所属・自民推薦だったが、95年以降は自民党公認候補として出馬している。
福岡県では、83年から12年間、九州大教授だった奥田八二氏(2001年死去)による革新県政が続いていたこともあって、「社会党とのパイプを持つ蔵内前議長の存在は何かと重宝したのではないか」と話す議会関係者もいる。03年には県議団の分裂劇が起き、自民党県議団会長になっている。
転機となったのは、11年の県知事選。4期16年にわたって知事を務めた麻生渡氏(25年死去)が引退を決め、いち早く、手を挙げたのが蔵内前議長だった。県議団をまとめようとしたが、県議全員の賛同は得られなかった。麻生太郎・元首相(福岡8区)に近いとされる中村明彦県議(北九州市小倉北区、当選11回)らは、元通産官僚の小川洋・元知事(21年死去)を推し、麻生氏や経済界などの「小川支持」に回ったこともあって、出馬断念に至った。地元の頭越しに候補者選びが進められたことへの反発もあり、多くの県議と当選した小川氏との関係は決して良好とはいえなかったが、蔵内前議長は、原口県議ら若い世代の県議をまとめていったことで、力を付けていった。
蔵内前議長の自民党福岡県連会長就任は15年。会長職は、麻生氏や古賀誠・元運輸相(福岡7区)らが務めていたが、自民党県議団の会長をしていた蔵内前議長らが会長の椅子を奪い取って、07年に県議の新宮松比古氏(福岡市博多区、16年死去)を就けたという。その後、松山政司参院議員(福岡選挙区)らが一時就任したが、15年以降は、蔵内前議長、原口県議、松本県議の順で、会長職を引き継いできた。
今回の問題を受け、松本県議が9月に会長を辞任した。「疑惑だらけの県議では、県民の信頼は戻らない」との声もあり、新会長候補は元財務官僚の古賀篤衆院議員(福岡3区)でまとまった。27日に開かれる総務会で新会長に選出される見込みだ。麻生氏は自派で県議出身の井上貴博衆院議員(福岡1区)を推していたようだが、県議出身の国会議員を忌避する動きには抗えなかった。
自民党福岡県議団の会長ポストも、「蔵内―原口―松本―松尾」の順番で回してきた。松尾県議は熊本地震発生直後に開催した政治資金パーティーについて、「やって良かった」と発言し、辞任に追い込まれ、渡辺県議に代わったが、蔵内前議長を中心とする「5人組」で、自民党県連や県議団の会長、県連幹事長といった要職の独占を続けていたのだ。今回の問題が起きるまでは、会合で挨拶をするときは、蔵内前議長への感謝の言葉をスピーチに入れないと、人事で冷遇されるとまことしやかに県議間で言われていたそうだ。
要職を独占するなかで、蔵内前議長らは、県だけでなく、後輩の議員にたかるのも当たり前に思えるようになっていったのかもしれない。笑えないエピソードもある。関係者によると、5人組の1人は、県議仲間で飲んだ際、和田アキ子のヒット曲「あの鐘を鳴らすのはあなた」(阿久悠作詞 森田公一作曲)を替え歌で歌い、「代金を払うのは あなた」と若い議員を指名していたという。
政治家としての役職とは別に、注目したいのは、蔵内前議長が立ち上げた「九州の自立を考える会」の存在だろう。設立は11年。福岡県庁や自民党福岡県連の下部組織ではないが、なぜか県議会棟の1階に大きな看板が掲げられている。地方分権や九州の成長戦略について研究、政策提言を行っている。現在、蔵内前議長が名誉会長、原口県議が会長で、ほかの3人も理事や会計責任者をしている。メンバーには、福岡県議会の他会派の議員、市町村長、企業、団体まで名を連ねているが、いつまで県民の財産ともいえる議会棟に居続けるつもりだろうか。
だれが仕掛けたのか
今回の爆弾証言をしたのは、吉松県議だが、背後には中村県議、その後ろには麻生元首相がいるとの噂が絶えない。中村県議が吉松県議と手を握り、2人だけの会派「自由と繁栄の会」を結成している。麻生元首相と親しいことをしばしば吹聴する中村県議は、当選回数こそ多いものの、副議長しか経験していない。ほぼ同じキャリアの蔵内前議長への反発は強いようで、23年の北九州市長選で県連や県議団が推していた新人ではなく、現市長・武内和久氏を支援。24年、26年の衆院選でも、党公認候補とは別の新人を水面下で応援した。
いつも虎の威を頼みに、結束を乱す中村県議に対して、県議団は25年4月、会派をいったん解散し、中村県議だけを外して、同じ名前の新会派を結成する荒療治をし、会派から追い出した。
吉松県議は24年の衆院選で、自民党の現職がいる福岡4区に立候補し、惨敗を喫して、自民党に戻れなくなった。蔵内前議長が牛耳る自民党県議団に対し、吉松県議が捨て身ともいえる行動に出たのは、中村県議の思いが投影されているのではないかと指摘する議会関係者は多い。
麻生元首相は1940年9月20日生まれの85歳。親族に地盤をスムーズに引き継がせるためには、蔵内前議長の存在が邪魔になると考えたのではないか、と指摘する関係者もいる。
統一地方選は来春
来春に予定されている福岡県議選では、自民党の現職県議の苦戦が予想される。自民党の鈴木俊一幹事長が現職の自民候補に公認を出さない可能性にも言及したが、若手議員の間では「任期満了を待たずに自主解散」を求める声もちらつき始めた。地方公共団体の議会は、議員の4分の3以上が出席、5分の4以上の同意があれば、自ら解散を決議することもできるので、できるだけ早く県民の禊(みそぎ)を受けようというのだろう。
5人組のなかには、今期限りで引退をする議員もいるようだ。爆弾証言をした県議はどうするのか。日本保守党の北村晴男参院議員と中村県議が親しくしていることもあって、中村、吉松の両県議は日本保守党から出馬するのでは、との観測も広がっている。国政への夢をあきらめていないだろう吉松県議は、衆議院が解散になれば、福岡4区で日本保守党の候補者として立候補するとの憶測も広がる。政治の世界は「一寸先は闇」といわれる。今後の動向は予断を許さない。
(了)
【西嶋太朗】









